第4話
馬酔木市鈴蘭町五丁目。廃ビルに囲まれ、既に切れた街灯がぽつんと立つ人気の無い裏通りは、陰鬱な空気を漂わせていた。
ここを真っ直ぐ行き、途中で別れた細道を右にいけば行き止まりの塀、右側には年季の入ったアパートである鈴蘭メゾンがある。
家賃が安いとはいえ、こうも薄暗い道しか通りのない場所を借りようとする住人もいたものだと朝凪は半分感心し、半分呆れた。
とはいえ、今は無人の館。大家も別宅に住んでいるので本来ならば誰も住んでいないはずだ。
「お疲れ様です南雲さん」
「おう、久しぶりだな朝凪くん、八神くん、琴吹くん」
東都警視庁本部生活安全局邪蓮華対策課に属する巡査部長、南雲晶が煙草を口から離しながら挨拶をする。
今年で齢五十を迎える南雲巡査部長とは多くの任務で一緒になる事が多い顔馴染みである。
携帯灰皿に吸い殻を入れ、ポッケへと突っ込む南雲巡査部長は匂いを払う動作をしながら説明を始めた。
「齋藤くんと桃園くんはどうした」
「二人は既に配置に着いてもらってるんですよー」
生徒会庶務である琴吹すずなが首を傾げつつ返答する。
三年生である琴吹は、自身の背丈よりも長い笹穂槍を片手に握り、もう片方の手では端末を操作している。
スマホの画面を南雲巡査部長に見せれば、ああ、と微かに嗄れた声で返事をした。
「分かった。こっちから派遣した方がいいか?」
「いいえ、いつも通り齋藤先輩だけで十分です。民間人の避難に注力してください」
朝凪が腕時計を確認する。
時刻は十一時十五分。
作戦開始時刻を迎えた。
「まずは学生の保護が最優先。邪蓮華は開花形態のため、一人で戦おうとするな。遭遇した場合合図を送り、学生が一緒にいた場合は学生を外に連れ出し必ず保護を優先しろ」
朝凪がキープアウトのテープの下を潜り、現場への通路に足を踏み入れる。
異様な空気を肌で感じ、地面を踏みしめる足の力が無意識に増した。
日の当たらない場所独特の雑草の匂いとやけに響く足音。
カツカツと足音を鳴らしながら後ろを歩く八神の隣では、飄々とした様子の琴吹が周囲を見渡している。
「ここだな」
鈴蘭メゾン。写真で見るよりもおどろおどろしい雰囲気があり、心霊スポットと言われても納得する雰囲気がある。
朝凪は思わず眉を寄せ、警戒レベルを上げ、刀に手を添えた。
続いて琴吹は笹穂槍を握り直し、自然体を意識する。何度か深呼吸をし、肩の力を抜いた。
「それじゃあ行こっか。肇ちゃん、飛鳥ちゃん、そっちの準備は?」
琴吹が問い掛けるとインカムに雑音が入り、少しして機械のノイズ混じりの女声の反応が聞こえた。
『こちら齋藤、桃園と共に配置には着いているわ。何時でもどうぞ』
齋藤の返事に、朝凪率いる前衛隊はアパートへと足を踏み入れた。
「朝凪、一〇一号室確認。学生、及び邪蓮華の姿は見えない」
朝凪の報告に続き、インカム越しから八神と琴吹の報告が続く。
『八神、二〇一号室も同様だ。人の気配も邪蓮華が入った痕跡もない』
『琴吹、一〇五号室にて邪蓮華の痕跡あり。でも人の姿も邪蓮華もいないー。もしかしたら他の部屋に移っているか、外にいる可能性もあるから気を付けてね二人とも』
結局、一〇五号室にしか邪蓮華の痕跡である泥と花弁の跡があっただけであった。
外部の状況から判断し、既にアパートはもぬけの殻であると決定付けた一同は、一度報告する為に南雲巡査部長の元へと向かった。
「はぁ?白草の学生の姿すら無かったのか」
「はい。それどころか血痕も見られず」
行方不明の白草高校の学生に、姿の見えない邪蓮華。
知能が低くただ目の前の餌に食いつくだけの蕾形態ならばまだしも、罠を仕掛け人間と近い知能を持つ開花形態な今回ならば、何をしているのか想像がしにくい。
人間に近しい知能であっても、人間と同じ思考ではないのだ。
「……朝凪。確か梅宮先生は白草高校の生徒は肝試しに行ったんだよな?それで一人帰ってきていない」
八神の問い掛けに南雲巡査部長がハッとする。
朝凪も、八神の質問の意味に気が付き、慌ててスマホで検索を掛けた。
「【丸川ホテル殺戮事件】以来、あそこは廃ビルとなって心霊スポットになってる。そこで遭遇したとするならそこにいると考えるべきだ」
望月に見せて貰ったものと同じ記事を提示する。琴吹は眉間を揉みこんで、冷静に対処するべく頭を回転させた。
「でもホテルって、人員が明らかに足りないけど、どうしよ」
五階建てのホテル。普通の建物ならばともかくホテルとなれば部屋数も多い。また、従業員だけのスペースもあるのだから時間との勝負である現状、三人だけの突入は得策では無い。
「……なら、うちから数名派遣しよう。ただ、こっちは銃くらいしか武器を所持していないし、邪蓮華との戦闘経験もない。三班にわけての捜索でいいだろうか」
「寧ろ有難いです。見つかりさえすれば、あとは此方で対応しますので」
朝凪の返答を受けると、無線を取り出した南雲巡査部長は周辺の警官へ収集を掛ける。
一方で前衛隊の学生の元に、一件のファイルが送信された。
差出人は桃園である。
『あの、今丸川ホテルの館内マップを送りました。わたしと齋藤先輩は場所を移しますけど、他に調べておく事はありますか?』
『こちら側の建物じゃ、丸川ホテルは少し射撃しにくい』
桃園側の方では既に階段を下りる音が反響しており、既に移動が開始されているのが分かった。
朝凪は八神と琴吹と顔を合わせ、問題ないとだけ返事を返す。
「とりあえず確認をしよう。エレベーターはまず使えないだろうし、琴吹先輩はホールと一階、八神は二階と三階、俺は四階と五階を担当しよう。もし遭遇したらインカムで連絡を」
カンカンと軽くインカムを叩く。
朝凪は、前衛部隊二名と警察官十五名を引き連れて再度探索を開始した。




