§.19 【王家の決闘】
遙か昔。
ランザリア王都。城内訓練場。
「あ……」
シャルの目の前にはクロノがいた。過去のクロノだ。
「クロノ君、成長したじゃんっ。大きくなってるっ。可愛いっ!」
「大きくなったのに可愛いのか?」
不思議そうにクロノが聞いてきた。
「大きくなったから可愛いんじゃん」
「シャル。その説明じゃ、一生わからないと思いますよ」
と、リュカが指摘する。
「えー、そーかな? わかるでしょ。ところで今これどういう状況?」
「剣術の鍛錬をしているところだ」
クロノが鞘に納めた剣をシャルに放り投げる。慌てて彼女はそれを受け止めた。
「アタシがやっていいの?」
「いや」
クロノはもう一本の剣をリュカに放り投げた。
「二対一だ」
「私は構いませんけど」
剣を手にしながら、リュカは言った。
「シャルは普通に戦ったら大したことはないんですけど、私けっこう強いですよ? 今のお兄さんで大丈夫ですか?」
「過去の俺は弱く、普通に死ぬが、大丈夫だろう」
クロノは剣を抜き放ち、リュカにまっすぐ向かっていく。
「あんまり大丈夫に聞こえませんでした」
振り下ろされた剣を、リュカは正面から受け止める。真祖のヴァンパイアであるリュカにとって、普通の人間の剣をさばくことなど造作もなかった。
「隙ありじゃんっ!」
容赦なくシャルはリュカと打ち合っているクロノの背後から斬りかかる。
「シャルッ。もうちょっと加減して――」
後頭部めがけて勢いよく振り下ろされた剣を、クロノは後ろを見ずに難なく回避した。
「嘘っ、やばっ! クロノ君、昔も十分強いじゃんっ」
シャルとリュカの二人に前後から挟み撃ちにされながらも、彼女のたちの繰り出す剣を、クロノは弾き返し、あるいは避けて、攻撃にすら転じていた。
「本当ですね。この前の過去よりも、一段と強くなっています。魔力のない人間は私とは普通戦いにならないですよ。こないだのラファエロという騎士よりも強くなったんじゃないですか?」
ランザリア王家最強の騎士ラファエロとの決闘ではクロノが勝ったが、あの時点で実力が勝っていたとは言いがたい。
油断したラファエロを、奇策をもって破ったといったところだろう。しかし、今のクロノはかつてのラファエロを超える実力を持っているようだ。
「鍛錬を積んだのだ」
クロノは簡潔に説明した。
「ねえねえ、そういえば、アタシたち、聖杯のことを調べに来たんじゃん? クロノ君、ランザリアで聖杯を見たことがあったの?」
二対一の訓練を続けながらも、クロノたちは話をする。
「いいや。だが、ランザリアは魔導師の国だ。様々な魔導具の話を聞くことがあった。調べる機会が巡ってくるだろう」
「聖杯も気になりますけど、ギルム・ヴォーザーは少し変でしたね」
「え、そう? 普通の人だったじゃん?」
「普通だから、変なんですよ」
きょとんとするシャルに、リュカが言った。
「ギルムはユーリやわたしに敵意を持っていませんでした。戦争をしていたはずなのに」
「あー、そっか。リュカは魔族だし、ユーリとは直接戦ってたんだもんね」
「疫鬼王のせいで病魔に冒されたのですから、魔族に恨みを持っていると思ったんですけど」
少なくとも、ギルムは冷静に見えた。それが逆にリュカは不可解に感じたのだ
「とりあえず聖杯のことを調べて、戻ったら色々聞いたりすればいいんじゃん?」
楽観的なシャルの言葉に、リュカは薄く微笑んだ。
「おい、クロノ」
唐突に声をかけられ、クロノたちは訓練を中断する。
訓練場にやってきたのは第一王子のオウルだった。
クロノが振り返ると、彼は言う。
