第32話
懇親会はお開きとなり、再び警察にお世話になる事となった。乾杯の音頭を取ってからそう時間が経っていない為、本来の料金に上乗せし店の方に謝った一同は警察と共に警視庁へと向かった。
「寝ている?」
「うん」
待合室で待機する八神の膝を枕とした少女が泣き疲れたのか夢の世界へと旅立った。何者かわからず何故追いかけられていたか分からない以上話を聞かなければならない。まだ幼げな少女が本当に行方不明の子ならば、親元に早く返してあげたい。
九条は少女が身体を転がす反対側、八神の隣をちゃっかりとキープして座っている。目を細めて少女を見る九条の感情はイマイチ読み取れず、朝凪は視線を落とした。スマホにはすぐ行くと兄から通知が来ており、それ以降は音沙汰ない。車を運転しているであろう兄が出ないのは当然であったが、少しだけ心臓が締め付けられる。
恐らくは同情だろう。
写真で笑っている少女と、助けを求めてきた少女の身なりは酷く違った。
衣類のサイズは合っておらず髪の毛も艶が無い。何よりも写真より痩せていた事から、少女がまともな生活を送っていなかった事がわかる。
突然かわってしまった生活に現れた助けてくれる人間の大きさを知っている。縋る先を喪失した子供が少しでも安心出来る環境作りに励む為にも、朝凪は席を立ち自販機へと向かった。
「大丈夫かよ朝緋」
「……宵か。足音立ててくれ」
「立ててたよ。お前が気付かない程上の空なだけだったんだよ」
ベンチに腰をかけた望月がズボンに手を突っ込んだ。
粗雑な動作だが、乱暴には見えずそれは望月の人柄を表していた。小柄だが男前で、誰とでも分け隔て無く接する望月は弟を溺愛している。
しかし最初からそうではなかった。
交通事故で母親を亡くした望月は荒れに荒れ、夜遅くまで帰らなかったり授業をさぼっていたりと、素行不良な生活を送っていた。やがて近所のお姉さんである杏にビンタされて目を覚まし、家族を大事にする男が出来上がった。
「つーか、髪まだその色にしておくのか朝緋、ピアスも」
「気に入ってるし。宵は金髪にしないの?」
「もうしない。小柄のチビが髪染めてたってイキって見えるだけだろ。お前みたいに顔は良くねぇよ」
「別にカッコよかっただろ、行動はダサかったが」
ココアに水に麦茶にジュース、ついでに炭酸を選んで望月に半分は持たせた朝凪は待合室へと歩を進めた。
「あの子の親御さん大丈夫かな」
「さぁ、兄さんが一応依頼人と連絡を取ってから来ると返信きたけど。でも、依頼人って親御さんの兄弟なんだったはず」
「じゃああの子親いない?」
「可能性はあるな」
「つか、なんで追われてたんだろうな」
「結局、そこに辿り着くよな」
望月に続いて待合室へと入ると少女が薄らと瞼を開けている。ソファーに凭れかかった少女は、未だ夢現な状態だ。
「ん、お兄ちゃん……?」
「……」
八神の袖を掴んだ少女の意識が明瞭になり、周囲の状況を確認する。
確認した少女がまず起こしたアクションはパニックであった。
「え、あ、よ、呼んでくる」
「待って紗羅ちゃん。女の人が居た方がいいだろうし僕がいく。万が一危なくなったら気絶させて」
九条が待合室から飛び出し、警察官を呼びに行く。
悲鳴を上げ角へ逃げた少女は蹲って引き攣った声を漏らす。
「やだ、やだ、おじちゃん、やだ……うぅぅ、けほ、けほ」
脱水症状を起こしているのだろうと、朝凪は水の入ったペットボトルを片手に近付いた。
「大丈夫、俺たちは悪い人間じゃない」
「ひ、ひ、ふ」
「ここは警察の……お巡りさんが沢山いる所だからもう安心して」
「は、は……うぅぅ」
「水、飲まないと喉カラカラになっちゃうから、置いておくよ」
朝凪は出来るだけ優しく物腰柔らかに少女と距離を取った。
それから水を傍に置いて敵意が無いことを示す。しかし目は逸らさない。誠心誠意に向き合ってもらう事で得られる安心感を、朝凪は知っている。
「……お、おじいちゃん、こ、こ、殺されちゃった」
「おじちゃん……?」
「や、八百屋の、おじいちゃん、うぁあああああああ」
泣いても焦らず、次の言葉を待つ。子供相手ならば忍耐力が物を言うのだ。
それから少しして九条が警官を引き連れて待合室に戻る。既にパニックが収まり、涙は止まらないものの水は飲むことが出来るくらいには落ち着いていた。
完全に泣き止んだ少女、もとい猫山美鈴は水をチビチビと飲みながら朝凪の隣で大人しくしている。
冷静な子供だ。
「一応現場に確認しに行ってもらっている。お嬢ちゃん、どこから来たか言えるかい?お家の場所とか、ご家族の事とか」
「ぁ……あのね、あの、ま、ママは何処か連れて行かれちゃって、パパは刀作る職人さんで、あたし、人質にって暗いとこに連れて行かれて、お兄ちゃんが逃がしてくれたの」
いまいち要領を得ないが、子供の説明をまとめれば父親は刀匠であること、母親は猫山とは別の所に連れていかれたこと、猫山美鈴とその兄も同様に誘拐されたことの三点だ。
「猫山といえば刀匠星咲じゃん。朝緋、知り合い?」
「いや……父さんの刀は確かに星咲のだし俺もそうだけれど。流石に会ったことは無いと思う」
朝凪が刀の柄を撫でる。
