§.20 【王族の誇り】
王家騎士団の兵舎にて、クロノたちはラファエロから話を聞いていた。
「古い聖杯か」
「ああ、ランザリアにあると聞いた。知っているか?」
ラファエロは腕を組み、考えている。
「いや、聞いたことはないな。知っている人物に心当たりはあるが、協力してくれるかどうかは……」
「誰なのだ?」
「オウル王子だ」
それを聞き、クロノの表情が強ばった。
「他にはいないの?」
と、シャルが聞いた。
「ランザリアの魔導具を管理していたのが、ウォーザッド様という長老だ。この方はオウル王子の祖父にあたる」
「じゃ、そのウォーザッドさんに聞けばいいじゃん」
「残念ながら、すでに亡くなっている。そのウォーザッド様の一番弟子だったのが、オウル王子なのだ。魔導具の管理についても聞いているはずだ」
結局のところ、オウルに聞いてみる以外に道はなさそうだ。
「わかった。ありがとう」
礼を言って、クロノたちは兵舎を後にした。
外はもう夜だった。兵舎から城までは少し距離がある。木々が立ち並ぶ道をクロノたちは歩いていく。
「クロノ君ってさ」
世間話のようにシャルが切りだした。
「オウル君と仲悪いよね」
「そう見えるか?」
「だって、いっつも喧嘩ばっかりしてるじゃん」
そう指摘され、一瞬クロノは考える。
「喧嘩というのは違和感がある」
「えー、なんで?」
「喧嘩と表現するほど元々関係が近しくないからじゃないですか」
クロノの違和感を、リュカが分析する。
「でも、家族じゃん?」
「……それは違う。俺の家族は母だけだ」
「……違うんだぁ……」
なにか悪いことを言ってしまったと思ったのか、シャルはしゅんとした。
「とにかく、オウル王子にはあまり良い印象をもたれていないようですから、どうやって聖杯のことを聞き出しましょうか?」
助け船を出すようにリュカがそう言うと、シャルがぱっと顔を上げた。
「それっ、それが言いたかったのっ!」
「……確かに、難しいな」
「えっ、そうなのっ?」
シャルが大きく口を開けていた。
「なぜ、そこまで驚いているのだ?」
「だって、クロノ君って大体」
キリリと表情を引き締め、シャルがクロノの顔真似をする。
「できるさ。天才なんでねって感じじゃない?」
「かなり似てませんね。せめて、全知全能にしてください」
冷静にリュカが指摘した。
「えー、厳しいっ。イメージじゃん、イメージッ。イメージだったら、けっこう似てるじゃんねっ!」
「言いたいことはわかりますけど、オウル王子には全知全能の力が使えないんですか?」
自信たっぷりに言ったシャルを完全にスルーして、リュカは話を進めた。
「……使えない可能性はある」
実際、クロノはオウルを蘇生することができなかった。
「ただ聖杯の情報を聞き出すことに関して言えば、できなくはないはずだ。どこかで機会も巡ってくる」
ちょうどクロノが言い終えたそのとき、リュカがはっとして頭上を見上げた。木の上にマントを羽織った黒ずくめの男が立っていたのだ。
その者は殺気を放っていた。
「お兄さんっ!」
黒ずくめの男が木から飛び降り、まっすぐクロノを強襲した。リュカは咄嗟に間に入り、その男めがけて爪を振るった。
しかし、それは空を切り、男はクロノの右手に短剣を突き刺した。
血が雨のように降り注ぐ。クロノの剣が男の心臓に突き刺さっている。男は絶命していた。
「クロノ君っ、大丈夫?」
短剣を手から抜き、投げ捨てたクロノのもとに、シャルが駆け寄り、回復魔法をかける。しかし、右手の傷は癒えない
「あれ? 治りが遅いような……?」
「この傷は治らない」
そうクロノが言った。
「過去で治らなかったからだ」
「……暗殺者ですよね。王族が仕向けたんですか?」
「そうだ。今日が王位継承権をかけた決闘の日だからな」
「えっ……!?」
シャルが目を見開いた後、怒りをあらわにした。
「そんなの卑怯じゃんっ!」
「そうなのだ」
「そうなのだって……怒らないの?」
無気力なクロノの調子に、シャルは毒気を抜かれてしまう。
「怒った。この時は。このような卑劣な手には決して負けはしない、と」
◇
訓練場。
クロノの相手は、さる暗殺者一族の首領バドロだった。
王家最強の騎士ラファエロが敗れたため、裏稼業の人間を連れてきたのだ。
右手を負傷しているクロノは、バドロが操る短剣二本の連撃に押されっぱなしだった。
「くくく、右手は完全に死んでいるだろう。貴様を斬った短剣には毒が塗られていたのだ」
素早い攻撃を繰り出しながら、バドロが言った。
「あの刺客はお前の一味か」
クロノは納得がいったといった表情をしている。
「我が息子ガロだ。仇を取らせてもらうぞっ!!!」
「息子? あの雑魚がか?」
クロノの挑発に、バドロは一瞬怒気を覗かせる。それを彼は見逃さなかった。
「夜道に待ち伏せをして、不意をついても仕留め損なうような奴は暗殺者失格だ。育て方が悪いばかりに息子を殺したか」
