§.11 【ランザリア王国】
オウルとクロノの出会いは、遙か昔のこと。舞台となったのは、今は滅びた古の王国ランザリアだった。
ランザリアの王都シューリアに、どこからともなくシャルとリュカが姿を現した。
「……ここがランザリア王国っていうところ?」
シャルの質問に、しかし答える声はない。
リュカはキョロキョロと辺りを見回している。
「お兄さん……?」
クロノの姿がない。シャルとリュカの二人だけだった。
「どうしようっ? 二人だけで来ちゃったじゃんっ!」
慌てたようにシャルが言う。
「大丈夫ですよ。お兄さんのことですから、なにか理由があるはずです」
「そっか。そうだよね!」
遙か過去にやってきたにもかかわらず、シャルは楽観していた。
「あまり裕福な国ではないみたいですね」
リュカは王都の街並みに視線を向けた。王都と言えば、絢爛豪華な建築物が立ち並び、多くの人で賑わっている活気のある街が殆どだ。
しかし、王都シューリアの建物はどれも古く、悪く言えばオンボロである。中心に見えている城でさえも、外壁が壊れ、修繕が間に合っていないのが丸わかりなぐらいであった。
ふとシャルは街の入り口から、歩いてくる人物に目をとめた。見慣れない平民の服を着た、一〇歳ぐらいの少年である。腰に剣を下げている。
「ねえ、リュカ。あの子」
シャルが指さすと、リュカもまた彼を見た。
「クロノ君に似てない?」
すると、少年は足を止めた。
強い眼差しでシャルとリュカを見た。クロノに似ていると思ったが、雰囲気は少し違うように思えた。
「こ、こんにちは」
ガン見してしまったので、誤魔化すようにシャルは挨拶をした。
すると、少年は言った。
「ここが滅びる前のランザリア王国だ」
「クロノ君じゃんっ!」
驚いたようにシャルは大声を上げていた。
「どうして若返ったんですか?」
リュカが聞く。
「オウルと出会った当時、俺は一〇歳だった。別の国に住んでいたのだが、母を亡くし、遠縁であるランザリア王家に訪れたのだ」
「そうなんだー」
「オウル・グランベフィウスは、ランザリアの王だったんですか?」
「今は違う。オウルはランザリアの王位継承権第一位の王子だ」
そうクロノは答えた。
「オウル・グランベフィウスがいるのに、この国はあまり栄えていないんですね」
「ああ、ランザリアは貧しい国だ。資源もなく、土地も痩せている。名産もないため、他国から人が来ることも殆どなかった」
クロノは歩き出す。
その後ろに二人はついていった。
「オウルもこの頃は全知全能ではない。普通の人間だった」
「ねーねー、クロノ君。今からお城に行くんだよね? アタシたちがついていったら、過去変わっちゃわない?」
「変わらないようにしてある。自由に行動しても問題ない」
この過去にシャルやリュカがいることで、多少の変化は見られるだろう。しかし、歴史に修正力を働かせ、元の歴史通りに物事を進ませるのだ。もっとも、そうでなくともオウルのことについては改変することができなかった。
王都をしばらく歩き、クロノたちは城の前までやってきた。
「待て」
クロノが門をくぐろうとすると、二人の守衛が槍を交差して行く手を阻んだ。
「王城内へは許可のない者は立ち入ることができん。招待状を確認させてもらう」
「招待状はない」
堂々とクロノは答える。
「ならば、通すことはできん。立ち去るがよい!」
「俺は王家の人間だ」
「嘘をつくな! お前の顔など見たことがない! 子どもとて容赦はせんぞ」
守衛がクロノの胸に槍の穂先を突きつける。
「本当だ。王位継承権がある。事情がありランザリアには住んでいなかったが、母が亡くなったのでここに来た」
守衛の二人は顔を見合わせる。
「知っているか?」
「いいや」
短くやりとりを交わした後、二人はクロノを見た。
「残念だが、聞いていない。帰れ」
「ならば押し通る」
「は! おい、貴様っ!」
守衛の制止も聞かずに、クロノはずんずんと前へ進んでいく。子どもだから手加減をしていた彼らも、さすがに実力行使に出ざるを得なくなった。
「悪いが痛い目にあってもらうぞ!」
二本の槍が同時にクロノに突き出された。だが、彼は腰の剣を抜き放ち、あっという間に槍の穂先を切断する。
「なっ……!」
「がはっ……!!!!」
クロノの剣が疾走し、あっという間に兵士二人を薙ぎ倒していた。鎧を着ていたため、死んではいないが、衝撃で気を失っている。
「すごーっ」
城の中へ進んでいくクロノに、シャルは聞いた。
「クロノ君って、子どもの頃からそんなに強かったの?」
「強いとは思っていなかった。子どもの頃は強くなりたかったのだ」
「それで鍛えたんですか?」
リュカが問う。
「そうだ。剣の修行を積んだ。その甲斐あって、城の中へ強行突破することができたのだ」
「強行突破はできたかもしれませんけど、この後どうするんですか?」
