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大穴の調合師と全てを繋ぐ触媒  作者: 那貴


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第15話 値のつかぬもの

十三日目の昼前、隊商が砦に着いた。

 

先頭は、鎧武兵団の分隊だった。十二名。革の鎧に金属の板金を重ねた姿が、交易路の埃の中から現れる。隊員たちは数日の行軍の後でも足取りが乱れず、周囲への目配りを絶やさなかった。その後ろに、隊商の旗が続いた。

 

荷車が八台。荷を積んだ馬と、荷のない替え馬。歩く人々は三十人あまり。商人、荷役、車の修理をする職人、炊事の者。その周囲を、外縁の傭兵たちが固めていた。

 

トージャは壁の上から、その行列を見つめていた。

 

傭兵は十八名ほど。鉄の胸当てと盾、規格の揃った長剣。歩く間も隊列が崩れず、前衛と弩持ちと斥候の位置が、目に見えて分かる。彼らの目も、こちらを見ていた。壁の上の戦士たちを、見張りの配置を、門の構造を。護衛であると同時に、彼らはこの砦を測っていた。兵団の隊員たちの目も同じだった。互いに、値踏みし合うような顔合わせだった。

 

そして、何より目を引いたのは、色の多さだった。

 

金色の髪。赤みがかった髪。灰色の瞳、青い瞳、薄い肌。トージャの砦では、誰もが黒い髪と黒い瞳を持つ。だが外の人間は、一人ひとりが違って見えた。混ざり合った人々。老人の言っていた「外の世界」が、色の洪水のように砦の前に広がっていた。

 

ナラは、そのとき門の近くで、兵団の分隊に水と食料を届ける役を買って出ていた。

 

間近で見る兵団の隊員たちは、砦の若者たちの憧れの姿、そのものだった。行軍の埃を払いもせず、まず馬と荷と周囲の地形を確かめる。言葉少なに、それでいて滞りなく。分隊長は、傭兵団の団長らしい男と向かい合い、通訳なしで、短い言葉と身振りだけで夜の見張りの分担を決めていた。外の言葉を操る隊員もいるのだと、ナラは初めて知った。

 

団長と分隊長は、最後に強く腕を掴み合った。歓迎の握手であると同時に、互いの力の程を測るような、一瞬の力の込め合いだった。どちらも、笑っていた。だが目は笑っていなかった。

 

「どうだった、道中は」

 

ナラが分隊長に尋ねると、彼は交易路の方を振り返った。

 

「向こうの隊列は見事だ。あの連携は、正面からは崩せん。だが、森の読みはこちらの方が上だ。互いに、それが分かっている」

 

その落ち着いた物言いに、ナラの胸は高鳴った。外の戦士と並び立ち、対等に測り合える場所。自分が目指す未来の姿が、目の前にあった。

 

隊商の旗には、車輪と天秤を組み合わせた紋様が染め抜かれていた。商会の印らしい。荷車から下ろされる木箱には番号が打たれ、荷役の長らしい男が、板に挟んだ文書へ印を付けながら、一つずつ照合していた。品物の数を、文字で管理する。その几帳面さが、砦の人々には新鮮で、どこか近寄りがたくも映った。

 

門前では、長老たちと隊商の代表が挨拶を交わした。言葉は、砦の側の通訳を介して進んだ。トージャには外の言葉は分からなかったが、握手と、品の目録らしい文書の受け渡しと、滞在の約束事の確認とが、滞りなく進んでいくのは見て取れた。契約と文書の文化。老人の言っていたとおりだった。

 

 

滞在地への荷下ろしが始まると、傭兵たちの動きが変わった。

 

彼らはまず、滞在地の周囲を歩いて確かめ、それから白っぽい粉を地面に線のように撒き始めた。杭を打ち、粉の線と線の間に布を張る。何をしているのかと見ていた若い戦士が尋ねると、通訳越しに答えが返ってきた。

 

「黒紫を封じるための区切りだ。この内側は、夜の間、粒子の入りが弱まる」

 

完全ではないらしい。だが、何もないよりはましなのだという。興味津々で近づいた砦の子供が線を跨ごうとすると、傭兵は慌てて首を振り、線の内側を指して見せた。言葉は通じなくても、その真剣さは伝わった。子供は頷き、線の外から中の様子を眺めていた。傭兵の一人が、粉の袋を肩に担ぎ直しながら、ぼそりと言った。

 

「白聖が一人ついていれば、こんな手間はいらねえんだがな」

 

通訳はその言葉を訳さなかった。だが、その口調の、諦めと羨ましさの混ざった響きだけは、トージャにも伝わった。白聖。その言葉を、彼は頭の隅に留めた。黒紫を祓う力を持つ者。外の世界には、そんな者がいるらしい。

 

傭兵たちは、森に近い側では口元に防護布を巻き、革の手袋を外さなかった。トージャたちにとってはただの森の外れでも、彼らにとっては体を蝕む土地なのだ。その慎重さが、少し滑稽にも、少し痛ましくも見えた。

 

 

夕方から、早くも小さな交易が始まった。

 

本格的な商いは明日からだが、待ちきれない者同士の、顔見世のような値の付け合いだった。そこで、トージャは奇妙な光景を目撃した。

 

守護戦士団の若い戦士が、森で拾った魔獣の角の欠片を、面白半分に商人の一人へ見せたのだ。砦では、角の欠片など薪以下の値打ちしかない。ところが商人は目を光らせ、銀貨を二枚、戦士の掌に置いた。

 

