7話 胸騒ぎ
「1200年だろ? そんな時間、リアナはなにしてたんだよ。俺も相当だったけどさ、さすがに1200年はできねーな」
「そう、ですね。まず、あの塔に挑んでくる人は絶えずいましたので、その人たちを上から覗いてました」
「盗撮じゃねぇか」
「ち、違いますよ! 今なにしてるのかなーとか、あ、ヤバくなってきたなーとか、そんなことを考えるのにですね」
「やっぱ盗撮じゃねぇか」
「うー、もういいです。第一に、そればっかりしてた訳でもないです。あの塔には『禁忌の書』が沢山あったので、それを全部覚えていました」
「『禁忌の書』? なんかヤバそうなの読んでたんだな」
「はい。普通の人間が見れば、頭がおかしくなって死にます。有名な話で、あの本を興味本位で読んだ人間が、ナイフで何度も自分の体を切り刻んだ、なんてのがありますね」
「うえ、気持ちわる。そんなん読んで大丈夫だったんかよ」
「大丈夫です。それに、あの本にはたくさんの情報が載っているので、その本で見た強力な魔術なんかも習得してました」
「強力な魔術、ねぇ。それ、俺に対して使ったらどうなる?」
「うーん。可愛い言い方をすると、体の中から爆発します」
「……それ可愛いっていうか?」
「結果を知ってる身としては、結構可愛く言ってあげましたよ。それに、これを使ってしまったら、わたしだって無事では済まないんですから」
「ま、そんなの使わないと思うが……暴発させんなよ?」
「はい、大丈夫です」
「させんなよ? フリじゃないからな?」
「はい、大丈夫です」
「なーんか心配だなぁ。……すんなよ?」
「はい、大丈夫です」
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「よし、これで完璧だろ」
澄ましたキメ顔を作りながら、リアナに向かって親指をたてる。
「ん、やっぱ服が丁度だと落ち着くなー。見よ、この動き!」
ハッ! ヤッ! と、やったこともないカンフーのような動きを想像だけで真似する。
周囲には人っ子一人二人しかいないため、そんな姿を憐れむものはいないことが不幸中の幸いだった。
「あの」
「なんだ? あ、今の動きがカッコよかったって? それほどでもあるカモネギ、なんちって」
「親父ギャグはやめてください。今、わたしの背筋がドライアイス状態でしたよ。……それより」
「おおっと、その先の話は俺の耳が受け付けないようだ。すまんが他を当たってくれ」
「他に誰がいるんですか!」
リアナは一転、疲れたような表情から怒り心頭の表情へと早変わりする。
「いくらご主人様命令といっても、さすがにこれはいけませんよ!」
耳や頬が真っ赤に染まり、まるで熟成されたリンゴのようだった。俺はまあまあとたしなめながら、先程まで着ていた服を綺麗にたたんでいた。
ーーリアナが起こっている理由を説明するには、数分前まで話が遡る必要がある。
ついてきてくれ、とだけリアナに教え、向かった先はとある服屋さんだった。裏から見ても人がいないのがよくわかり、あまり言ってはいけないのだろうが、おそらくそろそろ潰れてしまいそうな、そんなお店だった。
「……あんまり使いたくないが、今からリアナにご主人様命令をする。返事は絶対にはいしかだめで、抗ってもいけない。いいな?」
「心配なさらずとも、わたしは契約でいわばカナルくんの奴隷ですから。もし何かあれば罰則も与えられる、契約内容にもそうかいてありますしね」
こちらの心配は本当に無用なのだろう。リアナは、自らを奴隷と称してまで俺を助けてくれるようだった。
リアナを真っ直ぐ指差して、言った。
「命令内容は、『今からリアナがそこの服屋しんに侵入して、上着とズボンを盗んでくる』。いいな?」
「……それって犯罪行」
「返事ははいだけって言ったろ? なにも考えるんじゃない。もし見つかったら、リアナお得意の魔術で店員の記憶を書き換える。それでパーフェクト」
「……はい、承知いたしました。これより、わたしはカナルくんのために犯罪行為を犯してきます。手筈通りに行ったのち、カナルくんには十分に反省してもらいます」
それで今に至る。
「だいたい、お金がないのなら言っといてくださいよ。カナルくんが予想外に変な格好で登場してくるもんだから、あの時の塔の中に財布忘れてきちゃったじゃないですか」
「まてまて、それは俺のせいっていうより自己管理がなってないだけじゃねぇか。責任転換はよくないぜ」
「それに、一番ダメなのは店員のおじいさんです。わたしが盗んでるのを見てたはずなのに、怒るどころか嬉しがってましたからね。処分品が片付いた、なんて悲しいことも言われましたよ」