「祈祷の間に向かう。この時間、王家の者は祈りの真っ最中だ」
クロノは走り続け、祈祷の間までやってきた。そこにも守衛が立っている。
「おい、待て、貴様。今は王が祈祷の真っ最――ごぼぉっ!!」
目の前の守衛を瞬く間に打ち倒し、クロノは祈祷の間に入った。
厳かな柱と水瓶が並ぶ、神聖な部屋だった。祈りの真っ最中だった王族たちが、何事かと入り口の方を見る。
「待て待て待てっ!」
クロノの後ろから、残りの守衛たちが追いかけてきた。
「騒がしいぞっ! これは何事かっ?」
荒々しく言ったのは、王冠を被った初老の男である。ランザリアの王、ジグル・ランザリアである。
「み、見ての通り、賊が侵入しまして……」
「賊……?」
ジグル王はクロノを見て、呆れたような表情を浮かべた。
「子どもではないか。このような大事にすることか!」
「……も、申し訳ございません。しかし、この者、子どもとは思えぬ剣の腕をしておりまして……」
そう兵士が弁解する。
「ほう?」
と、ジグル王は興味深そうに再びクロノに視線を戻す。
「俺は王家の人間だ」
「なに……っ?」
驚いたのはジグル王だけではない。そこにいた王族の者たちは全員、寝耳に水といった顔をしている。
「母は流行り病で倒れ、帰らぬ人となった。病床で母は自分が死んだら、ランザリア国へ行くように言い残した」
「……お前の母の名はなんという?」
「フューリー・ホロウだ」
ジグル王は険しい表情をする。王族たちが口々に話し始めた。
「ホロウ家のフューリと言うと、大叔母様のところの息子の三女では?」
「ああ、確かに。隣国アゼラに嫁いだという話は聞いたな」
「であれば、本当に王族ということになるが」
すっとジグル王が手をあげると、王族たちは口を噤む。
「証を見せよ。お前がランザリア王家の者だというのならば、証があるはずだ」
すると、クロノは服を脱ぎ始めた。
「く、クロノ君っ……? なにしてるのっ!?」
シャルは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに目を手で覆っている。
「なに変なことを考えてるんですか」
「そういうリュカだって、顔真っ赤じゃん」
小声でシャルが指摘する。
「それは、この部屋が少し暑いからです……」
シャルたちのやりとりはジグル王たちにまったく注目されていない。本来の歴史には存在しなかったためだ。
クロノは服を脱ぎ終えて、背中を向けた。ちょうど右肩の下辺りに炎の形をした痣があった。
「ぬうっ……これは……」
「間違いない。ランザリア王家の証……」
王族たちが言った。
ランザリア王家は代々、魔導師の一族である。その始祖が子孫には必ずこの痣が発現するように魔法を仕掛けたのだ。
「お前の名は?」
「クロノだ」
「確かにお前は我がランザリア王家の一員だ。なにが望みだ?」
単刀直入にジグル王は尋ねた。
「俺には王位継承権がある。この国で、王族として生きる権利があるだろう」
はっきりとクロノは要求した。
「……しかし、一度もこのランザリアで暮らしたことがない者が……?」
「それどころか、王族の教育を受けてはいないでしょう」
「とはいっても、王家の子は王家の子だ」
「確かに、無下に扱うわけにはいかないでしょう」
「外で問題を起こしては、それこそランザリア王家の沽券にかかわるというもの」
歓迎されているとは言いがたいが、それでも王族たちはクロノを受け入れざるを得ないといった雰囲気だった。
しかし――
「王家の血を引いていようとも、平民として育てられた者など必要ない」
祈祷の間の外から、毅然とした声が響いた。
道を譲るように兵士たちが左右に分かれていく。やってきたのは、クロノと同じく一〇歳ぐらいの少年である。
漆黒の髪に、浅黒い肌をしている。その目は厳しく、糾弾するようにクロノを見据えていた。
「オウル……」
王族の一人がぽつりと呟く。
「クロノといったな。あいにく我がランザリア王家には、無駄飯食いを住まわせるほどの余裕はない。平民として育ったならば、平民の暮らしが性に合っているだろう。路銀をいくらかくれてやる。好きなところへ行くがよい」
それは明確な拒絶の意思だ。ランザリア王家の中でオウルだけが唯一、クロノを迎え入れることに反対したのだ。
しかし、クロノは引き下がらなかった。
「なら、力を証明してみせる」
クロノは剣を抜き放つ。
「俺は剣の腕を鍛えた。この力でランザリア王家の脅威を打ち払えることを証明する」
先のオウルの言葉に対して、無駄飯食いでなければ構わないだろうと反論しているのだ。
「証明できなければ、二度と王家に関わらないと誓うか?」
「ああ」
「どんな試練でも文句は言わぬか?」
「乗り越えて見せよう」
そうクロノは気迫を覗かせる。
「よかろう。ランザリア王家騎士団ラファエロを呼べ!!」
子どもらしからぬ堂々とした口調でオウルはそう命じた。




