第31話
黄昏学園の選抜組が帰還する事になったのは、交流会から六日後であった。
その前日、最後の機会だからと黄昏学園側からの懇親会をしたいと要望があった。例年行っている事だが現状狙われている可能性が非常に高いからと、上の人間は苦言を呈した。
それで聞くような人間ばかりではないので、結果的に前日の土曜日に黄金水仙隊の人間数名護衛の元懇親会が開かれる事となった。
「残念なことに決着は着きはしませんでしたが、第六十一回目の姉妹校交流会の終了を記念しまして、乾杯!」
真面目に音頭を取った佐々木に合わせてグラスを軽くくっつけ会う生徒達。
和やかな雰囲気が流れる宴会会場で、暁天学園と黄昏学園の生徒、付き添いの教員が口を開き始めた。
「いやー、楽しかったねー交流会」
「私は楽しくなかった……」
「えー、私は鈴鹿ちゃんと会えて嬉しかったよー?」
「一体どの口が」
「うふふー、この口」
琴吹と菊池が戯れる。わざわざ隣の席に琴吹が移動しているので、齋藤は微妙な視線を柳と共に送っていた。そんな二人は目が合うと乾杯し直し、肉を摘んだ。店内完全貸切の空間は学生達が騒いでも全く問題がない。
「俺なんか場違いな気がするな……」
「そんな訳ないよ円藤くん。そんな事言うなら最初に脱落した俺の方が場違いだよ」
「そ、そんな事ないですよ二宮先輩!あの琴吹先輩を一度でも地面に着けたんですからすごいっす!」
「そうっすよー先輩。琴吹先輩ってうちの学校じゃ夜叉って言われてるんの知ってます?」
「え、怖」
活躍の場が少なかった円藤と望月、二宮が話を始める。波長の合う普通の男子高校生達らしく会話を広げた。
「紗羅ちゃん、これ、美味しいよ」
「む、なんだこれ」
「レモンのバジルソテー。鶏肉好きだよね」
「いただこう……ん!美味しい」
「九条、私も食べもいいか」
「うん、はいどうぞ」
餌付けをする九条と、一つずつ反応をする八神。幼馴染という関係性よりもどちらかといえば下の子を溺愛する子という関係の方が近しく見える光景だ。
物部もそこに自然と混ざり、育ちの良い者たちが固まった。
「でね、ミツバ先生が帰ったらチェリーパイを焼いてくれるんですよー」
「はぁ……」
「話変わりますけどセンパイってあの朝凪幽緋の息子さんなんですかー?」
「……そうだけど」
「へぇ、あの人の映像見ましたけど強いですよねー。戦いたいなぁ」
ジュースに口を付けた一ノ瀬から視線を外し、隣に座る望月に肩をぶつけて助けを求めた。視線を合わせた望月は瞠目し、肩をぶつけて会話に戻ってしまう。
(くそ、助けてくれよ)
裏切られた気分になっていれば一人で話を続ける一ノ瀬。話は戦う事とミツバ先生の事しかない。仕方が無いので、まだマシだと判断したミツバ先生については会話をする事にした。
「ミツバ先生ってのは、学校の先生?」
「ううん、昔居た孤児院の先生だよー。この人」
スマホで写真を見せられれば、寡婦の様な妙齢の女性がそこに立っていた。年齢は三十を過ぎているであろう女性はピースをしている。隣にいるのはセーラー服を来た一ノ瀬だ。満面の笑みを浮かべている一ノ瀬の後ろには卒業式の看板があった。
(女性だったのかミツバ先生って人)
脳が勝手に男性だと思い込んでいた事を恥じた朝凪姿勢を直した。そのまま烏龍茶に手を伸ばす。
その後は延々とミツバ先生の話を繰り返し、褒め讃え惚気ける姿に胸焼けをした朝凪は席を立って外の空気を吸いに行った。
「はぁ、長かったな」
これでミツバ先生が男性ならば、際限なく聞いていたかもしれないが生憎とそうではないので朝凪は席を外させてもらった。興味のない人間の惚気など聞くだけ疲れるだけだ。
ただでさえ連日生徒会の仕事があり帰宅が遅くなったのだ。休みの日くらいは家にいたかったのが本音だったが、思い通りに行く事の方が少ないのだと割り切り始める。
(……それに、前だったら九条先輩と八神さんの関わりを普通に見てただろうけど今だと少し、いや別に萌えるけど。全然イチャついてもらって構わない気持ちはあるけど)
それとこれは別だ。
夢男子とノマカプ厨の狭間で揺れている気分だ。
世のキメラと言われるタイプのオタクはどう割り切っているのか。朝凪は尊敬と疑問の念を抱く。
「随分疲れた顔をしているね」
