§.14 【聖杯】
四王会議。
世界最高の叡智が集う円卓の間には、いつもの如く緊張が張り詰めていた。
「極めて重要な情報を手に入れた」
そう口火を切ったのは白の竜王アガドであった。
武の道を究めるために三〇年間山ごもりをした逸話があるほど、質実剛健な彼の言葉は飾り気がない分、より真実味があった。
そして、四王会議が虐殺王に対抗するものである以上、それは彼の王に関することに間違いない。
「重要な情報、か」
深刻な顔で、獅子の皇帝ランデュークが呟く。
「良い報せということは、ないのでしょうね」
同じく神妙な顔をしながら、始まりの教皇ソルが言った。
「聞こうではないか、白の竜王アガド。どのような未曾有の危機であろうとも、我らの知恵が合わされば恐るるに足らぬ」
大物ぶって最後に言ったのは魔神王ゴルロアーズである。
「うむ……」
堅い表情でうなずき、アガドはこう言ったのだ。
「虐殺王クロノ・グランベフィウスが合コンを行った」
「なっ……んだと……!?」
「合……コン……? 虐殺王が合コンに行ったと今そう申したのですかっ……!?」
ランデュークとソルが驚きをあらわにした。
一方で、ゴルロアーズは大量の冷や汗をだらだらと流している。
(まずい……!!)
そう、ゴルロアーズは配下のミレアにユーリを懐柔させ、虐殺王を呼んで合コンをした事実を四王会議の面々には伏せているのだ。
「いったい、なぜ虐殺王は合コンに行かれたのか、ご存じですか、アガド?」
「それを知っていれば苦労はないというものよ」
苦い顔でアガドは答えた。
「だが、全知全能の王が行う合コンなのだ。ただの合コンであろうはずもない」
そう口にしたのはランデュークである。
「ただの合コンでないのはわかっている。欲しいのは答えだ」
アガドが言った。
「なにか合コンに関する情報はないのですか?」
「……魔族の女が毒殺された、と」
アガドの答えに、ソルとランデューク、そしてゴルロアーズは目を大きく見開いた。
「それは、虐殺王にやられたというのか?」
「そのようだ」
ランデュークの問いに、アガドが答える。
(そ、そこまで知られているのか……)
そして、話が進むごとにゴルロアーズが追い詰められていた。
「つまり、とうとう虐殺王が行動を始めたということですか」
ソルがそう結論づける。
「だが、いったいなぜ? 魔族の女一人殺したところで、虐殺王にはなんのメリットもないはず。それも、毒殺などという回りくどい手段で……」
ランデュークはもっともな疑問を投げかける。
(ふん。こやつら三馬鹿王ではどうせ真実には辿り着けんわ。適当に議論をさせておけばよい)
ゴルロアーズはそう考えた。つい先程、世界最高の叡智と自ら口にしたのを完全に忘れている。
「逆ではないでしょうか?」
「逆?」
「つまり、虐殺王が毒殺したのではなく、虐殺王を毒殺しようとした? それで返り討ちというわけか!」
アガドの言葉に、ランデュークも同意するように言った。
「それならば納得のいく話だ!」
(なぜ、こんな時に限って正しい結論に辿り着くのだっ!?)
ゴルロアーズはわなわなと震えていた。
「待たれよ。虐殺王ともあろう者が、毒殺を企んでいることに気づかずにのこのこと合コンに言ったと思うか? 否、それは不自然というもの」
アガドの言葉に、ソルが続いた。
「確かにそうですね。だとすれば、最初から一網打尽にするために、自らの命を狙う者を集めたのでは?」
大きくランデュークがうなずいた。
「つまりは見せしめか。敵対する者はこうなるという見本を見せられたのだ。つまり、その魔族は単独犯ではない……その主へのメッセージだ……全面戦争だという!!!!」
「ぜっ……全面、戦争……」
その恐ろしさを想像したか……アガドはなかなか二の句が継げないでいた。
「アガド。その女の名は?」
ランデュークが問う。
(頼むぞ。知らないと言え。知らないと言うのだ。頼む、神よっ!)
魔神王は神に祈っていた。
「メデューサ族のミレアという女よ」
「ミレア?」
ランデュークが気がついたように、ゴルロアーズを見た。
「ゴルロアーズ。貴様の側近にメデューサ族のミレアという女がいたな? 確か、最も魔神王への忠義心に厚い女だと聞いたが?」
「ミレア? 知らぬ、そんな女は。余はいちいち配下の名前など覚えぬのでな」
魔神王軍一忠義心に溢れた配下を、ゴルロアーズは即断で切り捨てた。
(言えるわけがない。またしても、余の配下が勘違いの独断専行で彼の王を暗殺しようとしたなどと……それでは余があたかも勘違い配下ばかりを持っている馬鹿王のようではないか……バレればいよいよ腹を切るだけではすまぬぞ……!!)
