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水仙に咲く彼岸花  作者: 雪村蓮
丸川ホテル編
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第8話

 八神と琴吹が邪蓮華と戦闘を開始した同時刻。

 小金井と朝凪は一階へと続く階段で、開花形態の邪蓮華と遭遇していた。


 下にいる階とは別個体であり、こちらは婦人のようなドレスを身に纏う日傘を差した女性を模倣した邪蓮華である。赤と黒のドレスを着る邪蓮華は可憐に微笑む。

 カーテシーをした邪蓮華はホテルには見合わぬ気品を漂わせている。


「ご機嫌よう、坊や。あなたの方は、いつぶりだったかしら」

「半月ぶりだよ。毎度毎度しっぽ巻いて逃げやがって」


 小金井が不機嫌を表に出しながら睨みつける。


(……やっぱり、あくまで勝手な想像だったけど間違いじゃないかもしれない)


 朝凪は眉間の皺を寄せながら、小金井に視線を向けた。

 酷い顔をしている小金井の目には嫌悪感と憎悪が確かに宿っており肌がひりつく感覚が朝凪を襲う。

 朝凪はこの感覚に覚えがあった。

 だからこそ朝凪は小金井をサポートするべきだと判断し、刀を握る力を強くする。


「援護します小金井さん」

「……仲間はいいのか」

「貴方がいた方がいいと判断したので」


 小金井はむず痒そうな表情をし、二の腕を掻く。

 青少年の素直な言動には、年老いて若干擦れた大人には些か体が痒くなるものだ。

 それに気が付かない朝凪はまっすぐと小金井を見つめた。

 朝凪の方が背丈が上なため、若干上を見る形になるのが不愉快だったのか、小金井は舌打ちをした。


「危なかったらすぐ逃げろ。本来なら餓鬼の対応する案件じゃねぇはずだ」

「いいえ、大丈夫です。行きましょう」


 小金井が地面から飛び降り、踊り場にいる邪蓮華に切り掛かる。朝凪も続いて階段の手すりを乗り越え、挟み撃ちをする陣形をとった。

 前方の小金井に後方の朝凪。武装された二人を相手にしても、婦人の邪蓮華は優雅に花弁に手を添えるであった。


「まぁまぁ、殿方二人にダンスのお誘いだなんて。でもごめんなさい。ワタクシ、あのお方じゃないと興奮できないの」


 婦人の邪蓮華の日傘が泥へと変容し、花弁を伝いドレスを通して手元へと溢れると形を帯びていく。

 くるりとその場で回ってみせる姿は、廃れたホテルには見合わない雰囲気で、まるで宮殿にいるかのような華やかさを纏った邪蓮華は、両手に抱えたサブマシンガンを発砲し始めた。


 予め知っていた小金井は身を屈めて刀を足元目掛けて振るうも、くるくるとステップを踏みながら回る婦人の邪蓮華のドレスの裾を掠めるだけだ。

 銃弾の軌道を読みながら地面を蹴り、壁を使って朝凪が刀を振るうも身を反った邪蓮華に避けられる。


「ぐっ」


 小金井の足に泥で出来た銃弾が当たり、ほんの一瞬意識を互いに足へと向けてしまった隙に邪蓮華が階段を飛び降りる。

 ドレスの裾を膨らませながら発砲している姿は狂気に染まっており、邪蓮華特有の話の通じない感覚に朝凪は不快感を示す。


「止まんな、追いかけんぞ。あいつらが合わさると面倒い」

「あいつらってなんですか」

「ここを襲った邪蓮華の片割れだ。非常階段の邪蓮華もそいつの力を使って生み出してる。半月毎にな」


 かちりと、ピースが嵌まる音が脳で反響した。


「貴方だったんですね。丸川ホテルで生き残った黄金水仙隊の人間って」


 丸川ホテルで起きた二十五年前の事件。

 南雲巡査部長と知人ということも考えても、当時隊に所属していても何もおかしく無い年齢だ。

 退職した生き残りの黄金水仙隊の人間が、まさかホームレスになっていたなんて驚きである。

 しかし、熟練の戦闘スタイルに慣れた様子で動いていく小金井の全てに理由がつく。


「二十五年間ずっとここにいたんですか」

「……馬鹿だと思うだろ。あの事件からすぐにここのビジホが営業しなくなってからずっとここに住み着いた不法占拠者だ。半月に一回、邪蓮華がこの建物に現れて、あいつらが現れるようになってからずっとだ」