「ひとまず刀鍛冶を見に行った方がいいかもですね。人為的に見えますから黄金水仙隊の方より警察の方に動いてもらうのが良いかもしれません」
そうして視線を九条が公安の人間へと向けられる。
公安部所属、葛城警部補。
今回襲撃した男性二人組の所持する武器が密輸品なことと、蜂のロゴマークから国際犯罪組織である【honey bee】の関与が疑われた為、今回捜査第一課ではなく彼らが動くこととなった。誘拐が本筋ではないと睨み、元より【honey bee】に目をつけていた公安部が捜査一課に直談判をしに来たというわけだ。
「それでは僕たちはこれで。紗羅ちゃん、送るよ」
ここらでお暇をしようと九条が席を立つ。
その動作を阻んだのは八神であった。袖を掴み、腰を持ち上げるのを静止させる。
「待て、ここで引くつもりか一鶴」
「……紗羅ちゃん。今回の事件は邪蓮華が関わってないんだ。僕たちの出る幕では」
「子供が泣いているんだぞ!それに【honey bee】は水瀬孤児院での関与が疑われていた、邪蓮華と殺し合いをしていたと一ノ瀬も言っていただろう、無関係とはとてもじゃないが思えない。頭のいい貴様ならわかるはずだ」
家族を含む刀匠の誘拐事件は、恐らく【honey bee】が行なった。ならばその目的は何かをなど、容易に想像がつく。
「刀匠が誘拐された、そこから導き出されるのは二つだ」
「一つは日本での武器の生産率を下げる為」
「……もう一つは武器を作らせるため、誘拐したということは恐らく後者だろうな」
望月と朝凪の言葉に、八神は首を縦に振った。
日本は現状武器の生産を国内で留めている。それは黄金水仙隊だけではなく警察や自衛隊が所有する武装具は勿論、武具の類もである。かつての日本のような鎖国状態ほどよりは緩いが、持ち込みする品物の規制は強まった。
簡単な話、邪蓮華が好む物質により貿易港の壊滅や国際問題を防ぐためだ。もっとも、一条椿の策略がなかったと言えば嘘にはなる。
「過去に起きた事件を忘れたのか?海外産が悪いと言っているわけではない、ただ犯罪組織が製造し、それが流出したとして被害が出ないと思うのか九条。他人事な話ではないんだぞ」
「でもいくらなんでも相手は殺しも厭わない犯罪組織だ。紗羅ちゃんがもし仮に死んだら、死んでしまったら僕はどうすればいい」
九条の弱気な態度に八神は深呼吸をした。
呆れた様子で九条を一瞥した後、胸倉を掴んで顔を寄せる。九条が耳を赤くするが、八神は気が付いた様子は無くドスのきいた声で詰め寄った。
「それなら私を見ていろ、目を離して不安なら私を生かせ……それでも駄目なら私一人でも行くぞ」
「……ああ、もう!頑固だなぁ紗羅ちゃんは」
九条の声色には諦めと渇望が入り混じっていた。
八神が押して、九条が受け止める。そんな形が当たり前のように成り立っている関係性に朝凪は羨ましくなった。
二人に視線を向ける朝凪に隣に立つ望月が、幼馴染へと顔を向ける。
察しのいい男は、幼馴染の恋心に当人が自覚する前から気づいていた。
自覚してからの幼馴染のわかりやすさは、望月も呆れるレベルであった。逆に気づかない八神に対して恐怖心を抱くくらいである。
「少し待ちなさい」
「葛城、警部補」
「八神紗羅さん、貴方に何かあった場合貴方の大叔父様に私たちが雷を喰らいます。私たちの肉体と精神の為にも大人しくしていただけませんか」
「う……」
同世代だと勢いがいいが、年上に対してはもごもごとしてしまう八神。あからさまに肩を落とし、眉を下げているのは普段の八神らしくは無い姿だった。
(ほとんどの世代に対しての特攻持ちなのに、年上には弱いんだな)
相手が警察官ということもそこそこでかいのかも知れない。
「それに、聞きましたよ。貴方たち命を狙われているって。仮に同一犯なら危険なんですよ。わかっていますか」
「……葛城さんの意地悪」
「意地悪で言っているんじゃ無いですよ紗羅ちゃ、八神さん」
葛城が長い足を曲げ、八神と視線を合わせる。リムレスメガネのブリッジを押し上げ、子供を嗜めるような穏やかな表情で窘めにかかる。
「貴方が心配でもあるんだ。あまりおじさんの心臓に負荷をかけないで?」
八神は九条への態度をどこにやったのか大人しくうなづいて黙ってしまった。
ここに来て新たなメロい男の登場に朝凪は脳がヒートを起こしそうであった。見た目よし、警部補ということはキャリア、純キャリアだろう予測を立てる。スーツ越しでも分かる肉付きの良さにオールバックの男とは、優良物件にもほどがある。恐らくは引くて数多だろう。
そんな男が見せる柔和な表情には、側で見ていた朝凪も心臓を撃ち抜かれた。
メロついている朝凪と八神の思考を無理矢理現場に戻すように電話のコール音がなった。
「すいません、俺っす。真日流からビデオ通話……?」
望月が手を挙げ、携帯を確認する。
訝しげな望月が朝凪に視線をよこすので、ふと心臓がざわついた朝凪は通話開始のボタンを横から押した。
「……は?」
声を漏らしたのは朝凪か望月か。
スマホの画面一面に映る光景に二人は目を見開き息を呑んだ。
その二人の異様な光景に葛城警部補と八神、九条もスマホを覗き込んだ。
「桃園に、有明……」
薄暗い場所で猿轡と目隠しをされている二人の知人が、椅子に座らされ拘束を受けていた。




