第6話
非常口の扉を開けた朝凪は飛び込んでくる蕾形態の邪蓮華へと蹴りを入れた。重心を崩した先頭の邪蓮華の心臓を突くと、不愉快な奇声を上げながら泥となり散る。
朝凪はそれから何歩か後ろに交代し、邪蓮華を迎え撃つ。
「朝凪ぃ!増援は」
「大丈夫です。下手に撃たれると動ける範囲が狭くなるので、男性を連れて下に避難を。邪蓮華討伐が完了次第自分もおりまっ」
「餓鬼は引っ込んでろ」
ワイシャツの襟を強引に後ろに引っ張られた朝凪は右足で踏ん張る。
「……」
引っ張ったのはホームレスの男であった。薄汚い容貌に加え、確かに感じていた悪臭が近くで感じ、思わず顔を歪める。
イケメンの凄みにホームレスはたじろぐ様子も無く、ただ焼き尽くすような炎を宿した瞳を邪蓮華に向き直した。
「餓鬼を連れてけ南雲。死ぬにゃ随分と早いだろ」
底の擦れた靴で地面を蹴り上げたホームレスは、軽やかに動き的確に邪蓮華の核を狙いながら、刀を振るっていく。
瞬発力も動きの無駄のなさも、どれもが一級品だ。
朝凪はホームレスの戦闘に思わず見惚れた。
五階部分の邪蓮華を瞬きの間に殲滅し終えてしまったホームレスは、階段を駆け上がって行き、朝凪は躊躇いもなく後を追った。
階段を飛ばしながら上った朝凪は上から飛び降りてきた邪蓮華の攻撃をいなし、蹴りを入れる。段差に打ち付けらた邪蓮華がすぐさま起き上がれないように足で踏みつけ邪蓮華の核を目掛けて刀を振り下ろす。
「キィい!!」
邪蓮華の奇声が背後から聞こえ、邪蓮華に乗せた足を軸に身体を捻りあげた朝凪は、回し蹴りを邪蓮華の胴体目掛けて食らわした。
「キイィッき、いい」
神経が確かにある邪蓮華には痛覚も存在する。
錆びている非常階段の手摺部分に頭部と胴体の接合部分を打ち付けた邪蓮華が呻いていると邪蓮華の核を銃弾が貫く。
『——こちら桃園、朝凪くん。上階にいる人は撃ちますか?』
「撃たない方がいい。俺が後を着いてくから、桃園は変わらずで頼んだ」
『……うん。わかった』
朝凪が踏みつけていた邪蓮華の核を壊し、階段を上ると、ちょうど階段の足場にぶら下がっているホームレスと目が合う。
「逃げろっつっただろクソガキ」
「南雲巡査部長と知り合いなんですか」
「……学生時代の知り合いってだけだよ。あっちは俺の事覚えてねぇみたいだがな」
ホームレスは下半身を揺らし勢いをつけ、邪蓮華のいる下の階へと降りていく。朝凪は慌てて階段をショートカットしながらホームレスの後を着いて行った。
四階へと降りたホームレスは非常口の敵を殲滅していた。
(いくら蕾とはいえ、踊り場に溢れる邪蓮華をものの数秒で)
朝凪は刀を握る手に力を込め、ホームレスを見下ろした。
どうしてここに?
何者なんだ?
南雲巡査部長の学生時代ということは警察関係者?
刀を所持していると言うことは黄金水仙関係者かもしれない……。
グルグルと色々な考えが脳を巡っても答えは帰ってこない。
「八神、琴吹先輩、邪蓮華の方は」
『こちら八神、三階は対応完了。急いで四階に向かう』
『こちら琴吹ー、リネン室にて学生を保護したよー。足を怪我しているけど手当されているから問題はなしだ——え』
『琴吹先輩どうしたんですかっ状況の共有を』
琴吹の言葉が途切れ、向こう側から銃声が聞こえてくる。
只事ではないと察した朝凪はホームレスの男へと声をかけた。
話が通じるかもわからない。そもそも敵か味方かもわからない現状で、持ちかけても大丈夫かの保証もない。
それでも少しでも被害を最小限にするには利用出来るものはするべきだ。
(大丈夫なはずだ。いくら相手が強かろうとこっちには警官と生徒会の二人がいる。あの二人も強い)
「八神さん四階はもう大丈夫だから一階におりて琴吹先輩の援護をお願い。俺も要件が終わり次第向かう」
『わかった。せいぜい気をつけろ』
八神からの通話も終わり、朝凪は泥に塗れたホームレスへと向き合う。
心を決めた朝凪はホームレスの男へと話しかけた。
「……協力しませんか。いえ、してください」
階段を降りるたびに、音が嫌に反響する。地面を通じて緊張が伝わってしまわないかと不安になる程、脈打っているのが分かった。
(父さんがよく何が最善で最良か決めろって言ってたっけ)
ここでの最良は現状ホテル探索をしているメンバーを失うことなく、学生の保護をすることだ。邪蓮華の討伐は、最悪編成を組み直しても可能だ。
その為にも強力な助っ人がいれば、成功率はグッと上がる。
「学生の保護は完了しました。ですがその道中トラブルが発生し通信が途切れています。貴方の力を貸してくれませんか」
誰の目から見ても眩しく感じるほど、素直な助けを求める言葉であった。
若人らしい愚直とも言える取り繕いのないまっすぐな言葉は、ホームレスの、小金井策羅の足を止めるだけの価値があった。




