§.2 【告白】
放課後。
「あー、終わった終わった」
クロノの席にやってきたのはカルロである。
「なあ、クロノ」
彼は妙にカッコつけた決め顔でイケメンボイスを発した。
「一緒にトイレ行こうぜ」
「カルロ、キモい」
「ひどっ! いきなりキモいはさすがにひどくないっ!?」
一蹴したのは、隣の席のシャルである。彼女は笑顔で言った。
「だって、キモいじゃん。一人で行けばー」
「はいはい、そうしますよっと」
「案ずるな。俺も行こう」
「え?」
誘ったカルロの方がきょとんとしている。ただの冗談だったのだが、クロノが乗ってくるとは思っていなかったのだ。
「そのような顔をするでない。俺がお前一人をトイレに行かせると思ったか?」
「トイレになにがあるんだよ?」
困惑気味なカルロのつっこみに、クロノは真顔で答えた。
「便器」
「それはそうだけどな……」
目を細くしながらカルロはクロノの真意を探ろうとする。だが、まるで読めなかった。
「まあ、じゃ、行くか」
「望むところだ」
およそトイレに行くとは思えない台詞を吐き、クロノはカルロとともに教室を出ていった。
一番近くの男子トイレ内にて、カルロとクロノは横に並んでいた。
ふとカルロがクロノの方を見て、目を見開いた。
不動だ。
ズボンを下ろしていなければ、チャックを下げてもいない。クロノはただカルロの隣に直立しているのみだ。
(なにもしていらっしゃらないだとっ!?)
ただ直立不動のクロノに、カルロは不気味さを覚える。トイレに来て、小便器の前に立ち、なにもしないような男を彼は生まれてこの方見たことがない。端的に言えば意味がわからなかった。
カルロは下からの水分は止まったが、上半身からは冷や汗が止まらなくなった。
「クロノ……」
そう声をかけると、クロノは真顔で首だけ振り向いた。
「し……しないのか?」
未だかつて、用を足さないかという問いをこんな真剣な口調で発したことはなかった。彼だけではない。この世の誰も、そんな経験はなかったことだろう。
「しようと思えばできるが、不要でな。俺は全知全能だ」
その一言に、カルロは息を吞む。
「なら、いったいなぜ?」
「お前と連れションをしたかったのだ」
その言葉が、カルロの心臓を貫いた。
全知全能の虐殺王がそんな意味のない行動をするはずがない。ならば、考えられることは一つである。
(いつも俺の隣で監視していると思え……か……)
(友達というのは連れションをするものだ)
二人の認識は決定的にすれ違っていた。
「そ、そうか」
カルロはズボンのチェックを戻し、務めて動揺を押し隠しながら、トイレを出ていく。後ろについてきたクロノが言った。
「カルロ。足を洗え」
「……っ!?」
カルロの心臓が大きく跳ね、息をすることさえ忘れていた。
(……俺に辞めろと言っているのか……魔神王ゴルロアーズ様の配下を……!)
しかし、その相手がたとえ全知全能の虐殺王であったとしても、彼には辞められない事情があった。
「今すぐ足を洗うんだ」
「……それだけはできない……!」
そう答え、カルロは逃げるようにトイレから走り去っていく。
「…………」
クロノは後ろを振り返り、男子トイレ内の床にあった大きな汚れに視線を向けた。
「思いきり踏んでいたが、洗った方がよいはずだ」
「どうしたんですか?」
トイレから出ると、ばったりリュカに会った。
「カルロが汚れた足を洗わずに走り回っているのだ」
「意味がわかりません」
率直にリュカが言った。
「シャルはどうしたのだ?」
「そんなことより、一緒に楽しいことをしませんか?」
クロノはじっと彼女を見た。
「なにをするのだ?」
「ついてきてください」
リュカはクロノの手をとって、歩き出す。
「どこに行くのだ?」
「い・い・と・こ・ろ」
普段とどことなく雰囲気の違うリュカ。しかし、クロノはなにも言わずについていった。やってきたのは学院の裏手にある森である。授業に使われることもあるが、普段はまったく人気がない。
「なにをするのだ?」
「……実は」
リュカが言葉を発したその時、木々の陰から無数の人影が現れた。竜の角と尻尾を生やした者――竜人である。彼らは銀の槍を手にして襲い掛かってきた。
「リュカ・エンディミオンッ!! その命、もらい受けるっ!!!」
真祖の吸血鬼といえども、不意を突かれ、一度に大人数で攻められれば対処は困難だ。槍を避けたリュカがバランスを崩し、倒れてしまう。別の槍がリュカの心臓を貫こうとして、その寸前のところでクロノが素手で叩き折った。
「ぬうっ」
「こやつ、何者っ!?」
「動くな」
クロノは言った。
だが、構わず竜人たちは襲い掛かろうとする。
「動くと傷が開く」
「「「がっ……ぁ……!」」」
槍を叩き折ると同時に、すでに竜人たちに一撃を打ち込んでいたのだ。そうとは知らない彼らが動いた瞬間、傷口が一気に開き、その場に倒れた。
「く、そっ! ひ、退くぞっ!!」
彼らの姿を炎が包み込んだかと思えば、次の瞬間には炎とともに竜人の姿は消えていた。
「大丈夫か?」
倒れたリュカにクロノが手を差し出す。その手をじっと見つめ、リュカは優しく両手で包み込んだ。
「クロノさん、驚くことを言ってもいいですか?」
「構わないが、恐らく驚かないだろう」
「わたしはクロノさんが好きです」
すると、まったく驚くことなくクロノは聞いた。
「それは友人としてか、それとも恋愛的な意味合いか?」
リュカは頬を赤らめ、俯き加減で照れたように言った。
「恋愛的です」
「ゴミのような好意だ! そんなものは捨ててしまえ!」
「え、あ……ご、ゴミ……?」
動揺するリュカに、クロノは続けて問うた。
「で、お前はどこの誰なのだ?」
リュカは目を丸くする。その時だった。
「ユーリッ!」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。息を弾ませ、二人のもとにやってきたのは、クロノの目の前にいる人物とまったく同じ容姿をしている。リュカだった。リュカが二人いるのだ。




