4話 警官の心得
警官になってから、私ルイは、ありとあらゆる問題を見てきたと自負している。今回の森の巡回も、そんな任務の一つであった。
「やっぱり、何も無いですね」
週一の巡回だが、これまで一度も何かあったことはない。平和の中の平和、ここはそういう場所だった。
数時間経ったくらいだろうか。西の方向に、何やら気配が生まれた。振り向くと、眩い光が何やら発生していた。
「なんでしょうか、あれは……」
すぐに光は収まり、いつも通りの森へと戻っていく。
「事件の予感がします」
火のないところに煙は立たない、という言葉がある。同じように、何もないところに明かりはない。
私はいつのまにか駆け出していた。
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想像以上だった。
「俺、変なポーズでもとってました? すいませんね」
タオル一丁姿でこんなところにいるのにも関わらず、気にするところはそこなのだろうか。
「なにが?」
私がそうじゃないと言っても、まだその男は気づかない。恥ずかしさを堪え、あれの部分を指差す。
……逃げられた。
「待ちなさーい!」
刑法第5条、意味もなく性的な行為は固く禁ずる。
紛れもなく、あの男は違反していた。警察の誇り、女の誇りとして、絶対にあの男を逮捕しなければならない。本能がそう訴えていた。
それから、ずっと逃走劇が続いていた。
「そこのあなた、止まりなさい!」
「嫌だぁぁぁあああああ!」
最初のあの澄ました態度はどこえやら、男はなりふり構わず逃げ続けていた。
……どれだけ走っているというのか。
恐らく、もう1時間は経っているだろう。私は警察オリジナル体力作りのメニューをさせられているから大丈夫だが、男はほんとに異常だった。
私がいくら女とはいえ、そこそここの国でも名のある実力者である。そんな私よりも同等、もしくはそれ以上の実力であることは、この1時間で分かっていた。
……少々意地悪をしてやろうか。
不意に、そんな考えが思い浮かんだ。ずっと走らされることへの仕返しとしても、これくらいはしたいという欲求が出てきたのだろう。
——訓練で教えられた、鬼ごっこ理論というものがある。
鬼が右からくれば、逃げる人は自然と左へ逃げる。逆であっても然り。逃走者は、自然と鬼と反対方向へ逃げると同時に、逆に考えれば、いつも鬼によって逃走経路を決められているのである。これを利用する。
あえて少し遠回りをして左から近寄り、男を東へ走らせる。すると、自然と視界に入ってくるものがある。
塔だ。そこには、国でも危険地帯と称される、巨大な曰く付きの塔が建っている。
男は知ってか知らずか、一目散にその塔へと入っていく。私も追うように塔へ入る。これは2回目のため、最初よりもこの塔への恐怖はだいぶ薄らいでいた。
男は階段を駆け上っていく。私も同じように追いかける。
蝙蝠が視界を邪魔するが、攻撃はしてこないため無害である。出てくるモンスターも、結局戦わなければなんてことはない。ずっと男を追い続ける。
数分後、塔の中で初めて人を見かけたが、男を優先して階段を駆け上っていた、その時だ。
「……消えた⁈」
突如、男の姿が掻き消えた。あまりにも唐突だったため頭の整理が追いつかず、その場に立ち止まってしまう。
——それが、命取りだったのだろう。
「ぶふ——」
横からの一撃に、意識が持っていかれる。男に夢中で気づけなかったのだろう。周りには、たくさんのモンスターで埋め尽くされていた。
どれも凶悪と称されるモンスターたち。恐らく、私もここでおしまいなのだろう。できることなら安らかにと、切れる意識に抗わない。
「————」
目が、見えなくなった。音が、聞こえなくなった。そしてすぐ、命もなくなってしまう。
——その時だ。
「眩し……!」
本日二度目の光により、失いかけた意識が覚醒する。
次に気がついたのは、不思議なことに、モンスターはおろか、何もかもがなくなった塔の中で立ちすくしているところだった。
「……は」
不思議な夢でも見たのだろうか。あまりにも現実味がないため、そう思うしかなかった。
窓際に移動する。そこには、この塔であまり見ることのない窓が施されていた。
外を見る。どうやら、もうそろそろ夕方らしい。よくわからないが、夢ではないとわかった。
ふと、遠目にあの男が誰かといるのを見つけた。
「あれは……女の子?」
服は着ているようだった。しかし、あまりにも肌を露出した格好で、女の子と手を繋いでいるのをちょうど見てしまった。
……事件は速やかに解決しなければならない。
「……もしもし、教官ですか」
罪を犯したものには罰を与えなければならない。
私も現行犯を見た者として、絶対に捕まえると決意した。そして、街ではすぐに指名手配されることだろう。
私は下を確認すると、その窓から飛び降りていた。




