§.13 【王の影】
綺麗に整えられた一室だった。寝具や机、椅子、調度品など必要なものは一通り揃っている。
「こちら、今日からクロノ様のお部屋でございます。」
案内してくれたメイドのミーナが言った。青い髪に、エメラルドのような瞳をした可愛らしい少女である。年齢は一〇歳のクロノより少し上といったぐらいである。
「隣がお付きのシャルさん、リュカさんのお部屋になります。ご自由にお使いください」
「えっ?」
シャルがポカンとした表情を浮かべている。
「すみません。もしかして、ご一緒がよろしかったでしょうか?」
「え、ご、ご一緒っ……!!!?」
シャルの顔がみるみる赤く染まっていく。
「私たちにもお部屋がいただけるとは思っていなかったので、驚いたんです」
そうリュカが助け船を出した。
「そうでしたか。専属の従者は住み込みで働くことになりますから、勿論、お部屋はあります。私もお部屋がありますし、遠慮なくお使いくださいね」
「うんっ、ありがとう、ミーナちゃん」
「いえ。仕事ですから」
ミーナは感じの良い笑顔を浮かべている。
「あの、クロノ様」
丁寧に姿勢を正して、彼女は言った。
「オウル様の影をお引き受けくださってありがとうございます。危険な役割なので、誰も引き受けたがらなくて、ずっと空席だったんです」
「さっきの様子だと、オウルを王にしたくない者が王家の中にいそうだな」
すると、ミーナは答えづらそうに俯いた。
「……オウル様はこうと決めたことは必ず実行する御方です。ご自身の力を強く信じていらっしゃいますから、人に頼ることも多くはありません。それでは不都合のある方もいるのかもしれませんね」
言うまでもなく、国内では王が絶対的な権力を持つ。とはいえ、その王に懇意にしていれば、権力を笠に王の如く振る舞うこともできるだろう。オウルが相手ではそれができないため、困る者もいるのかもしれない。
「嫌われているだけではないのか?」
不躾にクロノは言った。
「それは……」
「一族とすら仲良くできない者が王では国が廃れると思われているだけかもしれないだろう」
そう指摘され、ミーナの顔から笑顔が消える。
「クロノ君が普通のこと言ってるじゃん」
「シャル、静かに」
「はーい」
などと、シャルたちはこそこそ小声で話していた。
「……否定はできません。オウル様は決して優しいとは言えない御方です。敵を多く作るようなところもあります」
専属の従者がここまで言うのだから、実際にはもっと酷いのだろう。
「でも、オウル様はランザリア国のために生きています。それだけは確かです」
「どうだかな」
第一印象が良くなかったか、クロノはオウルに思うところがありそうだ。
「まあ、引き受けたからには影の役割はきっちりやる。色々と教えてくれ」
すると、ミーナは笑顔でうなずいた。
「はい。後ほど、詳しい説明に上がりますね。しばらくお休みになっていてください」
ミーナはぺこりと頭を下げると、部屋から出て行く。
そんな彼女の様子をシャルは横目でじっと見つめていた。
「あのミーナって子」
なにかに気がついたようにシャルは言う。
「クロノ君に色目使ってなかった?」
「なにを考えてるんですか……」
呆れたようにリュカが言った。
「えー、だって、なんかすごい嬉しそうな笑顔だったっ! もうあれ好きじゃんっ! 絶対、好きじゃんっ! ねえっ!」
「ねえって言われても……」
ぐいぐいとシャルに詰め寄られ、リュカはたじろいでいる。
「どうなの、クロノ君っ!! あの子に告白とかされてないっ?」
「されていない」
淡々とクロノは答えた。
「じゃ、よし!」
「なに目線なんですか……」
シャルは満足げだった。
「そういえば、お兄さん、どうして影の役割を引き受けたんですか?」
「あー、それアタシも思った! だって、クロノ君って王族じゃん? なのに、替え玉って、それっていざという時に身代わりになって死ぬってことでしょ。そんなの絶対おかしいじゃんっ!」
話題を振ったのはリュカだが、それに乗ったシャルがあっという間に沸騰している。
「俺は王になりたいのだ」
「うんうん。そう言ってたよね」
「だが、王になるにも、俺は王族としての生き方をしてこなかった。平民として育ち、なんの教育も受けていない」
そこまで説明すると、リュカは理解したようにうなずいた。しかし、シャルはまだよくわかっていない様子である。
「そんなの関係ないじゃんっ。クロノ君らしさがあれば、絶対良い王様になれるよっ!」
全肯定に近い意見をシャルはさらりと述べる。
「シャルほどの自信がこの頃に俺にはなかったのだ」
「あってもどうかと思いますけどね」
リュカがぽつりと正論を口にする。
「次代の王の影ならば、それ相応の教育を受けられる。オウルのこともよく知ることができる。あいつにとって代わるために、俺はあいつの影になることを選んだ」
「おー、なるほどー。深いじゃん」
と、シャルは感心しているが、「特に深くはないような気がしますけど?」とリュカがぼやいている。
「でも、オウル君は性格ヤバそうだったね」
「ヤバそうっていうのは、どうヤバそうという意味なんですか?」
「なんか、上から目線っていうか、すごく偉そうな感じじゃん?」
「偉いんですけどね。第一王子で、次期国王なんですから」
「でも、クロノ君だったら、絶対国王でもあんな偉そうな感じじゃないと思うもんっ」
「じゃ、どんな感じなんですか?」
「なんていうか、無、無だと思う。感情が全然わからないっ。人の心どこにあるのって感じ」
「シャル? 褒めてませんよ?」
「えーっ、そこがいいんじゃんっ。可愛いじゃんっ!」
クロノそっちのけで、シャルとリュカの話は弾んでいる。
「で、クロノ君、この後どうするの?
「一度、未来に戻る」
「え?」
クロノは言った。
「船がそろそろアムルテムズに着く頃だ」




