§.プロローグ【あの日】
あの日のことを思い出すと、全能の体が震え出す。それは生きている証明なのだろう。
俺のことを話すには、ある人物に触れなければならない。
幼い頃、俺は彼とともに過ごし、そして小さな玉座を争った。
オウル・グランベフィウス。彼こそが、伝承すらも風化していくほど遥か遠い昔、世界の七割を滅ぼした全知全能の虐殺王である。
彼に聞きたかったことがある。だが、殆どの問いかけに、彼はついぞ答えることはなかった。
代わりに言ったのだ。
「全てが同じに見える。生も死も。栄華も滅亡も。この結末も、ただふられた賽の目に従っただけだ。私は最早、全知全能という現象になり果ててしまった」
それが大虐殺の理由なのだそうだ。
彼は立派な王になるべく、たゆまぬ努力を続けてきた男だった。しかし、変わってしまったのだ。
だから、俺は剣を手にした。神をも殺す魔剣である。
オウルに振り下ろしたその魔剣は、しかしあえなく折れてしまう。全知全能の力を無効化することはできなかった。だが、折れた魔剣は彼の胸に突き刺さった。
全知全能の虐殺王は血を流した。
「ただ一つ……お前、だけが……」
何度も、何度も、繰り返し夢に見るオウルの言葉。彼は確かに何事かを呟いた。しかし、その先は聞こえなかった。彼がその場に倒れたのだ。
すると、不思議なことが起こった。眩い光がオウルの体から抜けて、俺の中に入ってきた。
「それは呪いだ。全知全能はお前に継承された、クロノ」
穏やかな顔でオウルは言った。
その瞬間、彼はかつてともに玉座を目指したあの頃と同じ表情をしていた。
彼が口にした通り全能の力は俺に移り、全てを理解できる全知が頭にあった。
だが、一つだけ、どうしてもわからないのだ。
「オウル……どういうことだ?」
俺の問いには答えず、オウルはただ俺の目をじっと見ていた。
「友達を作れよ。お前はいつも一人が寂しいって顔をしていた」
「こんな時に言うことか? お前はいつも意味がわからないのだ」
俺は倒れたオウルの傷跡に手をかざす。致命傷だが、今の俺には簡単なことのはずだった。
しかし、その傷は癒えない。
全能のはずの力が効かず、全知であるはずの頭にその理由が浮かばない。
なぜ、彼を救うことができないのか?
「遺言だよ。それぐらいは聞いてもいいんじゃないか」
「なにが遺言だ。どうやったらお前を救えるのだ? 俺は全知全能になったのだろう?それならば、容易いはずだ!」
問い質すように俺は言った。
オウルならば、答えを知っていると思ったのだ。
だが、返事がない。
彼は口を動かしているが、声が出ていないのだ。その心を覗けるはずだったが、やはり全能の力が働かない。
最早、オウルは死にゆくのみだ。
「わかった! 約束しよう! だから、お前を救う方法を教えるのだっ!」
やはり、答えはなく、オウルは最後に笑みを覗かせる。
満足したように彼は逝ってしまった。
死に際に持っていったのか、オウルの存在は全ての人々から忘れ去られ、全ての記録に残らなかった。まるで初めから存在しなかったかのように。
そして、俺は全知全能の虐殺王、クロノ・グランベフィウスと呼ばれるようになったのだ。




