§.3 【勧誘】
「おかしいなぁ」
クロノの目の前にいるリュカが小悪魔のように笑う。紫の霧が彼女を包み込んだかと思えば、次の瞬間、その変身が解けた。
リュカよりも小柄で、髪は赤く、ショートヘアだ。活発で幼さの残る顔立ちをしている。しかし、ヴァンパイアには違いない。
「ねえお兄ちゃん、あたしが偽物だって気がついてたよね? なんで?」
「俺は全知全能だ」
「きゃはっ! なにそれっ? 馬鹿みたいっ」
生意気な表情で彼女は下からクロノの顔を覗き込む。
「ユーリ!」
咎めるようにリュカが彼女の名を呼んだ。しかし、ユーリは悪びれることなく、微笑んでいる。まるで挑発しているかのようだ。
「久しぶり、お姉ちゃん」
「そんな風に呼ばないでください。あなたは妹じゃないんですから」
「相変わらず細かいなぁ、お姉ちゃんは。同じ真祖のヴァンパイアなんだから、姉妹みたいなものでしょ。小さい頃はあんなに一緒だったのに」
リュカはユーリを睨みつける。彼女にしては珍しく攻撃的だった。
「なにをしにきたんですか?」
「戦争」
そう口にして、嗜虐的に彼女は笑う。
「帰ってください。今すぐに」
「どーしよっかなぁ」
人差し指を唇に当てて、ユーリはもったいぶるように言った。
「怒りますよ?」
「じゃ、このお兄ちゃんをつれて帰るね」
ユーリはクロノに飛びつくように抱きついた。
「お兄さんっ!」
「ユーリのペットにしてあげる」
ユーリが口を開くと、鋭利な牙が覗く。それをユーリは躊躇わずにクロノの首筋に突き立て、吸血しようとした。
ガギンッと金属でも噛んだような音が鳴る。クロノの首筋はまったくの無傷で、逆に吸血しようとしたユーリの牙が折れたのだ。
「なに……これ……? どうなってるの? ユーリの牙は鋼鉄だって飴玉みたいに噛み砕けるのに……」
「俺の肌はヴァンパイアの牙を、ヴァンパイアの牙みたいに折れるのだ」
「……馬鹿にしてるのっ?」
クロノの至近距離で、ユーリは殺気立ったように眼光を鋭くした。
「あんまり調子に乗ってると、殺すわよ?」
「調子に乗ってはいない。事実なのだ」
ユーリが鋭利な爪をクロノの眼球めがけて突き刺した。だが、ガキンッと爪は折れてしまう。
「……いったぁっ……! どうなってんのよ、その目っ!?」
眼球を突き刺そうとしたユーリが、逆に突き指をしていた。
「お前が理解できるように説明するなら、目に力を入れた」
クロノがユーリに手を伸ばす。しかし、彼女は霧になって、すり抜けた。そうかと思えば、クロノの背におぶられるような格好で腕を回してきた。
「ねえ、強いお兄ちゃん。お兄ちゃんでもいいや。一緒に戦お? ヴァンパイアを助けてよ」
「ユーリ」
低い声に彼女が振り向く。リュカは体に赤い霧を纏わせていた。真祖のヴァンパイアの魔力がそこに溢れ返る。
ユーリははっとして、空を見上げた。
いつの間にか、日が暮れており、代わりに赤い月が昇っている。その血の色のような月光がリュカに降り注ぎ、彼女に力を与えているのだ。
「もう一度だけ言います。帰ってください」
ユーリはリュカをじっと睨み返した後に言った。
「はいはい、つまんないの。なによ、本気になっちゃって。いーだっ」
口の端を引っ張り、ユーリは歯を見せた。
再び彼女は霧に変わっていき、クロノの背中からすうっと離れていく。
「それじゃ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、またねー」
まるで遊びの約束でもするかのように言い残して、ユーリは去っていった。