「貴様ぁっっっ!!!!」
激昂したバドロが一気に勝負を決めに来た。これまでの様子見とは違う。一撃一撃に殺気がこもっていた。
「もらったっ!!」
バドロの短剣が残ったクロノの左腕を貫いた。かろうじて、剣を持てているものの、その傷では満足に振ることもできない。
左手が震え、その剣がゆらりと落下する。
「これは我が息子ガロの功績だ! 死んで息子に詫びるがいいっ!!!」
とどめとばかりにバドロは大きく踏み込んだ。
「がっ……!!!」
クロノの剣がバドロの腹に突き刺さっていた。
落下した剣を、クロノは素足の指で挟み、突進してくるバドロに突き立てたのだ。
剣のことが頭から離れたバドロは無警戒に突っ込んでしまったのである。
「自分でけしかけておいて、返り討ちにあったら仇というのはよくわからん。お前たちは自業自得だろう」
「……く……そ……がふっ……」
バドロはその場に倒れた。
「そこまでだ。勝者はクロノ!」
そう勝ち名乗りを上げたのは、オウル王子である。どういう気まぐれかクロノは知らないが、彼は決闘の進行役を買って出ていた。
「レナード法官、そなたが決闘の代役に立てたバドロは敗れた。この王家の決闘は正式にそなたの負けということで異論あるまいな?」
「勿論、異論はありません」
リュカはなにか引っかかるといったように視線を鋭くした。
負けた王族は王位継承権を奪われる。それは王族にとって、権力の象徴といっても過言ではないものだ。にもかかわらず、レナードは悔しそうにしていない。それどころ、余裕の笑みさえ浮かべていた。
「では、次は私の代役を紹介しよう」
そう口にしたのはシグルド財務官であった。
「三国大戦の英雄、弓の魔導師カッツォ・リーヴァンス殿だ」
そこにやってきたのは巨大な魔弓を手にした魔導師である。
近年、ランザリアでは戦は起こっていないが、中央大陸の方では三国大戦という大きな戦争があった。そこで多くの敵を倒し、英雄となったのがカッツォである。
「ちょっと待って! クロノ君連戦するってことっ!? そんなのズルじゃんっ!」
抗議の声を上げたのはシャルである。
無論、過去での出来事なので、シャルが抗議したところで大きくなにかが変わるということはない。それでも黙っていられないのは至極彼女らしかった。
「なにも不正などはしていない。決闘は本日ということは伝えてある。そして、クロノ、お前が決闘を望んだのは我々、王族全員であろう」
「だからって、クロノ君一人に王族全員で勝負しようって言うの? 王族の誇りとかなんにもないじゃんっ! 勝てばなんでもいいんだったら、別に血がつながってなくてもいいでしょ。大体、クロノ君に刺客を仕向けて殺そうとして、それも不正じゃないっていうの。頭おかしいよっ!!」
シャルがそうまくしたてると、シグルドは激昂した。
「口がすぎるぞっ、女っ! 暗殺者のことなど知らんっ! 証拠でもあるのかっ?」
「証拠? 今、決闘中にその人が自分で言ってたじゃんっ!」
そうシャルが言うと、見守っている兵士たちが「確かに」「王族として、正しい振る舞いとは言えない」「そのような国に、仕える民もまたいないだろうな」と同意を示す。
「別にいい」
「え……?」
そう言ったのは、他でもないクロノ自身だ。彼は不正の追及を望まなかった。
「全員倒せば、俺の勝ちなのだろう? さっさと始めろ」
そう言って、クロノはかろうじて動く左手で剣を拾い上げ、口に銜えたのだった。
◇
「ば、馬鹿な……信じられん……!」
「我々王族が集めた精鋭中の精鋭が……八人全員……全滅じゃと……!?」
シグルド財務官とライノ元帥が信じられないといった表情で、訓練場の舞台に視線を向けている。
そこには両腕、両足を血まみれにしながら立ち尽くすクロノの姿があった。
この日、彼が行った王家の決闘は合計八回。その全てに見事勝利したのだ。
「これで全員だな?」
最早立っているのもやっとの状態でありながらも、猛々しいまでの殺気がこめられた目を見て、王族たちは息を呑むばかりだ。
「俺の王位継承権の序列は第二位だ」
取り決め通りなら、それで間違いなかった。
「……いや、今のは無効試合じゃ」
そう切りだしたのはライノ元帥だった。
「試合開始前に、クロノを襲った者がいると聞き調べさせたが、これは王家の信用を失墜させるために仕組まれたものじゃった。首謀者はまだ調査中ではあるが、そのことにより、我々王族側には少なからず動揺があったのも事実。ゆえに無効じゃ。後日、首謀者が判明次第、再度決闘を行うのがよいかと思うがどうじゃ?」
ライノ元帥が他の王族たちを見た。
「うむ。確かに」
シグルド財務官が同意する。
「そういうことならば、ライノ元帥の意見が正しいであろう。何事も正式であることが肝心だ」
白々しくもレナード法官が言う。
「再試合が妥当といったところか。まあ、それで異論はない」