「そこは俺にまかせといてくれよ。将来金持ちになったら、何倍にもして返してやるんだから」
「それが絶対返さない人の言うセリフなんですよ!」
どうやらリアナの怒りはだいぶんらしい。こちらにもこちらなりの考えがあるのだが、それよりも規律を犯したのが嫌なようだった。
「昨日もついてきてくれって言われたらかついていったら大変な目にあったし、今日は今日で大変でした。カナルくんのついてこいは信用なりません」
「そう言うなよ。俺だって神様でもなければ善人でもないんだ。いいことするときもあれば悪いこともする、そういうもんだ」
「そんなこと言ったって……」
「とりあえず、次のミッションに向かう。ついてこい、これも命令だ」
「うぅ……」
渋々という形で、リアナが後ろからついてくる。
「ーーーー」
ーー後ろ、何者かがついてくる気配がある。
リアナは全く気づいてない。どこの誰かはわからないが、この状況でついてくるものなどどんな人物かは予想できる。
角を曲がると、後ろの人物も歩みを進める。こちらが何気なく振り向いても、いつの間にか姿を隠している。これは、紛れもないストーカー行為そのものだった。
「……リアナ、俺が今から合図したら、全力疾走で来た道を引き返せ。すぐそこに誰かいるから、そいつを捕まえて戻ってこい」
「……? 一体どういうことでしょうか。地図ではそこに黒点はありません。誰かいたとしても、敵でないのなら何もしないのがベストじゃないんですか?」
「違う。おそらく、俺達がこうなってる理由を知る人物だと思う。俺もわからないことな多いから、とりあえず捕まえてきてくれ」
未だに疑問符を顔に覗かせるものの、わかりました、と言って駆け出していく。
ドタバタとすぐそこで何かが行われ、急に静かになったと思うと、リアナがその人物を引きずりながら戻ってきた。どうやら、なにかしらの術を使ったらしく、その人物は糸が切れたかのように眠っていた。
「この人で、間違えないでしょうか。……っと」
「合ってる。こいつだ」
その人物から手を放すと、リアナはその人へと近寄っていく。フードを被っているようで、未だに顔は見れていない。
「お顔、失礼しますね」
寝ているために聞こえないだろうが、リアナは丁寧に謝辞を述べながらそのフードをめくる。なぜか俺に焦らしながら、ゆっくりとそのベールを剥がしていく。
「……茶髪で綺麗なお姉さんですけど、知り合いかなにかですか?」
「いや、知らん」
短い茶髪に、首元にはイヤリング。一言で表すとお姉さんで合ってるが、もちろんこんな人は見たことない。
「ーーーー」
おそらく、この人は何かを握っている。知人でも友達でもない間柄だが、今回に限ってはキーパーソンになってくるだろう。
「あ、ポケットになにか入ってますね」
リアナがそうやって調べ始める。興味津々なようで、ポケットを始めありとあらゆる箇所を調べていく。
俺はただ、それを見ているだけだった。
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「お疲れ様。君の伝えた例の事件も、おそらくそろそろ終わるだろう。状況提供があったらしく、西の方面で見かけたそうだ」
ここには今、二人の女性が佇んでいる。
「すみません。いろいろ私も調べたのですが、結局逃げられてここへ来るのが遅れてしまいました」
しかし、その女性二人はいつものような人選ではない。今回は、教官と一人の部下、ルイという人物の話し合いだった。
「構わないよ。しかし、珍しいものだな。お前が取り逃がすなんて」
「お恥ずかしい限りです」
今はまだ太陽の登り始めた朝早く。下を見れば、せわしなく動く人物がそろそろ準備し始めていた。
「今日はその報告だけか? もしそうなら、もう帰ってもいいぞ。仕事があるだろう」
「そうします。また何かあれば、なんなりとお申し付けください」
「ん。ご苦労だった」
ルイは綺麗なお辞儀とともに足を反転させ、扉に向かって手をのばす。
ふと、とある疑問に気がついた。
「失礼ですが、今日は秘書さんいらっしゃらないんですね。なにかあったのですか?」
「ああ、あいつなら今日は風邪だそうだ。珍しいこともあるもんだな」
「そうでしたか。では、失礼します」
今度こそ、扉の外へ体を向ける。作法に乗っ取り、両手で扉を閉めていく。
ーーなぜか胸騒ぎがしたが、その心配は彼女の前では杞憂だろう。
ルイは扉に背を向けて、自分の持ち場に戻っていった。




