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§.5 【一人目】

 リュカを抱えながら、夜の森をクロノは歩いている。


「ユーリとも最初から仲が悪いわけではなかったんです」


 やがて落ち着いたリュカがそう切りだした。


「わたしたちの故郷はコルンツェルのように治安の良いところではありません。ユーリに会ったのは彼女が魔族の集団に襲われているのを助けたのがきっかけでした。初めて同じ真祖のヴァンパイアに出会い、彼女も嬉しそうにはしゃいでいました。わたしたちは自らの身を守るために、一緒に過ごすことが多くなりました。次第にユーリはわたしのことを姉と慕うようになったんです」


 クロノの腕の中で、リュカは訥々と語っている。冷静に見えるその表情はどこか憂いを帯びていた。


「振り払う火の粉払っているだけの内は上手くいっていたように思います。でも、ユーリは魔族らしく好戦的で、わたしと違って多くの眷属を作りました。魔族の中で勢力争いを行い、同盟を結び、積極的に戦いを仕掛けました。わたしは何度も止めましたが、彼女は聞く耳を持ちませんでした。そして、とうとう他種族とも争い始めたんです」

「人間や竜人と?」


 クロノが聞く。


「はい」

「理由は?」


 彼女は少し困ったように笑う。


「……簡単に言えば、欲なんでしょうね。段々欲しくなるみたいです。領土や金銭、財宝、力、ユーリや彼女の仲間たちの欲望は尽きなかった。欲のために争い、そして仲間を失う。次第に今度は敵の文化や価値観が気に入らないといって争い始めるんです。それは人間や竜人の側も同じで、きりがありません。後に残るのは、仲間を殺された憎しみだけなのに」


 疲れ果てた表情でリュカは言った。


「だから、わたしは故郷を捨てました。どこか争いのない、平和な街に行きたかったんです」


 それでリュカは中立都市コルンツェルに辿り着いた。リュカがコルンツェルの法に惹かれたのはそういう理由からだった。


「でも、ユーリはわたしがいなくなった後もずっと戦いを続けていたみたいです。わたしと同じように戦いに疲れ、彼女のもとから離れた仲間が教えてくれました。ユーリはより大きな力を求め、魔族による世界征服を本気で実行しようとしていると」

「世界征服……」


 あまりに大それた目標を耳にして、クロノは不思議そうに言った。


「しかし、彼女には不可能だろう?」

「そうですね。魔族の神とも言われる、あの魔神王ゴルロアーズですら成し遂げられないことです。でも、あの子は馬鹿なんです」

「それならば仕方ない」


 と、クロノは納得した。


「敵を全部倒して、世界征服をしたってなんの意味ないのに。どうして、そんな簡単なことがわからないんでしょうね?」

「馬鹿だからだ」


 クロノが先程、リュカが言った言葉をそっくりそのまま繰り返すと、彼女は一瞬きょとんとした。その後、くすくすと笑った。


「お兄さんと話していると、深刻さが薄れちゃいますね」

「深刻な顔もできる」

「いりません。絶対、笑っちゃいますから」


 すでに半ば笑いながら、リュカはそう言った。


「でも、巻き込んでしまってごめんなさい」


 クロノの目をまっすぐ見て、彼女は謝罪した。


「リュカ。謝罪には及ばない。俺をいったい誰だと思っているのだ?」

「……それは、お兄さんは全知全能の継承者かもしれませんけど」

「違う」


 即座に否定され、リュカは言葉に詰まった。


「お前の友達だ」


 普段は感情に乏しいクロノの言葉に、今は確かな熱があった。全知全能となり、あらゆることに関心を失いかけている彼にとって、それが唯一残った人間らしさなのだろう。


「じゃ、わたしが一人目ですね」


 嬉しそうにリュカは微笑んでいた。


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