§.8 【合コン】
ノワール学院。第八教室。
「よお、クロノ、今日は暇か?」
放課後、カルロが声をかけてきた。
「難しい質問だ」
「いやいや、予定を聞いているだけだよな?」
軽い調子でカルロが言う。
「予定か。今から、全てを埋め尽くすこともできる」
「めちゃくちゃ俺と遊びたくない奴みてえじゃねえか!」
天然なのか、計算なのかわからないクロノの言い回しに、思わずカルロはつっこんでいた。
「普通に空いている」
「じゃ、最初からそう言えよ」
カルロは笑みを覗かせる。ほんの少し安堵したようにも見えた。
「なにか用があるのか?」
「ああ。合コン行かないか?」
クロノははいともいいえとも言わず、そうかといってわかりやすい反応も見せなかった。一言で形容するなら、それは無だ。
(……これはどっちだ? 興味あるのか、ないのか? なにか反応してくれよ……)
緊張した面持ちでカルロはごくりと喉を鳴らす。
なぜ彼がクロノを合コンに誘っているのかと言えば、経緯は簡単だ。魔神王の配下ミレアは合コンの算段を立てたものの、クロノを誘う伝手がなかった。相談されたゴルロアーズは四王会議にその議題を持ち込んだ。そして、獅子の皇帝ランデュークから、その配下であるカルロにお鉢が回ってきたわけである。
(つーか、あんまり、俺を使わないでほしいもんだけどな。クロノには殆ど正体がバレちまっている。これが四王会議の謀略だって知られれば一巻の終わりだ。まあ、合コンに誘う以上のことはなにも聞いてないが、それにしてもな)
あれこれとカルロが思考を巡らせていると、やがてクロノが口を開いた。
「合コンなど唾棄すべき集まりだ。カルロ、お前はそんなものにうつつを抜かしているのか?」
「あ、いや、別に今時の学生ならそれぐらい普通だろ。みんなやってるぜ」
内心で追い詰められながらも、カルロはいつもの調子で軽口を叩く。
「普通か。昨今は、不純な連中が多いのだな」
「そう堅く考えるなって。な。合コンから始まる恋もあるし、別にそれが不純って決まってるわけでもないだろ。最近じゃ、合コンから今世紀最高の純愛に発展することもあるかもしれないんだぜ」
ペラペラとカルロは口からデマカセを並べている。
「そうか。昨今はそこまでに至ったか」
「そうそう。だからって、重すぎず、気軽に出会えるのがいいところだよ」
「ならば、尚のこと許すわけにはいかない」
「そうそう、尚のこと……んっ……!?」
カルロは争点を大きく取り違えていた。
「許すわけにはいかない? 純愛を……?」
「そうだ、カルロ。色恋とは友情に寄生し、食い尽くす害悪の名だ。合コンを繰り返せば、友情という友情が破壊されていき、いつしか死に絶える」
カルロは『なに言ってんだこいつ』という目でクロノを見た。
(いや……違う。友達とは配下の比喩だった。ということは、友情は忠誠心か! つまり、色恋沙汰によって、配下の忠誠心を失いかねない合コンを警戒なさっているということか。虐殺王は愛の力を恐れているのか?)
カルロの思考が高速に回転し、空回りしていく。
「まあ、そういう考え方もあるかもしれないけど、合コンなんかただの飲み会だからな。それで恋とか愛とかは正直ないよ」
先の発言を一切顧みない見事な手の平返しである。
「今世紀最高の純愛はどうした?」
「ああ、あれはなんか気のせいだわ。やっぱんなことないよ」
適当な返事である。しかし、国家の存亡をかけた会議での発言ではない。学生同士の会話などこれぐらい適当でいいというカルロの役作りの成せる技だ。
「気のせいだったか」
どことなくクロノは安堵したようである。
「それより、合コンは友達が作――」
「行こう」
先程とは打って変わって、クロノが食いついた。
(早えよ……まだ言い切ってないよ……)
あまりの食いつきの早さに、カルロは末恐ろしいものを感じていた。
「友達が作れるのだな?」
「お、おう……」
クロノの圧に押され、カルロはこくこくとうなずいた。
(まあ、結果的には上々だ。これで、クロノを合コン会場にさえ連れていけば、俺の役目は終わり――)
カルロの思考を撃ち破るように、彼の肩が小さく叩かれた。
「なんの話ー?」
ドクンッと心臓が大きく跳ねる。脂汗を垂らしながら、カルロが振り向けば、そこで満面の笑みを浮かべたシャル・アーリアンがいた。
「シャルちゃん……別に大した話じゃ……」
「合コンって言ったよね?」
笑顔のまま、シャルはずいとカルロに詰め寄った。
