§.7 【愛の力】
魔神王城。玉座の間。
「甘い甘い甘いっ! 甘すぎるっ! ミルク味の飴玉よりも甘い連中だっ!!!! まだ舐めているのかっ!!!?」
ドガァンッとゴルロアーズは玉座の肘掛けに拳を叩きつけ、粉砕する。
「え……あ……その、飴玉を、でしょうか?」
尋ねたのは配下の一人、メデューサ族のミレアという女だ。
「なにを聞いていたのだ、ミレアっ! 飴玉の話題などたとえでも出しておらんわっ!?」
ミレアは思う。
(ミルク味の飴玉のたとえは出していたけれど……それでこそ魔神王様。この世の頂点に君臨する御方は理不尽でなければならないの!)
彼女は魔族の中でも少し変わり者であり、特にゴルロアーズを全肯定することに関しては他の追随を許さない。
「彼の王の話だ。あの連中はまだ彼の王を舐めていると言っているのだっ!!」
怒りとともに魔神王の魔力が膨れ上がり、それだけで大地震が起きたかのように城が震撼している。
(心底、意味がわからぬ。全知全能だと言っているではないか、全知全能だと! なんでもできるし、なんでも知っているのだぞ! いったいなにを小細工しようというのか。近づくもなにもない! 敵意を持った時点で終わりなのだ! なぜそれがわからぬのだ、阿呆どもめっ!!!!)
四王たちへの怒りが募りに募り、魔神王は目が合った者全てを睨み殺さんがばかりの形相を浮かべている。
(魔神王様がお怒りでいらっしゃる……こんなお顔は無法地帯だった魔族を力で統一なさり、ドムドラッドを建国したあの日以来のこと……彼の虐殺王は全知全能だと言うけれど、私はよく知っている。この表情をした魔神王様は、神すら凌駕なさる!)
ミレアは誰よりも魔神王を崇拝する配下である。
「余の言わんとすることがわかるか、ミレア。余にとって、彼の王は敵ではないのだ」
「はい、魔神王様。それは至極当然のお考え」
ミレアは整然と答えた。
(魔神王様は無敵です!)
敵ではないの解釈が分かれた瞬間であった。
「余の配下で最も知性に長けた男、イフリート族のマシュー。だが、奴は余を失望させた。なぜだかわかるか、ミレア」
「……い、いえ」
震えながらも、ミレアはそう答えるしかなかった。
「忠誠心だ。マシューは確かに頭が回る。反面、余への忠誠心が欠けていた。ゆえに、自らの知恵が及ばない事態にすら、その小賢しい頭の内に収めてしまい、結果、余の言葉を曲解してしまった。わからない、と素直に口にすることができなかったのだ。その点、お前は違う」
ゴルロアーズは言った。
「お前の忠誠心は魔神王軍一だ。その素直な心は、俺の言葉を深読みすることなく、まっすぐ受け取ることができる」
「は、はい。恐縮です」
恐れ多いという表情でミレアは深く頭を下げる。
「その素直な心で、まっすぐ聞け。彼の王は真に全知全能だ。だが唯一、届き得るものがあるとすれば、それは」
魔神王ゴルロアーズは玉座から立ち上がり、まっすぐミレアのもとまで歩いていく。
そして、彼女の目を見つめて言った。
「愛の力だ。愛の力で世界を救う。いいな?」
「愛の力で世界を救う……」
ミレアはその視線を受け止め、頬を赤らめた。
(わたしと魔神王様の愛の力で……)
ゴルロアーズの言葉を深読みすることなく、素直に受け取ったところそうなった。
彼女はそう、まっすぐ過ぎた。
(ああ……そんな、まさか魔神王様と両思いだったなんて……!)
