§.12 【王家の騎士】
ランザリア王城。訓練場。
王族や騎士たちが観戦のため、ぐるりと円を作っていた。中心に立っているのはクロノと、鎧を纏った屈強な騎士ラファエロである。
「……しかし、オウル王子もお人が悪い。ランザリア王家最強の騎士ラファエロに勝てば、王家の一員として迎えるなどと。ラファエロが一対一で負けたところなど一度も見たことがない」
「いかに腕が立とうと、年端もいかない子どもでは、正直試合にもならないだろう」
王族たちが口々に言った。
「まあ、あの子どもから言い出したことでもある。これで体よく断れるというものだ」
「存外、殺せとラファエロに命じておるかもしれん」
ひそひそと初老の男が言った。
「そうなれば、たかりのような真似をさせることもないからのう」
「取り決めの確認をしておく」
一段高いところに設けられた椅子からオウルは言った。
「お互い使用できる武器は現在手にしている剣のみ。勝敗は片方が降参するか、剣を失った方の負けとなる。ラファエロが勝てばクロノは王族の証を失い、クロノが勝てばランザリア王家の一員として認める!」
決闘の取り決めをオウルは大声で宣言する。ここにいる全員が証人となるということだ。
「父上……いえ、ジグル王。異論はありませんか?」
ジグルは鷹揚にうなずいた。
「シグルド財務官、レナード法官、ライノ元帥、ランザリア王家の人間としてこの取り決めを認めますか?」
「うむ」
「異論はない」
三人とも、即決で取り決めに賛同した。クロノが勝てるわけがないと思っているのも大きいだろう。
「では、クロノ、ラファエロ。準備はよいか?」
「ああ」
と、クロノが剣を大きく振りかぶる。
「いつでも」
ラファエロは剣を突き出すように中段に構えた。
「では、始めよっ!!」
オウルの号令で、弾き出されたかのようにクロノは飛びかかった。瞬く間に間合いを詰めると、大きく振りかぶった剣を勢いよく振り下ろす。王家騎士団の精兵ですら、視認できた者は僅かだっただろう。
しかし、次の瞬間にクロノは吹っ飛ばされ、地面を転がっていた。勢いをつけた一撃を、難なく受け止め弾き返されたのだ。
剣の技量も然る事ながら、やはり体格差が大きく響いている。クロノの剣は軽いのだ。
「子どもにしてはまあまあだ。入団試験ならば合格にしている」
そう口にしながら、ラファエロは追撃した。素早く身を起こしたクロノに対して、真正面から剣を突き出した。
目にも止まらぬ高速の突きを、クロノはかろうじて受け止めるだけで精一杯だった。
「そら、どんどん速くなるぞ。どこまで持ちこたえられるかな?」
剣を突き出す度に、その速度が増している。鎧を着ていないクロノは、一撃受け損なえばそれでもう致命傷だ。防戦一方になり、後退を余儀なくされた。
だが、後ろに下がるにも限界がある。クロノの真後ろに引かれた線が見えてきた。
「その線を越えれば、君の負けだ。だが、恥じることはない。その歳で、このラファエロの突きをここまで受けきったのだがら。大怪我をしないようにそのまま下がればいい」
「くっ……」
これ以上下がれば敗北だ。しかし、ラファエロの突きはますます鋭さを増していた。前にも後ろにも活路はない。
「クロノ君、大ピンチじゃんっ!!!!」
戦いを見守っていたシャルが興奮した様子で声を上げた。
「落ち着いてください。過去ですよ」
「そうだけどっ、いつもはだって、大体一発で倒しちゃうから、あんなに苦戦してるところ初めてみたもんっ!」
「それは全知全能だったらそうでしょうけど、今は普通の人間なんですから、負けたって不思議はないですよ」
「えぇぇーっ、クロノ君負けちゃうのっ!?」
考えもしなかったといったようにシャルは驚きをあらわにした。
「過去で負けたんなら、負けると思いますよ」
「応援しよう!」
「……はい? あの、だから、応援したって過去は変わらないはずですから」
すうっとシャルは息を吸い込んだ。
「がんばれぇぇーっ、クロノくーーーーーーんっ!!!」
シャルの大声が訓練場に響き渡った。
「ふん。いくら応援したところで、これで終わりだ」
瞬間、ラファエロの手元が消えた。恐るべき速度で放たれた渾身の突きに対して、クロノはギラリと視線を光らせた。
「これを、待っていたっ!!」
鮮血が散った。