「カルロ君はアタシの味方だよね?」
満面の笑みのシャルから、カルロは途方もない圧を感じていた。
「いや、シャルちゃん。大丈夫だって、大丈夫」
「なにが大丈夫なの?」
「あー、いや、そのぉ……」
「な・に・が・大・丈・夫・な・の?」
迫りくるシャルの笑顔に、カルロは徐々に後ずさりを余儀なくさせる。
「クロノはそういうのまったく興味ないみたいだから」
「じゃ、誘わなくてもいいじゃん」
「そこはほら、人数合わせで」
「ふーん。カルロ君はそんなに合コンに行きたいんだぁ」
「…………」
本当のことを話せない以上、カルロは自分が合コンに行きたいということにせざるを得ない。
「い、いいだろ」
「いいよぉー。その代わり、アタシも連れてってよ」
カルロは渋い表情を隠しきれなかった。本来、合コン会場に連れて行くまでが彼の仕事だ。そこでなにがあろうと関与はしない。なにせ、魔神王の配下が虐殺王を呼び出したのだ。まず間違いなく平穏無事には済まないだろう。
だからこそ、カルロはその前に逃げる算段をつけていた。さすがにシャルを巻き込むわけにはいかなかった。
「あー……シャルちゃん、悪いんだけど、人数がもう――」
「シャルも行くのか?」
カルロが断るよりも先に、二人が話している間にクロノが入ってきた。
「行きたいっ! 行ってもいいかな?」
「ああ。俺もシャルに来てくれた方がいいのだ」
「ほんとっ? ありがとうっ」
和やかに話す二人を見て、
(まずい……!!)
と、カルロは不安に駆られていた。
「カルロ。時間はいいのか?」
「あ、ああ。そろそろ行くか」
平静を装って、カルロは言った。教室の外へ出る途中、シャルは彼の耳元で囁く。
「協力して」
クロノとの仲を取り持てということだろう。これでカルロは途中で逃げることはできなくなった。
(どうすればいい? どうすれば……? 無事に帰れるのか……?)
これから向かう先が、急に死刑台になったような絶望感を抱えながら、カルロは合コンの会場へ向かうのだった。
◇
三人はコルンツェル最大の酒場、妖精たちの宴にやってきた。
すでにテーブルで待っていたのは、自称リュカの妹ユーリと魔神王の配下にしてメデューサ族のミレア、そして魔族の女が四名だった。
(なんで全員、魔族なんだよ? 人間や竜人も混ぜとけって。こんなん怪しめって言ってるようなもんなんじゃねえのっ!?)
内心でカルロはそう毒づく。
「……む」
「やっほー」
クロノが気がつくと同時に、ユーリが手を振った。
「また会ったね、お兄ちゃん。安心して。今日は遊びに来ただけだから」
「遊びに?」
クロノが一瞬、殺気だった視線を見せると、ビクッとユーリが体を震わせる。
(ちょっと……ミレアとかいう女の話と違くない……? このお兄ちゃん、めちゃくちゃ戦る気なんだけどっ……?)
ユーリは後ろ手で爪を伸ばす。
(そっちがそのつもりなら……)
「良い合コンにしよう」
と、クロノは手を差し出してきた。
(良い合コンってなによ……?)
疑問に思いながらも、ユーリも手を伸ばす。
「よろしくぅ」
小悪魔のような笑顔を作り、ユーリは握手に応じようとする。しかし、そうはさせまいとばかりに割り込み、その手を握ったのはシャルだった。
「アタシ、シャル・アーリアン。クロノ君と同じクラスなんだぁ。君はどこでクロノ君と知り合ったの?」
プレッシャーをかけるようにシャルが聞く。
(この子……ああ、そうなんだ。そういう感じね。ふーん)
シャルの心を見透かしたように笑いながら、ユーリは言った。
「偶然、竜人に襲われたところを助けてもらったんだぁ。運命感じちゃったかもぉ」
と、彼女はあざとく視線をクロノに向け、甘えるように言った。
「……あ、アタシだって、クロノ君に何回も助けてもらったもんっ! 運命なら、アタシの方が先じゃん」
なぜか張り合い、シャルが子どもみたいな理屈を持ち出している。
「えー、でもぉ、ユーリはクロノお兄ちゃんに大事なもの奪われちゃったけどなぁ」
「だ、大事なものっ……!?」
あざとく笑うユーリの一手に、シャルは目を大きく見開いた。
「痛かったなぁ、初めてだったんだもん……」
牙を折られたのは、である。ユーリの巧みな話術に翻弄され、シャルは悔しそうに唇を噛んでいる。
「あ、アタシだって、一緒にオムレツ作ったもんっ!」
「オムレツ? ふーん。お姉ちゃんって、可愛いんだぁ」
完全に負けていた。
