§.1 【純友】
ノワール学院。屋上。
「――あれ? じゃ、クロノ君は全知全能の虐殺王じゃないじゃんっ」
全知全能を継承した話を聞き、シャルは今気がついたといった表情をしていた。
「そうなのだ」
「お兄さんは最初からそう言ってましたよ」
リュカが優しく補足してくれる。
「そうだっけ? ま、いいじゃん。それで、オウル君はどうなったのっ? リュカだって生き返ったんだし、生き返らせればいいよね?」
「生き返らない」
「……え? でも、全知法廷があるじゃん? 過去にも行けるよね?」
クロノの答えに、シャルは困惑している様子だ。
「全知法廷でも、オウルは生き返らなかった。過去を変えても、オウルの結末は変わらない。蘇生することも不可能だったのだ」
「どうしてなんですか?」
不思議そうにリュカが問う。
「わからないのだ。オウルのことだけが」
全知であるクロノには、知ろうと思えば全てのことを知る能力がある。だが、彼が知りたいその事実だけが、なぜか知ることができなかった。
「なぜ俺が全知全能を継承したのか。呪いとはどういう意味なのか。なぜ、俺に友達を作るように言ったのか……なにもわからない」
「オウル君が元々、全知全能だったから、その関係でわからないとかかな?」
唇に人差し指を当て、シャルは首をかしげている。
「俺もそう考えたのだ。だとすれば、永遠に答えは得られない」
「ちょっと待って!」
再びなにかを思いついたといったようにシャルが声を上げた。
「クロノ君と会ったのって、魔神王の国ドムドラッドの樹海だよね? あの館って、確か書物には『魔導師オウルの館』って書いてあったような……?」
「オウル・グランベフィウスの館だ。あいつが魔法研究に使っていた場所だ」
「お兄さんはそこでなにをしていたんですか?」
リュカが聞いてくる。
「眠っていたのだ」
「……ずっとですか?」
「一〇〇年に一度目を覚まし、一日だけ活動するようにしていた。その夜に眠りにつき、また一〇〇年後に目覚める」
クロノはずっとそれを繰り返してきた。
もっと長く眠ったこともあった。
「俺もオウルのように、全知全能という現象に成り果ててしまうのかもしれない」
「……お兄さんが世界を滅ぼすようには見えませんけど?」
「オウルの方が余程そうだったのだ。だが、あいつは俺が止めるまで止まらなかった。殺していなければ、もうこの世界は存在しなかっただろう」
「だから、ずっと寝てたんだ?」
と、シャルが言う。
「一〇〇年一度、目を覚まして考えた。結局、眠り続けていても俺が大虐殺を始めない保証はなにもない。動かなければなにもわからず、なにも変えられない。だから、サイコロを振ったのだ」
「あー! それでアタシと会ったんだーっ!」
シャルがビシッと指をさす。
「そうなのだ。シャルとの出会いがきっかけだった。最期にオウルが言い残した。友達を作れ、という言葉。あれが俺を救うために言ったのだと信じることにしたのだ」
「だから、友達を作るのが目標だったんだ」
話がつながったといったようにシャルはうんうんと頷いている。
「でも、なんで友達なんでしょうね? 不思議ですね」
リュカは口元に手をやり、じっと考えている。
「わからない。あいつが死に囚われている理由があるはずだ。それを突き止め、蘇生するためには他に手がかりはないのだ」
「クロノ君って、オウル君とは仲が良かったの?」
すると、クロノは黙り込んだ。
「……あれ? クロノ君?」
「わからない。オウルのことはわからないのだ」
「それもわからない感じなんだ」
「友達は何人作るんですか?」
「一〇〇人だ」
リュカの問いに、クロノはさらりと答えた。
「それはけっこう時間がかかりそうですね」
「友達を作ると、なにが起きるのかはわからない。それでも、俺は答えが知りたい。友達が欲しいんだ」
彼にしては珍しく熱く語り、シャルに視線を送った。言わんとすることは明らかだったが、彼女はその気配を察してか、すでにあさっての方向を向き、気がつかないフリをしていた。
「シャル」
まっすぐクロノは彼女に言う。
「な、なにっ……?」
緊張した面持ちで、身を硬直させながら、彼女は頑なに視線を逸らし続けている。
「お前、俺と友達になることについては、どうなのだ?」
正直すぎるぐらい真正直にクロノが尋ねる。
「あ、アタシは、に、人数制限派だからっ!」
「人数制限だと?」
「なんですか、それ」
極めて冷静にリュカがつっこむ。
「友達人数制限派だから、リュカだけでもう人数いっぱいじゃん? ね。思い込んだら、一直線だから、純友? みたいな!」
「そんな言葉はありません」
そうリュカが窘める。
だが、クロノにぶっ刺さっていた。
「純……友……! それはすなわち、真の友に捧げる曇りなき友情ということか」
「う、うん、うんうんうんうんっ! そんな感じそんな感じっ!」
シャルはシャルでテンパっており、勢いだけで返事をしている。
「素晴らしい」
クロノはいたく感動している。
「やはり、友達というのは一日にして成らずか。つまり、こういうことか? お前の友達になるには、リュカから奪い取れと!」
ライバル視するようにクロノはリュカを睨んだ。
「そういうことっ」
「なにがそういうことですか。適当に言わないでください」
ぴしゃり、とリュカが言った。
「えー、助けてよ、ママぁ」
「シャルと友達になるのは大変だと思いますけど、わたしは友達からオッケー派ですよ、お兄さん」
そうリュカは悪戯っぽい笑みを覗かせる。
「む……!」
「から?」
引っかかったようにシャルが呟く。
「からってなに、ママ?」
「なんでもありません。それと、ママはやめなさい」
「あー、誤魔化してるじゃんっ! からって言った。からって、友達からって言ったっ。言ったじゃんっ」
駄々をこねる子供のようにシャルはそうまくし立てる。
「もう。なんですか。言いましたけど?」
「じゃ、答えて。友達から、なんなの?」
「それはもちろん」
「もちろん?」
じっとシャルを見つめ、リュカは言った。
「純友ですよ」
「おっかしいじゃんっ! そんなの嘘じゃんっ!」
弾ける様な勢いでシャルはつっこんでいた。
「なぜだ? 友達の先に純友があるのは自然な理ではないのか?」
「あー、うー……」
困ったように俯き、「そもそも純友なんて、ないじゃん……」とシャルが呟く。
「自分で蒔いた種ですね」
「えー、リュカぁ、助けてくれてもいいじゃんっ」
「人数制限派はどうするんですか?」
矛盾を突かれ、シャルは力いっぱい拳を握る。
「それも考えてほしい!」
「だめです」
完全な他力本願の要求を、柔らかくリュカは断った。
「えー、もう、リュカの意地悪っ!!」
そんな二人のやりとりを、クロノは羨望の眼差しで見つめていたのだった。




