§.17 【異変】
アガドを退けたクロノたちは竜王城を目指して走っていた。
「ユーリちゃん、怪我大丈夫?」
覗き込むようにしてシャルが聞いた。
「大丈夫に決まってるでしょ。まあ、すっごく痛かったけど、これでも真祖のヴァンパイアだもん」
生意気な態度でユーリは答えた。
「あの竜人が使ってる武器が、魔剣とかだったらヤバかったけどねー」
「……違ったんですか?」
怪訝な表情でリュカが言う。
「違ったねー。鋼鉄かな? 詳しくはわかんないけど、ただの金属なのは確か。全然魔力がこもってなかったよ」
だからこそ、ヴァンパイアの再生能力が十全に働いた。ユーリが負った傷はもう治りかけているのだ。
「おかしいですよ」
「そなの?」
シャルがきょとんとしながら、聞いてくる。
「さっきの相手はかなりの手練れでした。私たちの攻撃をまともに食らったのに、戦える余力があるぐらいに。お兄さんがいなかったら、少なくともまだ戦闘は続いていたでしょう」
「それなのに、武器がヨワヨワってこと?」
リュカがうなずく。
「あれだけの武人なら名のある武器を持っているのが普通です。あえて弱い武器を選んだんだと思います」
「なんで?」
「わかりません。普通なら、そんなことをする意味はありません」
勝ち目がないからあっさりやられようとしていたとは、リュカたちに想像がつくわけもなく、ゆえに困惑していた。
「じゃ、いいじゃん。考えても仕方ないんだし」
「それはそうなんですが……」
楽観的なシャルに対して、リュカはどうしても割り切れない様子だった。
「なにあれー?」
先頭を走っていたユーリが立ち止まった。
目の前にあるのは石造りの遺跡のようなものだった。かなり広大な範囲にわたっている。
「野外神殿みたいですね。竜の神でも祀っているんでしょうか?」
興味深そうにリュカは野外神殿を見回す。
「罠とかじゃないんなら、別に気にしなくていいんじゃない? 神殿だったら、突っきちゃおっ!」
そう言って、ユーリが走り出し、野外神殿の中に入っていく。
「ユーリッ。神聖な場所かもしれませんよっ!」
「だったら、余計いいでしょ。あいつら、ここじゃ襲ってこれないかもしれないし。ここを抜けたら、白竜城はすぐそこなんだから」
「待ちなさいっ! ユーリッ!」
ユーリを引き止めようと、リュカは後を追った。シャルもクロノもそれに続く。
「入っちゃったけど、大丈夫かなぁ?」
と、シャルが言う。
「大丈夫とは?」
「竜人が怒っちゃうかもしれないじゃん?」
「そういう意味ではあまり大丈夫ではないだろう」
「わー、やっぱり。怒ったら、大変だよねぇ」
「そういう意味では大丈夫だ」
クロノが当たり前のように言うと、あははっとシャルは笑った。
「そうだった! 全知全能じゃん」
「嘘っ……なんでっ……!?」
前方から声が漏れる。愕然と立ち尽くすユーリの視線の先にいたのは、黒い角を生やした男であった。
竜人ではない。魔族だ。
「疫鬼王……バライザ様……死んだはずなのに……」
竜人との戦争でユーリたち魔族を率いていたリーダーが疫鬼王バライザである。だが、彼女の話では黒の竜騎士ギルムに討たれたはずだった。
呆然とユーリが見ていると、その男がギロリと睨んできた。
「そこの魔族の女。私を知っているのか? この疫鬼王バライザを?」
ユーリが眉根を寄せた。
「ユーリを……覚えていないの?」
「ユーリ? 聞いたこともない名だ」
「……あなたと一緒に竜人たちと戦ったっ……ヴァンパイアのユーリだよっ!」
「ヴァンパイアに知人はいない。貴様、竜人が化けているな?」
と、バライザが敵意をあらわにする。
「違うっ! ユーリはっ……!!」
その時だった。強い魔力が複数、至近距離で感じられたのだ。クロノたち、そして疫鬼王バライザを取り囲むように姿を現したのは、鎧を纏った竜人の兵士たちであった。
「来おったか」
バライザは迎え撃つべく魔法陣を描く。即座に竜人たちが飛びかかってきた。
「どうしよう、ママッ。これ、どういう状況っ?」
「わかりませんけど、私たちも狙われているみたいです」
竜人の兵士たちが剣で斬りかかる。シャルが背光でそれを防ぎ、リュカとユーリが爪で反撃する。
クロノに至っては、振り下ろした剣の方が折れていた。
「砂塵疫毒殺」
黒き砂塵が生き物のように蠢き、竜人たちを飲み込んだ。すると、みるみる内に、その全身に黒い斑点が現れる。
「がっ……!」
「うぐっ……!」
「毒が……うぁ……!!」
毒に冒された竜人たちがバタバタと倒れていく。あっという間に、野外神殿には死体の山ができていた。
「口ほどにもない」
疫鬼王バライザがそう口にすると、砂塵が彼を覆っていく。それが風に流れるように消え去ると、バライザの姿はもうなかった。
「あの魔法は……確かにバライザ様のものだけど……でも、どうして……?」
砂塵が流れていった方角を見つめ、ユーリは疑問の表情を浮かべる。
「ユーリのことを覚えていないみたいでしたが、竜人と敵対しているのは確かですね。この様子だと生存者は一人もいなさそうです……」
「いる」
「え?」
リュカがクロノを振り向いた。
「どこにいるの?」
シャルが聞く。
「生き返る」
竜人たちの死体が光に包まれる。すると、黒い斑点が次第に消え始めたのだ。
「生き返ったら、また襲われるじゃん。隠れよっ!」
シャルがそう口にして、野外神殿の柱の後ろに彼女たちは隠れた。
そこから、様子を窺うと、竜人の兵士たちが次々と起き上がる光景が見られた。彼らは全員息を吹き返し、疫鬼王を追うように野外神殿から立ち去っていった。
「今のなに? バライザ様が生きてるのも変だし、あいつらなんで生き返るの? 意味がわからないよっ!」
混乱したようにユーリは頭を押さえる。
「竜人は今まで生き返ったことがないのか?」
「当たり前だよっ! てゆーか、普通、誰だって生き返らないよっ」
クロノが問うと、至極真っ当な答えが返ってきた。
「この国になにか異変が起きているみたいですね……」
そうリュカが言う。
「どうするのだ?」
「うーん、でも、考えたって仕方ないじゃん? 最初の目的通り、ギルム・ヴォーザーのいる白龍城へ行こーっ」
軽い調子でシャルは言ったのだった。




