§.21 【二人の夢】
その翌日――
真夜中にクロノは目を覚ました。場所は医務室である。クロノの手を握りながら、シャルとリュカが眠っている。意識のない彼を看病してくれていたのだろう。
「傷はどうだ?」
オウルがそう声をかけてきた。
「……治った」
ランザリアの魔法医が回復魔法をかけたため、クロノの傷はあっという間に塞がった。しかし、限界を超えて戦闘していた疲労は抜けず、目覚めるまでに丸一日かかったのだ。
「調子が戻るまで、まだ数日かかるだろう。ゆっくり休め」
そう言って、彼は踵を返した。
「オウル」
医務室から出ようとするオウルを、クロノは呼び止めた。
「お前に王家の決闘を挑みたい」
クロノのまっすぐな視線を受け止め、オウルは言った。
「今からか?」
「今からだ」
「……ついてこい」
オウルは医務室を出て、階段を上っていく。クロノはその後についていった。やがて、辿り着いたのは広いバルコニーだ。王都が一望できる。二人はそこに並んで立った。
「クロノ。お前にはこの国がどう見える?」
クロノは王都に視線を向けた。古い建物が立ち並んでいる。歴史があるということではなく、単純に修繕されていない建物が多い。石畳の道も所々が破損していた。
「貧しい国だ」
率直にクロノは言った。
「私の前で、そんなことを言う人間はいない。誰もが口を揃え、ランザリアは素晴らしい国だとおべっかを使うだろう。お前は馬鹿か、正直者だ」
呆れたようにオウルは言う。彼もまたありのままの事実を伝えていた。
「だが、正しい。ランザリアは貧しい。そして、この国を豊かにしたいと思うのならば、まずはそれを認めねばならない」
「ランザリアを豊かにするのがお前の目標なのか?」
クロノは聞いた。
「王として当然の責務だ。国が貧しければ、民も貧しい暮らしを強いられる。わかるか?この国に生まれたばかりに、生涯を生き地獄で過ごす宿命を背負う者がいるのだ。そんな馬鹿なことがあってたまるか!」
今現在、ランザリアでは貧困を理由に人らしい暮らしができない者が多くいるのだろう。そしてその者は、貧困ゆえにそこから這い上がることができない。オウルは民のために本気で憤っていた。
「民のことなど考えない王は多いが、お前は違うのだな」
クロノは素直にそう思った。
「お前ならば、民への慈愛を忘れない本物の王になったかもしれないのにな」
「なったかもしれない?」
「ランザリアの王になるのは俺だ」
まったくブレずにクロノは言った。
「貴様のような馬鹿では早晩国が潰れることになる」
負けじとオウルも、傲岸不遜にクロノを見下ろす。
「私が使ってやろう」
「……なに?」
「王家の決闘を受けてもいいが、その代わり貴様が負ければ王族の一人として、ランザリア繁栄のために働け」
名だたる英雄を打ち倒したクロノの力を欲しいと思ったのか、オウルはそんな交換条件を持ち出した。
クロノの返事は決まっていた。元より、彼は負けるつもりなどない。そして、王家の決闘を受けてもらうことが最大の難関だった。
「それで構わないが、俺も一つだけ条件がある」
「……強欲な奴だ。まあよい。言ってみるがいい」
「聖杯のことを知りたい」
そう口にすると、オウルの顔色が変わった。
「聖杯をなにに使うつもりだ?」
詰問するような口調だった。それだけ、聖杯というのが恐ろしい代物だという証左であろう。
「知りたいだけだ」
クロノはそう答えた。
彼の真意を見抜こうとするように、オウルが睨みきかせる。王の風格さえ漂わせる彼の視線を、クロノは平然と受け止めている。元よりやましいことなどなにもない。
「変わった男だ。いいだろう。決闘の後に教えよう」
「わかった」
それが過去にはなかったやりとりだ。
「決闘の方法は? いつものでいいのか?」
「城の地下に王家の霊廟がある。そこに眠っているという禁呪――ランザリアの秘術を手に入れることだ」
普段と違う決闘の方法に、クロノは意外そうな表情を浮かべる。
「ランザリアの秘術を手にした者の勝ちということか?」
「そうだ。ランザリアの秘術は使い手を選ぶ。それに選ばれた方が王だ」
「なぜそんなまどろっこしい決闘を?」
クロノが聞いた。
「まともな決闘では貴様に勝ち目はないだろう。機会をやったまでだ」
クロノは一度、オウルと手合わせをして敗北している。それから、まだ日にちはあまり経っていない。
「断っても構わないが?」
「いいや。それでいい」
「では行こう」
オウルとクロノは再び階段の方へ向かう。
二人の様子を見ていたリュカとシャルが後を追う。彼らが医務室から出ていった後、目を覚まして、慌てて追いかけてきていたのだ。
「クロノ君、アタシたちも行っていいやつ?」
「大丈夫だ」
「やった!」
と、シャルとリュカはクロノの後ろについていく。
オウルは一階まで下りると、城の奥にある頑丈な扉に古い鍵を差し込んだ。魔法の施錠が解除され、鈍い音を立てながら扉は開いた。
「なんか、すごい厳重っぽい?」
「それだけランザリアの秘術という魔法が危険なんだと思いますよ」
シャルとリュカがそんな会話を交わす。
扉の奥にあった階段を下りていき、彼らは地下に辿り着いた。
「気をつけろ」
オウルが言った。
「ここから先は魔物の巣窟だ」