「愛はなによりも強い。敵に逆らえる者はいるが、愛に逆らえる者はいない」
こくり、とミレアはうなずく。
「わたしも愛ゆえに魔神王様に逆らうことはありません」
「可愛い奴だ、お前は」
ゴルロアーズは真剣な面持ちを向ける。
ミレアは恥ずかしそうに微笑を返す。
(ミレアの忠誠心は魔神王軍一。しかし、マシューの件もある。彼の王を前にして怖じ気づくこともあろう。ここは余自らの言葉にて、その忠誠心を盤石なものとしておくべきだ)
そう打算的に考え、ゴルロアーズは言う。
「忘れるな、ミレア。お前は余のものだ。余はお前だけを信頼している。彼の王がいかに強大であろうとも、お前は決して退かず最後まで戦うのであろう。だが、命令だ。必ず、生きて帰ってこい」
「魔神王様っ……!!」
ミレアが涙で頬を濡らしながら、ゴルロアーズの胸に飛び込んだ。
「ぬっ……!?」
予想外の事態にゴルロアーズは驚いている。
(なんだ? なにが起きた? なぜ、余たちは抱き合っているのだ?)
疑問の嵐が、ゴルロアーズの脳内に吹き荒れていた。
「魔神王様」
「う、うむ」
かろうじて威厳を保ち、ゴルロアーズは生返事をした。
「勇気をいただいてもよろしいですか?」
「……勇気、か」
ゴルロアーズは鷹揚にうなずく。
(勇気を……? 難しいことを。どうやってくれてやればいいのだ?)
ミレアの意図が彼にはよくわかっていない。
「ならば、この城をくれてやろう」
「……この城を?」
「ああ。不服はあるまい」
内心、焦りながらも、堂々とゴルロアーズは言った。
(この魔神王城は権力の象徴。余からこれを譲り受けたならば、魔族の中でも一角の人物と見なされるであろう。褒美として十分だ)
(……結……婚……!!)
ミレアのときめきは頂点に達しようとしていた。
「ふふっ」
「なにがおかしい?」
「いえ。魔神王様は思ったよりもロマンチストなんですね、と」
「なにを言っている」
照れ隠しのようにゴルロアーズは否定した。
(本当になにを言っているのだ?)
彼はまったくわかっていない。知らぬ間に結婚の約束までしていることを。
「それで、魔神王様。彼の王をどのようにして?」
「まずはユーリという真祖のヴァンパイアに近づけ」
「承知しました。仲間に引き入れるのですか?」
「そうだ。そして、力を合わせ――」
ゴルロアーズは殺気を孕んだ鋭い目つきになった。
「合コンを開くのだ」
「……合コン……?」
合コンで全知全能の王をどうするのか、ミレアには皆目見当もつかなかった。
「合コンの場に彼の王を誘い込むのだ」
「……わざわざ来るでしょうか?」
「来る。奴は必ず来る」
ユーリはリュカの妹だという情報をゴルロアーズはつかんでいた。ならば、虐殺王としても興味があるはずだ。
「では、その後は?」
「……そうだな」
険しい表情でゴルロアーズは憂慮する。
(問題はその先だ……)
すると、ミレアが言った。
「……なにか、言いづらいことなのでしょうか?」
「ある種、運頼みのようなものだ。合コンに誘い込み、そして彼の王が本気にならなければこの策は上手くいかぬ」
ゴルロアーズの計画は次の通りだ。
(合コンでの出会いを経て、彼の王が真の愛に目覚めればよい。愛する者ができれば、再び大虐殺など起こそうという気にはなれまい。つまりは愛の力で世界を救う)
全知全能を相手取っては、魔神王とて力での勝負は挑めない。ゆえに彼は、好敵手である獅子の皇帝にならうことにした。力で勝てないのならば、想いで勝負する他ない。だが、それには彼の王が都合良く愛に目覚めなければならないのだ。
(これしか策がないとはいえ、本当に合コンで真の愛に目覚めるのか?)
それこそがゴルロアーズの懸念だった。
「魔神王様。わたしにお任せください」
覚悟を決めた表情でミレアは言った。
(魔神王様が言いづらかったのも当然のこと。色仕掛けで虐殺王に近づき、毒殺しろということでしょう。気がつかれれば死は確実。これを実行できるのは、魔神王様が愛するわたししかいないわ……!!)
彼女はそう確信していた。
「できるのか?」
「成し遂げてご覧にいれます。愛の力で」
深くゴルロアーズはうなずいた。
致命的なすれ違いに両者は気がつかないまま、合コンの準備に取りかかるのだった。




