§.18 【縁】
白竜城正門。
クロノたちはその目前まで辿り着いていた。
「めちゃくちゃ警備、厳重じゃん」
物陰に潜みながら、正門にいる竜人の兵士たちを見て、シャルがそんな感想を漏らす。
「正面突破はしたくないなぁ」
「じゃ、陽動するしかありませんね」
ユーリがぼやくように言うと、リュカがそう結論づける。
「陽動って、誰がするのよ?」
「俺が行く。お前たちは裏門から入るのだ」
「え? ちょっと……」
ユーリが引き止める間もなく、クロノは正門まですたすたと歩いていく。
「ど、どうするのよ、一人であんな堂々と。あのお兄ちゃん、馬鹿じゃないのっ?」
「ユーリ、早く裏門に行きますよ」
冷静にリュカに言われ、ユーリは唖然とした。
「……お姉ちゃん、心配じゃないの?」
「そうですね。心配な気持ちがないわけではないんですけど、でも冷静に考えると大丈夫なんですよね」
リュカとユーリ、シャルはすぐに裏門へ向かった。
一方クロノは――
「ぎゃ、虐殺王ですっ。虐殺王クロノ・グランベフィウスが現れましたっ!」
「至急応援をっ! 竜王城の全戦力を正門へ回せっ!!!」
「アガド様は最後まで見事に戦われたっ! 我々も続けっ! 聖杯発動まであと僅かっ! 時間を稼ぐのだっ!!!」
「行くぞぉぉぉぉっっっ!!!」
竜人の兵士たちが剣を抜き放ち、一斉にクロノめがけて突っ込んでいく。
◇
裏門付近にユーリとシャルがいた。
そこへ赤い霧が漂い始め、リュカに変わった。
「裏門の兵は全て正門に移動しました」
「ほんとに? あのお兄ちゃんが引きつけてるってこと?」
驚きをあらわにするユーリに、シャルは「ふふー」と得意げに笑ってみせた。
「クロノ君はね、すごいんだよ」
「すごいかもしんないけど、一人じゃ死んじゃうでしょ?」
「大丈夫大丈夫。せっかく隙ができたんだから今の内に行こっ」
シャルはユーリの手を引いて、裏門へ走っていく。
「ちょっと待ってっ! まだ誰かいるっ!」
ユーリがそう声を上げ、鋭い視線を裏門の奥へ向けた。
「いいや、もういない」
「えっ……?」
そこにいたのはクロノだった。
「なっ……なんでここにいるのっ? 正門で陽動してたよねっ!?」
「もう終わったのだ」
「終わった? なんでっ? どういう魔法を使ったのっ?」
「倒した」
「はあぁっ……!!?」
意味がわからないといったようにユーリは声を上げた。
「どうせ倒すんなら、陽動じゃなくてよかったんじゃないですか、お兄さん」
「俺には同じなのだ。陽動がいいという話だったのでそうした」
「確かに言いましたけど……」
話しながら、クロノたちは白竜城の中へ入っていく。
「そういえば、ギルム君ってどこにいるか知ってる?」
「そんなの知るわけないでしょ。適当に兵士を捕まえて、吸血すれば吐かせられるよ」
ぺろり、とユーリは可愛らしい舌を覗かせる。
「東棟の四階にいるそうだ」
そう言ったのはクロノである。
「……なんで知ってるの?」
怪訝な表情でユーリが聞く。
「陽動ついでに問い質した」
襲いかかってきた兵士を一蹴し、質問したのだ。虐殺王と対峙し恐怖に駆られた竜人は正直に話すほかなかった。
◇
東棟四階の一室。
いくつもの燭台が並べられていた。ロウソクに火が灯っており、その上に深緑の宝玉が浮いている。宝玉は魔力を発し、室内に癒やしの結界を構築している。
中心には寝台があり、そこに黒髪の美青年が眠っている。黒の竜騎士ギルム・ヴォーザーである。
その額には黒いイバラのような斑紋が浮かんでいる。
「これってなあに?」
深緑の宝玉をシャルが指さす。
「治癒竜の瞳だ。癒やしの魔力を秘めており、一つあれば、どんな重傷でもたちまち癒やすと言われている」
「それじゃ、この人が?」
リュカが寝台で寝ている青年に視線を向ける。
「ギルム・ヴォーザーだよ。間違いない」
ユーリが言った。
シャルはギルムに近づき、その額の斑紋にそっと触れた。
「……たぶん、この斑紋が病魔そのものだと思う。体の中にずっと病魔が潜んでるから、病気が治せない」
「シャルなら、どうにかできるの?」
ユーリが問う。
「やってみる」
シャルはポケットから青いガラス玉をジャラジャラと取り出した。ギルムを取り囲むように、寝台の周囲に一つずつ置いていく。
そうして、残ったガラス玉を手にして、目を近づける。そこにはギルムと斑紋が映っていた。
「浄化」
青いガラス玉に魔力が満ちる。黒いイバラの斑紋が光に包まれ、みるみる輝きが増していく。室内が光に覆われた次の瞬間、一気に弾けた。
見れば、ギルムの額にあった斑紋が消えている。
「成功したのっ?」
期待の眼差しでユーリはシャルを見た。
「うーん……」