ラファエロの剣身に血が滴り落ちている。だが、彼の表情は驚きと畏怖に溢れていた。貫いたのはクロノの手の平である。いや、クロノがあえて貫かせたのだ。そのまま剣を辿れば、必ずそこにラファエロの手がある。
ゆえにクロノは貫かせた手を自ら更に剣に押し込んで、ラファエロの手をつかんだのだ。
言うは易し、高速の突きを見切る技量は勿論のこと、苦痛を意に介さず実行に移す胆力、そして左手を失う覚悟が必要だった。
だが、クロノはそれをやってのけた。
ラファエロの剣を封じ、反対に彼の首筋に自らの剣を突きつけていた。
「どうだ?」
鋭くクロノは問うた。
「……見事……私の負けだ……誇るがいい。お前はランザリア最強の騎士を実力で上回ったのだ……」
ラファエロは負けを認め、剣から手を放した。
瞬間、訓練場からわっと歓声が溢れた。
「クロノくーんっ! つよぉぉぉっ!!!」
それにまぎれて、シャルもクロノに声援を送っている。
「そこまで。勝者はクロノ・ホロウだ」
オウルが勝ち名乗りを上げた。
最強騎士の敗北に、騎士たちからは驚きの声がこぼれ落ちている。
「クロノ。取り決め通り、お前をランザリア王家の一員として迎え入れる。なにか言うことはあるか?」
オウルの質問に、クロノは堂々と答えた。
「俺の目的は王位を継承することだ。このランザリアの王になる」
すると、王族たちが動揺した様子で、ざわつき始めた。いきなり現れた人間が、王位を奪い取ろうとしているように見えたのだろう。
「なんのためにだ?」
「強くなるためだ」
睨みを利かせるオウルを、クロノはひたむきな視線で見返した。
「まあいい。王家の人間は王宮の仕事に携わるのだが、お前が得意とするのは剣。ライノ元帥、彼に要職を与えてはいかがか?」
すると、ライノは髭に手をやり「うーむ」と返事を渋る。
「素晴らしい剣技じゃった。しかし、ランザリア軍には空きがなくてのう。傭兵の身分で良ければ、給金は金貨一〇〇枚は出せるがどうじゃのう?」
「……傭兵?」
クロノが眉根を寄せた。
王家の人間の職が傭兵というのは聞いたこともない。
「俺を王家の権力から遠ざけたいということか?」
「いやいや、滅相もない。本当に今は空きがないのじゃ。なにせ、ここ一〇年は戦らしい戦もないからのう」
煙に巻くようにライノ元帥は言う。
「シグルド財務官、レナード法官、そなたたちはどうだ?」
オウルが別の王族に聞いた。
「剣を活かすなると宝物庫の金庫番ぐらいしか」
シグルド財務官がそう答え、
「ランザリア国内にいる凶悪犯罪者を処分する人間なら、いくらでも腕の立つ人間は欲しいが、普段はその仕事は殺し屋を雇っている」
レナード法官が続いた。王位とはほど遠い危険な汚れ仕事である。
クロノが首を縦に振らないでいると、ジグル王は言った。
「ふむ。聞いての通りだ、クロノ。ランザリアも決して裕福な国ではない。王家の人間として生きるのならば、まず王家の財政を鑑み、今の中から仕事を選んでみてはどうだ? 働きっぷりがよければ、財政が回復した後に条件の良い仕事をあてがうこともできるであろう」
結局、クロノが指摘したように彼を権力から遠ざけておきたいというのが、ランザリアの王族たちの考えのようだった。
「おい、クロノ。お前、歳はいくつだ?」
クロノが選択を迫られる中、オウルが聞いてきた。
「一〇歳だ」
「私と同じだな。背格好もほぼ同じ。ちょうどいい。お前は私の影にしてやろう」
「影……」
「私は王位継承権第一位だ。最も命を狙われる立場にある。今のところ、ランザリアは平和だが、内から狙われるということもある」
そうオウルが言うと、ライノ元帥が笑った。
「まさかまさか、我がランザリアの内部にオウル王子のお命を狙おうなどという不届き者はおりませんとも。のう、レナード」
「ええ、まったく。それは杞憂というもの」
要するに有事の際の替え玉になる人物が必要ということだった。
「影がいたところで損はあるまい?」
「まあ、確かにそうはそうですけどもねぇ……」
ライノは必要ないと言いたげだったが、渋々それを認めた。どうやら、オウルの方が立場は上のようだ。ゆくゆくは王位を継ぐからだろう。
「わかった。引き受けよう」
クロノはそう答えた。
「ではもう少し髪を伸ばしておけ。詳しいことは私の従者から説明させよう」
かくして、クロノはオウルの影として生きることとなったのだった。




