§.9 【妙案】
酒場、妖精の宴。
その裏にある小さな広場にユーリとシャルがいた。合コンの最中に、ユーリが彼女を誘い出したのである。
「……リュカのことで話ってなに? ていうか、なんでリュカのことを知ってるの?」
外に出たものの、なかなか話し始めないユーリに業を煮やして、シャルは尋ねた。
「ユーリがヴァンパイアなのはわかってるよね? 同族だもん」
こくりとシャルはうなずく。
「簡単に言うと、ユーリはリュカお姉ちゃんの妹なの」
一瞬、シャルは目を丸くしたが、ユーリに顔を寄せてじーっと見た。彼女は不思議そうに言った。
「あんまり似てないね」
ユーリが望んだ反応とは違ったか、彼女はムッとしてシャルを睨む。
「それでそれで?」
と、シャルが先を知りたがる。
調子が狂うといった表情を覗かせながらも、気を取り直しユーリは話を再開した。
「コルンツェルにはお姉ちゃんに助けてもらいたくて来たんだ。ユーリたちの故郷が今、竜人に狙われてるんだよ」
「どうして?」
「お姉ちゃんが出ていった後、しばらくしてユーリたちの故郷は竜人たちに襲われたの。たぶん、真祖のヴァンパイアが一人いなくなって、戦力が落ちたからだと思う。竜人の騎士団を率いていたのは黒の竜騎士ギルム・ヴォーザーだった」
シャルがはっとする。その名前には彼女も聞き覚えがあった。
「ギルム・ヴォーザーって、最強の守護者って呼ばれている竜人じゃん。普段は白の竜王様を護衛している人じゃなかった? なんで攻めてきたの?」
「わかんないよ。頭のおかしな竜人の考えることは。ユーリはやられたからやり返しただけ」
竜人の都合など知りたくもないといったように、ユーリがそう吐き捨てる。
「ユーリちゃんも、ギルム・ヴォーザーと直接戦ったの?」
「そんなわけない。あいつは竜人の中でも別格だから。戦ったのはその時、ユーリたちのリーダーだった疫鬼王バライザ様」
「疫鬼王、そっちもすごい有名どころじゃん。魔神王軍の幹部だよね?」
静かにユーリはうなずく。
「バライザ様はギルムに殺されたよ。でも、バライザ様の血を浴びたギルムは病魔に冒された。不治の病だよ。死ぬまでに時間はかかるけど、二人の戦いは相打ちみたいものだった」
「……そうなんだ」
「問題はその後だよ。ギルムがやられた恨みを晴らそうとして、あいつの部下だった竜人はユーリたちを狙ってるんだ。ギルムが生きている間に、ユーリたちを全員殺して報いるんだって鼻息を荒くしてる。あっちから仕掛けてきて、ふざけるなって話だと思わない?」
怒りを撒き散らすようにユーリは言った。
「うーん。でも、戦争じゃん? そういうのって仕方なくない?」
「仕方ないよ。だから、ギルムの部下を根絶やしにしないと戦争は終わらないの!」
強い口調でユーリが主張する。
犠牲になったのはギルムやバライザだけではないだろう。シャルには両者の争いが最早、行き着くところまでいっているように思えた。
「だから、リュカお姉ちゃんの力が絶対必要なんだよ。お姉ちゃんさえいれば、竜人なんかにユーリたちは負けない」
「確かに、リュカは強いけど」
もしかしたら、疫鬼王バライザや黒の竜騎士ギルムとも互角に戦えるだけの実力があるのかもしれない。
だけど、彼女がその二人ほど有名ではないのは戦わなかったからなのだ。
「リュカは争い事が嫌いだから。コルンツェルに来たのも色んな種族が平和に暮らしてるからだし、戦争とかはしないんじゃないかな?」
「うん。だから、シャルが仲間になってよ」
小悪魔のような笑みを覗かせ、ユーリが手を差し出した。
突然のことで、シャルはきょとんとするしかない。
「え、えっとぉ……なんでアタシが?」
「シャルが仲間になってくれたら、絶対、お姉ちゃんも手伝ってくれるもん」
確かにリュカの性格ならそうかもしれない、とシャルは思った。
「シャルだって、ユーリたちと同じヴァンパイアでしょ。同族を守りたいって思わない? 竜人に一方的になぶり殺しにされているのを見捨てられるの?」
情に訴えるようにユーリは返事を迫った。
「ユーリたちが可哀想だって思うんだったら、助けてよ」
シャルは困ったような表情で俯いた。
すると――
「その子の言うことは聞かないでいいです」
赤い霧とともに現れたのはリュカである。
「ママッ……」
嬉しそうにシャルが声を上げる。
「ユーリ。あなたが争い事を好むのは勝手ですけど、シャルを巻き込んだら、ただじゃすみませんよ」
鋭い視線がユーリに突き刺さる。
「冷たいなぁ、お姉ちゃんは。自分だけコルンツェルに逃げて。争い事を好きなのは否定しないけど、別にもうユーリから仕掛けなくても、向こうはやる気なんだもん。お姉ちゃんだって、その子を守るためだったらユーリと戦うんだよね?」
「そうですね」
「ユーリだって眷属を守らなきゃいけないんだし? お姉ちゃんは妹を見殺しにするんだ」
そうユーリはリュカに詰め寄った。
「どうして戦うことしか考えられないんですか。逃げればいいでしょう。その方が力はいりませんよ」
「逃げたって、どこまでも追ってくるよ。あいつら、めちゃくちゃ野蛮なんだから。殺さない限り、いつかこっちが殺されるんだよ?」
はあ、とリュカはため息をついた。
「時間の無駄ですね。シャル、行きますよ」
そう口にして、彼女は踵を返す。
「ちょっとっ! 待ってよ、お姉ちゃんっ!」
ユーリが引き止めるが、リュカは聞く耳を持たなかった。しかし、彼女はなにかに気がついたように足を止める。
シャルがついてきていないのだ。
「シャル……? どうかしましたか?」
「アタシ、決めた! ユーリの仲間になるよ!」
「え……?」
「ほんとっ? シャル、話がわかるねっ」
驚くリュカと、喜ぶユーリ。そんな二人にシャルは言った。
「でも、戦争はしない」
「……なに? それ、どういうことなの?」
意味がわからないといった顔でユーリが聞いた。
「ギルムの病気を治せば争う理由はなくなるじゃん」
そうシャルは笑ったのだった。