一方、二人が話し込んでいるため、一人取り残されたクロノは魔族の女たちに囲まれていた。
「えー、じゃあ、クロノ君はなにか特技とかあるんですかぁ?」
「すべてが特技だ。なんでもできるのだ」
「すごぉーいっ! じゃ、魔法も得意なんですかぁ?」
「あらゆる魔法を使うことができる」
「えー、格好いいっ! 天才じゃないですかぁっ!」
予め言い含められているのだろう。魔族の女はクロノをもてなすように、定番の質問をしては褒めちぎっていた。彼を良い気分にさせて、暗殺計画を実行しようとしているのだ。
「それじゃあ、休日はなにをしているんですかぁ?」
最早、なんと答えても褒められる。そんな空気が醸成された後での質問だった。
「なにもしていない」
クロノの回答に、一瞬あってはならない沈黙が生じた。
「……す、ごぉーいっ!!!」
「うん、格好いいっ!」
「本当になにもしてないんだぁっ、男らしいっ!」
「あたしって色々しちゃって失敗しちゃう方だから、そんな風に落ち着いた人って憧れるなぁっ!」
「うん。クール、クールだよっ!」
そんなわけがない。なにもしていないことをここまで褒められるなどそうそうないだろうが、魔族の女たちは必死に黄色い声で盛り上げていた。
「やっぱり、普段、学院で一生懸命勉強してたら、休日は疲れちゃいますしね!」
「そうそう、しっかり休養を取らないと!」
「疲れはまったくない。休んでいるわけではなく、本当になにもしていないのだ」
彼女たちがようやく見つけた褒めるための突破口を、クロノは完全に塞いでしまった。
こんな男が合コンにやってきたらドン引きするしかないが、それでも、彼女たちは褒めなければならない。
「無、無の境地ってことですかね? すごいですね!」
「無の境地? なんだそれは?」
空気は最悪である。最早、クロノはあえて悪印象を与えようとしているようにしか見えない。
「あの、クロノさんはどうして休みの日になにもされないんですか?」
優しく笑ったのはずっと隣をキープしていたミレアである。
「俺は全知全能だ。なにかをすることと、なにもしないことは究極的には同じなのだ。なにもしないことが無価値であるのは、その者に不可能があるからだろう」
難解なクロノの言い回しに、それでもミレアは優しい笑みを覗かせた。
「哲学的な方ですね、クロノさんは」
そう言いながら、ミレアは特製カクテルをクロノに差し出す。
「よかったら、お飲みになりませんか?」
「もらおう」
クロノはコップを口に近づけ、そしてその特製カクテルを傾ける。
(飲んだ……!!)
それまで完璧に演じていたミレアの広角が僅かに上がる。
(その特製ドリンクは疫鬼王と呼ばれた魔族が作った呪いの猛毒が入っているの。魔神王様でも無事では済まない毒を飲み干せば、ものの数秒で死に至るわ!!)
確信に満ちたミレアの表情が、次第に曇っていく。
クロノは特製カクテルを飲み干してなお、平然としているのだ。
「あの……強いカクテルですけど、そんなに一気に飲んで大丈夫ですか?」
「これぐらいならば何杯でもいける」
ミレアは訝しむ。
(毒を入れ忘れたのかしら?)
ミレアは用意しておいた特製カクテルを再びクロノに差し出した。
「じゃあ、もう一杯どうぞ」
「感謝する」
クロノはまたしても特製カクテルを美味しそうにごくごくと飲み干してしまった。
まったく酔っていなければ、毒の影響など微塵もない様子である。
(……? 古い毒だから、効果が弱まったのかしら……? 別の毒を使うしかなさそうね……)
ミレアは不思議に思いながらも、何気なく確かめるために特製カクテルを飲んだ。
「がはっ……!!」
血を吐き出し、ミレアは倒れた。毒が回っている。
「どうした?」
「……よ、……よ……酔っ……払っ……ちゃった……」
どうにかミレアはそう取り繕った。
毒だと分かれば、虐殺王に毒殺しようとしたことが知られてしまう。本当のことを言うわけにはいかなかった。
「立てないのか? 体が痙攣しているようだが?」
「……ゆ、床が……気持ちいいの……しばらくこうしていたいです……」
「そうか」
ぴくぴくとミレアの体は痙攣している。
(し、死ぬわ……私が毒耐性に強いメデューサ族じゃなければ、即死だったわよ……これを二杯もお飲みになって、平然としていらっしゃるなんて……これが全知全能の虐殺王……クロノ・グランベフィウス……)
次第にミレアの意識が遠くなっていき、ぷっつりと途絶えたのだった。