シャルは首をかしげ、ガラス玉に視線を向ける。そこに亀裂が走った。彼女の手の平の上でガラス玉が砕け散る。連鎖するように、寝台に置かれたガラス玉も次々と砕け散ってしまった。
「失敗だよぉ……」
すると、ギルムの額に再び黒いイバラの斑紋が現れる。病魔を治すことができなかったのだ。
「どうするの?」
「うーん……どうしよっかなぁ……? 困ったなぁ」
ユーリに問われ、考えるようにシャルは頭に手を当てる。
その時だった。
「……君たちは……」
寝ていたと思っていたギルムが唐突に言葉を発した。シャルたちは警戒するように身構える。
「君たちは僕を治しにきたのかい?」
ギルムが目を開ける。一人ずつ顔を見て、それから言った。
「ヴァンパイアのユーリ。君はもっと好戦的だと思っていたよ」
ギルムは意外そうな表情を浮かべている。
それが不本意だったのか、彼女はつっけんどんな物言いで答えた。
「ユーリはね。でも、恨みを買うのは別に好きじゃない。あんたの仲間たちはしつこいんだもん。この子が治せるって言うし、いい加減竜人と戦い続けるのも飽きちゃったから」
「そうか」
ユーリの心変わりを信じたのか、ギルムはほんの少し微笑んだように見えた。
「なに笑ってんの?」
「なんでもないよ。僕の病魔は取り除けない。バライザが死ぬ時にかけた呪いだからね」「それなんだけど、おかしくない? バライザ様は生きてたよ。それなら、あんたの病魔はそこまで強力にはならないはずでしょ」
少なくとも聖女と呼ばれるシャルならば解呪できなければおかしかった。
しかし、動じることなく、ギルムは言った。
「それはね、聖杯のせいなんだ」
「聖杯?」
ユーリが首を捻った。
「バライザは死んだんだよ。それは確かなんだ。彼が今、まるで不死身のように見えるのは、聖杯が原因なんだ」
「竜人の兵士たちが生き返りましたが、それも聖杯が原因なんですか?」
と、リュカが問う。
「そうだね。彼らは、彼らであって彼らではない。聖杯が無限の死を繰り返しているんだ。生け贄となった彼らが血を流せば、それは聖杯に満ちていく。そして、それが聖杯を完全に満たした時、真なる力が発動させられると言われている」
「どんな力ですか?」
「……全てを無に帰す大魔法、と伝承にはある。実際にはわからないよ。一度も使ったことがないからね。だけど、聖杯が有する魔力や、生け贄が無限の死を繰り返すことを考えれば、それぐらいのことが起きても不思議はない……」
深刻な表情でギルムはそう説明した。
「恥を忍んで、君たちに頼みたい。聖杯の呪いを解いて欲しい」
「はぁぁっ、なんでユーリがっ!」
彼女は露骨に嫌そうな顔をした。
「でも、聖杯の呪いを解いたら、もう竜人と戦争しなくてもいいかもしれないじゃん」
前向きにシャルが言った。
「そんな単純なら苦労しないよ。大体、ギルム、なんだって竜人はそんな物騒な物持ってんのよ? どうせ古代の神具の類でしょ?」
「……竜人の手に負えない、強大な敵が現れた際に使うためだよ……」
「そんなこと言って。どーせユーリたちに使おうとしたんじゃないの?」
ユーリはギルムを脅すように睨んだ。
「わからない。見ての通り、僕はもう戦力にはならないからね。詳しいことを聞かされる立場にはないよ」
「どーだか」
敵同士だけあって、ユーリは彼の言葉を信じていないようだ。
「ユーリたちに使おうとした聖杯の力で、竜人たちは自滅してるんでしょ。バライザ様に殺されてるんだから。それをなんでユーリたちが解呪しなきゃいけないの? 意味わかんない」
険のある口調でユーリはそう言った。
「ねえ、シャル。こいつを治せないんだったら、とっとと帰るよっ。ワンチャン、聖杯が暴走してこの国終わるんじゃない?」
「ダメだよっ。そんなんじゃっ!」
「じゃ、さっさと治してよ」
他人事のようにユーリが言った。
だが、彼女には治せない。
「……クロノ君、なにか方法ないかな?」
シャルが聞く。
「方法はある」
「ほんとにっ? どうすればいいのっ?」
「それが問題なのだ?」
「え?」
シャルがきょとんとした表情を浮かべた。
「数がありすぎて、どの方法をとるべきか迷うところだ」
ユーリが怪訝な顔をクロノに向けている。
「うーん。じゃ、サイコロ振ったら? ほら、アタシと会ったときにサイコロを振って、学院に来たって言ってたじゃん。それと同じなんだよね?」
「確かにな。ではサイコロを振ろう」
クロノは一瞬考える素振りを見せた後、ギルムの方を向いた。
「聖杯の出所はどこなのだ?」
「今はなき、古の王国、ランザリアのものと伝承に」
はっとして、シャルとリュカが彼の方を向いた。
「なにかの縁か」
ギルムの答えによって、とるべき方法を決めるつもりだったのだろう。クロノはこう言ったのだ。
「ランザリアで見てこよう、その聖杯を」