ゴルロアーズは魔族が震え上がるほどの形相でこう考えた。
(なんとしてでも誤魔化しきってやる!)
「そういえば、ゴルロアーズ。お前はカルロに用を頼んではいなかったか?」
疑いの目でランデュークがゴルロアーズを見た。
「ああ。頼もうと思ったが、思いのほか、カルロとかいう奴が使えないのでやめておいた。まったく人間というのはな」
ゴルロアーズが挑発すると、かんに障ったか、ランデュークが猛然と睨んでくる。
(カルロには余が直接、合コンのことを頼んだわけではない。こんなこともあろうかと間にいくつも捨て駒を挟んでいる。今ならば、ミレア一人に全ての罪をなすりつけて逃げきることができる)
ゴルロアーズは言った。
「そういえば、ミレアは竜人の国が後生大事に隠しているランザリアの古き聖杯の在処を知っていたな。彼女が殺されたのはそれが原因ということも考えられる」
「そんな女は知らぬと言わなかったか?」
「う……!」
ランデュークの鋭い追求に、ゴルロアーズは一瞬固まった。
(ちぃ……細かいことを覚えている野郎だ……!!)
恨みがましい目で睨みながら、ゴルロアーズは思考を高速回転させる。
「お、思い出したのだ。いらぬ野心を持っていたためため、追放した女が確かいた。そうだ、ミレアという名前だ。まさか虐殺王に手をだしていたとはナー」
下手な演技であった。
「ゴルロアーズ……貴様、なにか隠しているのではあるまいな?」
さすがにランデュークは怪しんでいる。
(……やはり誤魔化しきれぬか。こうなっては仕方がない)
ゴルロアーズは覚悟を決めた。
「ふん。バレてしまっては仕方がない。そもそも貴様ら人間なんぞと協力するというのが――」
「いや、こちらの情報とも一致する」
アガドが言った。
「なに?」
「……なぜ? 一致?」
口からデマカセだったにもかかわらず、予想外の方向から助け船が来たことにゴルロアーズは純粋な疑問を口にしていた。
「その合コンにはユーリというヴァンパイアもいたとのことでな。実はそいつと虐殺王が我ら竜人の国アムルテムズに向かっていることを確認したのだ」
クロノたちはアムルテムズの貨物船に乗っている。白の竜王に情報が伝わるのは当然のことであった。
「目的がわからなかったが、ゴルロアーズの話で合点がいった。つまり、奴らは返り討ちにしたミレアからランザリアの古き聖杯の在処を聞き出し、それを奪うために我が国に向かっているということよ!」
「なんだとっ!? 虐殺王がランザリアの古き聖杯を狙っているというのかっ!?」
世界滅亡の危機とばかりにゴルロアーズは血相を変えた。
「ん?」
「ぬ?」
ゴルロアーズとランデュークが同時に疑問を覚えた。
「それはお前が言い出したことではないか?」
その指摘にゴルロアーズは、威厳に満ちた重低音の声を響かせた。
「たわけが。言い間違いだ。余が気になっていたのは、ユーリのことだ。その女が一緒だという情報はつかんでいなかったのでな」
魔神王と呼ばれるその威厳を最大限に働かせ、ゴルロアーズは言い間違いで押し切った。言い間違いぐらい誰でもするのだからいちいち指摘するなという上から目線の言葉に、他の四王たちは疑問を持つことはなかった。
「つまり、ユーリの存在がそれほどまでに驚くに値することだと言いたいのですね、魔神王ゴルロアーズ」
深刻な表情でソルが問うた。
(フフフ、狙い通りだ。だが、ここからどうする? なにも考えていないぞ。生半可なことでは余が驚いたことが不自然になってしまう……!)
依然としてゴルロアーズは追い詰められていた。
「もったいぶるな、ゴルロアーズ。さっさと言え!」
痺れを切らせたようにアガドが声を張り上げる。これ以上時間をかければ、再びゴルロアーズが疑われる恐れがあった。
ゆえに、彼は殺気だった視線で逆にアガドを睨み返す。
「な……なんだ?」
身に覚えがまるでないアガドには、ゴルロアーズの視線が不可解でならなかった。
「前回の四王会議では、ユーリという女を使い、虐殺王に近づけという話だったな」
「確かに、その通りだ」
ランデュークが同意する。
「ミレアの件もそうだ。まるで余に罪を着せようとでもいうように、魔族が虐殺王に関わっている。これが偶然とは思えぬのだがなぁ」
ランデュークとソルが深刻な表情で思考を巡らせている。
「はっきり言え。どういうことだ?」
単刀直入にアガドが問う。
ゴルロアーズは鬼の首を取ったように言ったのだ。
「つまり、この中に裏切り者がいるということだ」
それが逃げきるためにひねり出された一手であった。




