§.16 【武人として】
アムルテムズ国、王都ヴァイシズ。
クロノたちはちょうどその街に入ったところだった。
「もうすぐだよね。あの城が白竜城でしょ?」
街の中心にそびえ立つ城をシャルが指さした。
「そだよ。ギルムもあそこにいるはずだけど、すんなりは行かせてもらえないんじゃないかな」
ユーリが言った。
「気がつかれるまでに行ければなんとかなるんじゃん?」
「無理無理っ。だって、ほら」
ユーリの視線の先に全身鎧を纏った竜人が立っている。
「もうとっくに気がつかれてるもん」
現れたのは白の竜王アガドである。すでに足ががくがくと小刻みに震えていた。その遙か後方で、竜人の兵たちがこれから始まる戦いを見守っている。
(……こうなっては聖杯発動までの時間を稼ぐのが先決というもの。虐殺王と戦い、時間を稼いで、なおかつ生き延びる。そのためには――)
アガドは静かにその場で剣を抜いた。
「俺はお前たちを止めなければならん」
クロノたちへ、彼は告げる。
「武人として手合わせ願う」
彼が弾き出した答えがそれだった。武人として、正々堂々とした振る舞いで立ち会いに望めば、最悪殺されることはないという算段である。
「武人としてか」
クロノはシャルたちを見た。
「どしたの、お兄ちゃん? あいつ、敵でしょ? やっちゃえば?」
「誰がやるのだ?」
すると、リュカが言った。
「私がやってもいいですよ」
「でも、あの人、けっこう強そうだけど?」
チラリ、とシャルはアガドを見た。クロノを刺激しないように力を押さえているが、それでもわかる者には隠しきることはできない。
(これは……好機だ! 虐殺王以外が相手ならば、時間を稼ぐことは容易いはず……!)
アガドはそう考え、言ったのだ。
「真祖のヴァンパイアと我らが竜人の仇敵、そして教会の聖女か。面白い。どの者と戦っても期待ができそうだ」
クロノ以外に興味を示すことで、彼は地道に虐殺王と戦う確率を下げようとしていた。
「ユーリがやってもいいけど?」
「それじゃ、じゃんけんで決めればいいじゃん」
軽い調子でシャルが提案する。
「そんなんで決めるぐらいでしたら、もうお兄さんにやってもらえばいいんじゃないですか?」
「アタシはそれでいいよ」
「……まあ、確実なのは確実なんだけど」
戦う相手がクロノに決まりかけたその瞬間だった。
(させん……!)
起死回生の一手とばかりにアガドが言う。
「なにを決めあぐねている? ならば全員まとめてかかってくることよ」
いかにも武人らしく、堂々とアガドは言った。
(こう言っておけば、恐らく弱い奴から順番に来るだろう。この中ならば、恐らくはシャル・アーリアン。彼女からだ!)
果たしてアガドの思惑通りだったか、シャルが一歩前へ出る。
「それじゃ」
(来た……!)
リュカが一歩前へ出る。
「お言葉に甘えて」
(なにっ……!?)
ユーリが一歩前へ出る。
「やっちゃうよ」
(まさか、こいつら……!?)
クロノが一歩、前へ出た。
「奇特な奴だ」
(全員で俺をなぶり殺しに……!?)
動転するあまり、アガドは自分から言い出したことであるとまだ気がついていなかった。
一対四。虐殺王と戦うことさえ逡巡していたというのに、まさかの三人も追加である。
(かくなる上は――)
アガドは覚悟を決め、地面を蹴った。矢のように加速し、先手必勝とばかりに襲いかかる。狙いはシャルだ。
(あえてカウンターを食らい、全力でぶっ飛ぶことよ!)
アガドは剣を大きく振りかぶる。威力の大きさと引き換えに、隙が増える大振りの一撃は、敵の攻撃を誘っているからである。
だが、あからさまな誘いが逆にシャルに反撃を躊躇わせた。
「背光」
シャルの背後に聖なる光が集い、それが彼女を守る防壁と化した。アガドの剣が振り下ろされ、その威力に爆音がけたたましく鳴り響く。
(なぜ……!? 受け止めた? 隙だらけだったはずだっ!)
そのまま剣を押しやり、アガドは背光を真っ二つに切断した。
(ならば!)
アガドはシャルの隙に攻撃しようとはせず、全力で真横に飛んだ。
(無駄に横っ飛びすることで、あえて大きな隙を作ればいいだけのことっ!)
「よく気がつきましたね」
アガドが意味もなく横に飛んだ先にあったのは赤い霧だ。それがリュカの姿に変わっていき、彼女は爪を突き出した。
アガドはそれを剣で打ち払った。
(しまった!? つい反射的に……!? くそぉっ!)
最早、なりふりかまっていられないアガドは、剣をリュカめがけて投げつけた。自ら武器を手放す行為に、一瞬驚きつつも、彼女は赤い霧となってそれを避けた。
「あっ……うぅ……!!!!」
その剣が突き刺さったのはユーリの胸だった。
(なぜ当たるっ!?)
リュカの背後から隙を窺っていたため、死角となって剣の存在に気がつくのが遅れたのだ。
(まずいっ!! このままでは、このままでは虐殺王が来てしまうっ!!)
アガドは仕切り直そうと後ろに飛び退いた。
「逃が……さないよっ……!!」
怒りの形相で追ってきたのはユーリである。どくどくと流れた大量の血が、彼女の手の平に集まっていく。それは凄まじい魔力を放っていた。
(好機っ! かなりの威力だが、耐えきれる! これを食らって、派手にぶっ飛べばよい!)
「砕け散れぇぇっ! 血弾爆炎牙!!」
巨大な血の弾丸がアガドに向かって撃ち放たれ、大爆発を巻き起こした。
「ぐああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
(よしっ!! この勢いならば、戦線を離脱できる)
計画通り、アガドは派手に吹っ飛んでいく。その方向にリュカがいた。
「それぐらいで死なないのはわかっていますよ」
(いや……ちょっと待て……!!)
リュカの手の平の上に赤い霧が漂っている。それがみるみる形を変えて、大剣となった。
「血霧魔剣撃」
霧の大剣がアガドの鎧を砕き、その体に突き刺さった。
「ごはぁぁっ……!!」
血霧魔剣撃の勢いに押され、アガドはまた反対方向に吹き飛ばされている。
(こ、これで……今度こそ、離脱……!)
「シャル、行きましたよっ!」
「オッケーッ!」
(なにぃっ……!?)
アガドが吹き飛ばされているその先にシャルが背光を展開して待っていた。
「背光殴撃」
「ごはぁぁっ……!!!!」
聖なる光の防壁が勢いよく迫り、打ち返すように再びアガドを逆方向にぶっ飛ばした。
「クロノ君っ!!!」
(なっ……!! ま、待て、それだけは……!!)
散々攻撃を受けたアガドが吹き飛んでいく先に待っているのは、拳を握ったクロノである。
「安らかに眠れ」
「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!」
クロノの一撃でアガドは空に打ち上げられる。落ちてこない。時間が経っても、打ち上げられた勢いが死ぬことはなく、アガドは空の彼方まで吹っ飛んでいき、そのまま星となった。