他の王族たちも次々と賛同する。
「そっ、そんなのおかしいじゃんっ! どう考えたって不利なのはクロノ君だったでしょっ。それで勝ったのに無効って、ありえないよっ!!」
「口を慎みたまえ。王家の決闘に水を差されたのだ。どちらが有利、不利の話ではない。正式か否かの問題なのだ」
さも理路整然とレナード法官が言った。
結局、平民として育ったクロノに王になる資格など与えるつもりはない。そういうことなのだろう。
「他の者たちも異論はあるまいなっ?」
睨みを利かせながら、ライノ元帥は言った。異論など唱えようものなら、後で処罰すると言わんばかりである。
兵士たちはばつが悪そうに俯いていた。
「ではこれを王家の正式な決闘とする!!」
「それでは道理が通るまい、ライノ元帥」
ライノが目を見開く。
異を唱えたのは、あろうことか王位継承権第一位のオウルであった。
彼がクロノへの当たりがきついのは周知の事実だったため、まさか賛同されないとは思ってもみなかったのだろう。
「ど、道理が通らないというと……?」
「決闘に水が差されたという言い分もわかるが、それならばその時点で延期にするべきだったのではないか?」
ぐうの音も出ない正論に、ライノ元帥はすぐには反論できなかった。
「……た、確かにその通りではありますが、事実確認に手間取ってしまい……」
「事実確認の間、決闘を止めておけば事は済んだ」
またしても非の打ち所のない正論を口にされ、ライノ元帥は冷や汗を垂らす。
「……も、勿論そうじゃが、今となってしまった以上、致し方なく……」
「私が言っているのは、王家がどう見られるかということだ」
毅然とした口調でオウルは言う。
「これでは、平民育ちのクロノの序列を上げたくないための理由作りをしているように見えてしまう」
「ま、まさかっ! 滅相もないことでっ!」
「なにを慌てている? そうだとは言っていない。そう見えると言っているのだ」
オウルの冷たい瞳は、ライノの思惑を見透かしたようでもあった。
「……た、確かにそうじゃが、見えるからといって……」
「商人ならば、ただ利をとればよいだろう。軍人ならば勝てばよいだろう。だが、王族とは、王とは気高いものでなければならぬ。卑しい国に誰が住みたいと思うのか。我々は民が誇れる存在でなければならない」
齢一二かそこらのオウルの覇気に、老人といってもいいライノが完全に気圧されていた。
「私はいかなる時も真っ当な道を歩むべきだと思う。違うか、ライノ元帥」
「……いいえ……違いませぬ……」
元より、序列はオウルが上だ。その彼にこうも真っ直ぐな正論を言われては、反論することはできなかった。
「お、オウル王子。しかし、それではいったいどのように……?」
かろうじてそう意見を口にしたのはレナード法官だった。
「クロノの序列は暫定二位とする。ただし、今回敗北した王族には優先的に再度決闘を挑む権利が与えられる。クロノはこれを拒否することはできない」
実質的に、今回の決闘での勝利を認めるという措置だ。
他の王族たちも次に挑んで負ければ王位継承権を失う。挑戦には勇気がいる。
「他の者も異論はないな? これを王家の正式な決定とするっ!」
オウルが堂々と宣言すると、兵士たちは敬意を示すようにその場に跪いたのだった。
◇
「クロノ君っ、大丈夫っ!?」
訓練場を出て、一人、おぼつかない足取りで歩いていくクロノにシャルが駆け寄った。リュカも心配そうに彼の傷を見ている。正直、立っているのが奇跡に思えた。
「……大丈夫だ。俺はこの後、生死の境を彷徨うことになる」
「全然、大丈夫じゃないじゃんっ!」
シャルが大声を上げる。
「ここで死ぬならシャルたちには会えなかった」
「そういう問題じゃないじゃんっ。痛くないのっ?」
「激痛だ」
「ほらっ。早く治療しなきゃっ!」
シャルはポケットからガラス玉を取り出すが、回復魔法を使うのに一瞬逡巡する。結局、シャルの力ではこの過去に大きく干渉することはできないのだ。
「クロノ」
声をかけられ、彼は振り向く。
呼んだのはオウルであった。
「王族が用意した名だたる英雄、手練れを相手に、身一つで乗り越えるとは大した男だ」
クロノは彼に鋭い視線を向けた。
「俺はお前を、いけ好かない男だと思っている」
「だろうな」
当然とばかりに、オウルは言った。
「だが、お前の言葉で跪いた兵たちは、皆誇らしげな顔をしていた」
この時、クロノはオウルの王族としての誇りを垣間見たのだ。近い未来、彼に導かれる、ランザリアの民の姿を想像することができた。
「それだけは確かだ」
「クロノ君っ!」
ぐらり、とクロノの体が揺れると、彼はそこに倒れた。とうに限界を超えていたのだろう。
「心配するな。ランザリアの魔法医は優秀だ」
オウルがそう言って、クロノの体を抱きかかえる。そのまま、彼は魔法医がいる医務室までクロノを運んでいったのだった。




