第7話
丸川ホテル一階ロビー。
警察官五名と怪我人一名を背後に抱えた琴吹すずなは、槍を片手に邪蓮華と対峙していた。
身長は百八十ほど。頭部の蓮華は美しい純白の花弁が広がっている。美しく咲き誇る頭部とはチグハグに、スーツ姿の人間を模した格好だ。ご丁寧な事に靴まで再現している。彼の足元には影がなく、代わりに泥がドロドロと遊動しており。そこから邪蓮華の周りを漂う泥は垂れながらも宙に浮いていた。
重力を無視した泥がロビーの至る所に飛び散っている。
先ほどの銃撃戦の痕跡だ。床に散らばった薬莢は無惨にも切断されていた。
「厄介だなぁ」
「ふふ、心霊スポットに真昼から来るなんて、随分と可愛い子だ」
邪蓮華の開花形態。
蕾とは比較にならぬ強さを持ち、それと同時に人間と同等な知能と、同じ言語を伝えるコミュニケーション能力を持つ。
それでも人間と共存の道を歩む事は出来ないのは単縦明快な理由である。
「それでは、そろそろ食事の時間と行きましょうか」
地面の泥が浮き上がり、鎌の形をしたものが邪蓮華の手元に収まる。長さで言えば琴吹の槍よりも大きく、同じ中距離型でもリーチのある邪蓮華の大鎌に対して槍は若干劣る。
「全く、マナーのなっていない方だこと」
地面から先に足を浮かせたのは、琴吹の方であった。
核の定位置を目掛けて槍で突こうと突進する。大鎌で槍の先端をいなされた琴吹は、流れに逆らわず右足を軸とし体を回して邪蓮華の接合部に槍の柄をぶつける。
しかし琴吹の手に衝撃が来ることはなく、接合部を潜った槍は邪蓮華を通り過ぎてしまった。
「えぇ!そんなのありなのー?」
「子供と比較されても困りますよ」
邪蓮華の大鎌の柄部分が琴吹の腹部へと直撃し、琴吹の体は横に飛んだ。
槍を使い着地を成功させた琴吹であったが痛みと焦りにより額に汗が滲む。
息を着く間もなく泥による追撃が襲いかかり、琴吹は入り口の方へと走り出した。
泥が壁に衝突すると鈍い音が鳴り、めり込んでいる。その威力はとてもじゃないが泥というよりも鉄球であり、琴吹は「ヒェ」と若干引いた。
開花形態といえど、ゴリゴリの中遠距離型である。
警察官たちに注意が向かないように大立ち回りで意識を向けるべきだと判断した琴吹は大きく跳躍し、邪蓮華の泥をいなしながら頭部を狙い槍を投げる。
避けるのに意識を持っていく一瞬。その一瞬を狙い、足元を狙った。
図体に見合わず細い足は女子高生とはいえ、鍛えている琴吹の蹴りに体勢を崩し転倒する邪蓮華。
「琴吹先輩しゃがんでくださいっ」
応援に駆けつけた八神の指示に咄嗟に右足で邪蓮華の腹部を踏みつけ、上半身を倒した。
発砲音に続いて、泥の弾ける音が背後から聞こえる。
「背後からの奇襲なんて随分卑怯者じゃーん」
「使えるものは使うのが、正しい戦い方でしょう……ねぇお嬢さん」
「ッ琴吹先輩離れて」
銃を投げ捨てた八神が血相を変えて琴吹の元へと駆け寄ってくるのを視界に捉えた時には、琴吹の顔に泥が滴り落ちてくる。
光を遮断した周辺に気づいた琴吹が咄嗟に前方へと身を転がし槍を拾って後退する。
邪蓮華の影のような泥が躍動し、大きな邪蓮華を生み出している。頭部を左右に揺らし、泥を撒き散らかしている姿は不気味であるが、何よりも厄介なのはその泥から蕾形態の邪蓮華が生まれていることだ。
「ふぅ、やれやれ。寝た子を起こしてしまいましたね。眠りにつくまでどれくらい時間がかかるか」
開花形態の邪蓮華が愉快な声色で独りごちる。
「全くもー!さっきからなんなのッ非常口に出たっていう邪蓮華こいつの仕業ぁ?」
「どちらかというと、あちらの開花形態の方だと思いますが……琴吹先輩、あっちの腹立つ方はお願いしてもいいですか」
「いいけど、いいけどぉ。あのデカブツどうしようー」
「大丈夫です。私がやります」
「ヒェ、頼もしい後輩だー」
琴吹は槍を構え邪蓮華と向き合う。
表情はないはずだが、何処かバカにしたように笑っている風に見えた邪蓮華に琴吹から表情が消える。
よほど気に食わないのだろうと、八神は後ろに立つ琴吹の様子を見て刀に手を添えた。
一歩後ろに控える琴吹が三回、つま先で床を叩く。
三回目の合図が終わるのと同時に八神は軽やかに駆け出した。
「あの娘……夕顔流の使い手か」
夕顔流抜刀術。
剣術の美しさを極めたとされる西都の八条家の黄金水仙の一人、八条紅羽が生み出した抜刀術は流水のような洗練さが特徴だ。
流水を斬るように体の無駄な力を抜き、見惚れてしまう程滑らかな剣筋で邪蓮華の核を破壊していく。
大胆な動きのはずなのに、無駄の一切無い洗練された動き。一見矛盾しているような表現に見えてその実何も誤りはない。
琴吹も続いて、開花形態の邪蓮華へと攻撃を再開した。