朝凪が声の主の方へ身体を向けると、眉間の皺が深いサングラスのミドルの男性が居た。聞き心地のよく眠気を誘われる低い声はどことなく朝凪の父と似ている。
「九重さん」
黄金水仙隊朝凪隊隊員、九重。審判として参加していた職員である。
「少しだけ疲れました。あまりこういうのは慣れていないので」
「はは、そういう所君のお父さん、幽緋さんによく似ているね」
「父にですか?」
「ああ、歓迎会や打ち上げとかの飲み会だと壁の花になっていたよ。誰かと特段離さず、お酒も飲まない。仕事熱心な人だったよ……本当に辞めたのが残念だ」
朝凪幽緋という男が黄金水仙隊でも有名人な事は、朝凪とて知っている。
数々の邪蓮華を討伐し、若干二十歳にて班長を任される程の才覚を持っていた朝凪幽緋の電撃引退。
それはかつての部下であった睡蓮夫妻の死亡、つまる所朝緋の実の両親が死んだ事。それに伴い養子を受け入れた事が原因と言われている。
「父の功績については耳にしていましたが、人付き合い苦手だったんですね」
「苦手というか多くを語らない人ではあったよ。でも、人を惹きつける人でもあったから慕われていたよ」
朝凪幽緋の昔話を聞いていると、同じ男として憧れる部分が多い。なのより親の話を聞くのは好きなので朝凪は九重の話に耳を傾けた。
そうしている間に、時間は十分経っただろうか。
そろそろ戻ろうとした頃、路地裏から少女が飛び出してきた。
(随分と変なところから)
「助けて!」
朝凪と目が合った少女が朝凪の足にしがみついた。
その振る舞いに目を見開いた朝凪が九重と顔を合わせると、遠くから複数名の足音が耳に入ってくる。
ただ事では無いと察した九重はすぐさま店の中に少女と朝凪を突っ込んで一人外で待機した。
「どうしたんだ朝凪……なんだその子」
トイレから出てきた八神が朝凪へと声を掛ける。しゃがみこんで少女と視線を合わせる八神に気付いたのか、九条が席を立ち二人へと近付いた。
「どうしたの朝凪くんその子」
「わ、分からないです。今九重さんが外の様子を見てくれてますが」
ズボンを掴んで話さない少女は八神に視線を向けるとポロポロと涙を流しながら八神の服の襟を掴んだ。唇を噛み締め震える姿に只事ではないと察した九条が水を持ってくる。
「ひとまず水飲もっか、飲める?」
「ぐ……ゥ、けほけほ」
「と、とりあえず落ち着こうな。ほら、泣いてちゃ何も分からんぞ」
続々と違和感を感じ取った面子がぞろぞろと状況を確認しに来る。
「なにその子?紗羅の知り合い」
「いや、朝凪が連れてきました」
「じゃあ朝凪の?」
「いや、俺も初対面……あ!行方不明の子」
突如朝凪の脳に電撃が走る。
兄の探偵事務所で見かけた写真の少女と顔立ちが全く一緒であった。雰囲気こそ違って見えるが顔が一緒である。
「行方不明?」
「……ぐ、ぅぅう」
「兄さんの事務所で写真を見た、数ヶ月前から行方不明になって探してるって……多分あってる」
「じゃあお兄さんに連絡した方がいいかもねー朝凪くん」
「はい、それじゃあ少し待ってて貰って」
琴吹の言葉に同意した朝凪が腰ポケットから携帯を取り出した。
その刹那銃声が反響し、それと同時に一ノ瀬が刀を携え店の外へと飛び出した。
何が起こったのか確認の為そっと外を覗けば肩を抑える九重と二人組の男性をのしている一ノ瀬が佇んでいる。瞬殺という言葉がこれほど相応しい現場もそうないだろう。
酷くつまらなそうな一ノ瀬が刀を棹に納め、九重の方を向いた。
「救急車よんでーせんぱい。ついでに警察も」
「ああ。わかった」
救急車と警察を呼んでいる間に二宮が拘束バンドで加害者達の動きを封鎖する。店主から救急セットを貰った望月が九重の処置に掛かる。
拳銃をつぶさに観察していた京極は、違和感に気付いたのか九条へ声をかけた。
「これ、国内のやつじゃないね。みて九条」
「……蜂?」
グリップには蜂のロゴが印刷されている。少なくとも国内で製造しているロゴとは全く違う。望月も九条の後ろから覗き込んで確認した。
「外国産っすかね。ちょっといいですか?」
「はい」
手渡された拳銃をまじまじと見る望月が目を寄せながら三百六十度様々な角度で確認した。
「これ、輸入品ってより持ち込んだ物の方が認識正しそうっすね。結構使われているぽいですし。こことか多分最近の傷じゃないですし」
「確かにね……」