「序列をかけ、王族たちと勝負をするそうだな?」
「その通りだ」
クロノが他の王族にもちかけたのは、王位継承権の序列をかけた王家の決闘である。古来よりランザリアには王位継承権を持つ者同士、決闘の場を設けてきた。勝てば、相手の序列を奪い取ることができるのだ。
序列が下位の者が負ければ、王位継承権がなくなり、王家から出ていかねばならなかった。
しかし、近年ではあまり王家の決闘が行われることはなくなっていた。双方にとって、あまりにリスクが大きいからだ。
「王家の決闘は、武力だけで勝敗が決まるわけではない。見定めるのは王の器だ。王族は決闘の場に代理の者を送り込んでもよい。配下を上手く使うのも王の務め。勝利のみが王族に与えられた責務なのである」
「無論、承知の上だ」
上から目線でものを言うオウルに、クロノは真っ向から答えた。
「貴様は本気でランザリアの王になれると思っているのか?」
「それは問題ではないのだ」
「……なに?」
「王を目指すべきだと思っている。それだけだ」
クロノの答えが気に入らなかったのか、オウルはまるで怒りをあらわにするように睨んできた。
彼は腰の剣を抜いて、訓練場の舞台に上がった。
「わからぬのなら、その体に教えてやろう。平民育ちの貴様に、格の違いをな」
クロノが目配せをすると、リュカとシャルは離れたところに移動した。
オウルとクロノ、二人は対峙する。
言葉はない。すでに、両者の意識は相手の剣に集中している。
動いたのは二人同時であった。互いに相手に向かって、突撃する。クロノの予備動作から、オウルは剣筋を予測し、クロノもまたオウルの動きから先を読む。
結果、二人の至った結論は相手よりも速く剣を振るうことだった。クロノとオウル、両者の最速の剣が一合を交わす。
膝をついたのはクロノだった。オウルの剣が先に彼の腹部を捉えていたのだ。
「母を夜盗に殺されたそうだな?」
一瞬、クロノの表情が険しくなった。
「なぜ知っている?」
「隣国に潜入している間者に探らせた。母を殺され、力が足りぬ自分を恥じて、鍛錬を積んだのだな。王位を求めるのもそれがきっかけか」
「見透かしたことをいう野郎だ」
探られたことが気に入らなかったか、吐き捨てるようにクロノは言った。
「王になると大言を宣うが、貴様はいったいどんな王になるつもりだ?」
「強い王だ。民が家族を失わずに済む、強い国を俺は作る」
「強い国?」
く、くくくとオウルの口から笑い声がこぼれ落ちる。
「くはははははははははっ! 馬鹿な男だ、お前は。王が強くなれば、国が強くなれば、民が死なぬとでも思っているのか?」
「弱いよりは死なぬだろう」
「夢だ、それは。ありもせぬ理想郷だよ。強かろうと、弱かろうと、民は死ぬ。クロノ、お前の王位は慰めにすぎんな」
クロノは視線を鋭くした。
「慰め?」
「そうだ。母の死に耐えきれず、王位を逃げ場所に選んだのだ。今すぐやめろ。国はお前のおもちゃではないのだ」
明確に怒気を発し、クロノは言った。
「お前の言うことが事実だとしても、民は死ぬのが当たり前だと思っている王よりは、ずいぶんとマシだろう」
「ふん」
クロノの言葉を、オウルは鼻で笑う。
すると、彼の顔にたらりと血が流れ落ちた。クロノの剣は彼の額を斬り裂いていた。あと僅か踏み込めていれば、オウルが先に倒れていたであろう。紙一重の勝負だったのだ。
「惜しかったと思うか? 違うな。この差が決して埋まらぬ、俺と貴様の差だ。まあ、もっとも、王位継承権が最下位の貴様には、そもそも王になる可能性さえないのだがな」
そう言い捨てて、オウルはこの場を後にした。