「通報しなかったんですか」

「しなかった。これは俺がカタをつけなきゃいけない問題だったからだ」


 小金井の言葉には、救われてはいけないという自責の念もこもっているように感じられた。

 自分以外の仲間の死は、朝凪が思うよりも小金井に根付いているのだろう。

 怨恨の炎は燻り続ける事なく小金井を復讐の化身へと変貌させている。


「なら、今日で終わらせましょう」

「毎度思ってるよ、思ってるけどあいつら逃げ足もすばしっこいんだよ今みたいにな」


 階段をくるくると回転しながら飛び降りた痕跡が壁や地面へと残っていた。

 小金井の言い分も納得の有様である。


「大丈夫です。俺の仲間は俺含めて強いんで」

「……はっ大した自信だな」

「事実です。大丈夫、今日は誰も死なないで任務を終わらせます。だから安心して邪蓮華を殺してください」


 朝凪の自信に溢れた言葉に、小金井は言葉を失った。

 あまりにも眩しい若人らしい台詞の癖に、物騒で、頼もしさすら感じさせた。


 階段を降り切った二人は、ロビーへと続く一本道で佇む婦人の邪蓮華と目が合った。

 実際目がどこにあるか判明しておらず、あくまで二人が感覚的に陥っただけであるが、邪蓮華の態度からしてあながち間違いではない。


「まぁ、逃げる婦人を追いかける悪漢ね」

「物騒なもん回すやつの方が悪ぃだろ、誰が悪漢だ」

「小金井さん、話すだけ無駄だ」


 朝凪が一歩前に出て刀を構える。


「まぁ怖い」


 揶揄を含んだ笑い声で、小馬鹿にしてくる婦人の邪蓮華。

 邪蓮華に恐怖という感情があるのならば、もう少し厄介であろう。

 自由気ままに、食事をするために、快楽に従順な生き物なのだ。そのために人間と同じように武器を用いたいり、罠をはったり、怯える人間の反応を楽しむ対人間の殺戮生物。

 それこそが、人間と邪蓮華が共存できない単純明快な理由である。


「今日は些か良い事があってね、俺は気分がいいから落とさせないでくれ」


 朝凪が地面を蹴り、あっという間に邪蓮華の懐へと潜り込む。

 圧倒的な瞬発力に、勢いを乗せた重たい一撃が邪蓮華の溝内に入った。人間と違い臓器がそう複雑ではないため致命傷にはならないが耐性を崩すには十分だ。


「キィいッ」


 くの字になり後方へと飛んでいく婦人の邪蓮華を小金井が追い打ちかける。

 横転した婦人の邪蓮華に飛び乗って、核に目掛けて刀を突き刺すが、泥の中へと落ちていくせいで刀の先端が泥に突き刺さるだけで終わる。

 逃げ足が早い、とはこういった意味もあるのだろうと朝凪は理解し、ロビーへと向かっていく影を追いかける。


「八神さんっ琴吹先輩増援と敵連れてきました」

「敵まで連れてくるな朝凪ぃ!」

「助けてー朝凪くんー」


 八神の最もなツッコミと救援信号を出す琴吹。

 婦人の邪蓮華と対峙する八神は一度距離をとり、周囲の泥から生まれてくる蕾形態の邪蓮華をあしらっている。

 琴吹の方は紳士の邪蓮華と対峙しており、互いに武器でいなしあっているせいで明確に傷を与えるまでに至っていない。


「まぁまぁ貴方、人間たちのせいで貴方の元までいけないわ」

「おやおや悲しい顔をしないでくれ、いつもの事じゃないか」


 朝凪の隣にいる小金井が癪に触った様子で、拳を握った。

 

(生憎と邪蓮華は対象外なんだよな。そもそも性別がないだろあいつら)


 朝凪はロビーへと足を踏み入れる。


「ほら、小金井さん。目的は目の前ですよ」


 小金井は朝凪の言葉に背中を押されるように足を踏み出した。


「朝凪、だったか」

「はい」

「もし俺が死んだら、お前に任せてもいいかもな」

「……そんな重いもの、俺には背負えないですよ」

「冗談だ」


 二十五年の復讐の終止符が打たれると、小金井はその時確信した。

 きっと自分が死んでも、朝凪なら出来ると確信した男は、刀を邪蓮華たちが踊るロビーへと向けた。

 その剣筋に迷いは見られない。

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