「二マルク……?」

 

戦士は呆然と銀貨を見つめた。それは、彼が一月かけて得る手当にも等しい値だった。笑い話のような出来事もあった。フーアンが、隊商の炊事の者と早速打ち解けていたのだ。以前に外の国へ行ったことのある彼は、拙い外の言葉をいくつか知っていて、身振りと合わせてどうにか会話を成立させていた。傭兵の一人が彼を見て、「港町で見た顔だ」と笑ったという。世間は、思ったより狭いらしい。フーアンは得意げに、外の酒の入った小壺を既に手に入れていた。

 

値付けの違いが、摩擦を生む場面もあった。砦の猟師が自慢の毛皮を持ち込んだところ、商人の付けた値は彼の期待の半分だった。顔を赤くする猟師を、長老の一人がなだめた。

 

「値は、相手の土地で決まるものだ。あちらでは毛皮は珍しくもないのだろう。代わりに、こちらの角にあちらは目を光らせた。そういうものだ」

 

逆に、商人たちの持ち込んだ品の中には、砦の人々が目を丸くするものもあった。色の付いた硝子の玉。砦では見たことのない、均一な縫い目の布。白くて細かい塩。金属の小道具の数々。商人はそれらに、砦の感覚からすれば法外な値を付けた。

 

値段とは、何なのだろう。同じ物が、場所と相手でこれほど変わる。角の欠片に二マルクの値が付き、硝子の玉に人々が群がる。トージャは、自分の台に並べた薬草と素材を見直した。彼の品の「値」も、彼の知っている値とは違うのかもしれなかった。

 

子供たちの間でも、小さな交易が生まれていた。砦の子供が彫った木の小鳥と、商人の子供の持っていた硝子の玉が、互いの親の苦笑の中で交換された。どちらにとっても、相手の品は宝物に見えたらしい。値段とは、結局のところ、欲しいと思う心の大きさなのだと、トージャはぼんやり考えた。

 

夕暮れ時、彼は滞在地の外周を歩いた。傭兵たちは武器の手入れをし、弩の弦を確かめ、交替で封じの粉の線を引き直していた。森に近い側の見張りは、防護布を巻いたままだった。兵団の隊員は、その隣で平然と立っていた。同じ土地に立っていても、二つの集団にとって、その土地の意味はまるで違った。

 

一人の傭兵が、兵団の若い隊員に、外の干し肉を分けてやっていた。隊員は礼を言い、代わりに砦の果物を差し出した。言葉は通じなくても、食い物の交換は成り立った。測り合いと、認め合い。その両方が、この滞在の空気だった。

 

「値のつかぬものほど、面白い商いになる」

 

いつの間にか、彼の台の前に男が立っていた。

 

中年の、目つきの鋭い男だった。商人の中でも、荷の素材ばかりを見ている男。薬材と素材の買付を担当する商人だと、すぐに分かった。男は彼の並べた品を一通り眺め、それから白い花の薬草の束を手に取った。匂いを嗅ぎ、葉の裏を確かめ、茎の切り口を見る。その手つきは、素人のものではなかった。

 

実はその少し前、トージャはこの男を別の場所でも見ていた。男は素材を扱う台を一軒ずつ回り、品を見ては、通訳に何事かを尋ねていた。聞き耳を立てると、その質問の一つが耳に残った。「この土地に伝わる、古い書物や写しを扱う者はいるか」。台の主は首を振った。男は残念そうに頷き、次の台へ移った。やはり、この男で間違いなかった。

 

通訳が、男の言葉を訳した。

 

「この草を集めたのは、君か。……いい仕事だ。明日の本商いで、君の品はまとめて見せてもらいたい」

 

男は名乗った。だが、その名は外の言葉で、トージャの耳には音の並びとしてしか残らなかった。ただ一つ確かなのは、この男こそが、以前にこの土地で古い調合書の噂を聞き回っていた商人だということだった。老人の話と、目の前の男の、素材を見る目の確かさが重なった。

 

「分かりました。明日、全部お見せします」

 

トージャはそう答えた。心臓の音が、少しだけ速かった。

 

夢の入口は、思ったより早く、彼の台の前に立っていた。だが、老人の助言は頭にあった。まず客として値を見せる。書の話は、取り引きの流れの中で。彼は深呼吸をし、男の手の中の薬草の束に目を戻した。

 

値のつかぬもの。それは彼の薬草かもしれないし、彼の知っている「何か」かもしれないし、岩棚で言葉を覚えている少女の存在かもしれない。明日からの数日間、彼はその全てを抱えたまま、外の世界の値付けと向き合うことになる。

 

男は薬草を台に戻し、人混みの中へ戻っていった。その背中を、トージャはいつまでも目で追っていた。

 

その夜、彼は自分の品を並べ直した。一番の品を最初に出すか、最後に取っておくか。老人の助言と、年長の戦士の言葉が、頭の中で交差する。初日は安く値踏みしてくる。慌てるな。品の値段は、滞在の間に落ち着く。

 

彼は決めた。明日は、まず量のある品から見せる。白い花の薬草と、一番良い素材は、相手の値付けを見てからだ。そして商いが成り立つ流れの中で、さりげなく聞く。古い調合書の、噂のありかを。

 

布団に入っても、なかなか眠くならなかった。外の世界の色と音と値付けが、頭の中で渦巻いていた。その渦の中心で、岩棚の少女の顔がふと浮かんだ。彼女は今頃、覚えたての言葉を、一人で繰り返しているのだろうか。


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