第27話
暁天学園で一度保護を受けた黄昏学園選手組は一度ホテルへと戻る事となった。しかし大事に備え、暫くは連泊し、安全確認と聴取が終わり次第解放となる学生たち。彼らは暇を持て余していた。
「はぁああああああ」
盛大な溜息を吐いた京極はスマホゲームでLOSERの文字が浮かび、膝の上に落とす。顔を両手で被った京極は、マネキンをぶつけられた頬を摩り、脱力した。
試合でも負け、ゲームでも負け、とことんついていない。
「もーいっか、ログボだけは受け取ったし今日はやめよ」
スマホの電源を切った京極に、同室の菊池が声を掛ける。
「京極先輩って誰にやられたんですか」
「ぐっ生意気な後輩め……齋藤よ齋藤。マネキンでぶん殴られた」
「あー、あの人か」
齋藤肇。かの新撰組斎藤一と音が一緒な女流剣士。
四条家が生み出した稲荷流の使い手であり、剣の腕だけでなくハッタリをかます度胸やや腕力も常人離れしていた。
そういう天性の才がある女であった。
しかしそれを理解していても腹が立つ。齋藤の顔が脳裏に浮かんだ京極はベッドの枕に顔を埋めて叫ぶ。
「矢が本物なら勝ってた……いや、後ろにはどの道いたんだから後手に回った時点でうちの負けか」
齋藤の力量を見誤った京極のミスである。あんなわかりやすい罠に掛かる自分も、早々と負けた自分も嫌になる。反省点ばかりが浮かんで嫌になった京極はベッドに横になり、菊池へ声を掛けた。
「そういう菊池はどうなの?琴吹さんと知り合いだったみたいじゃん」
「……別に」
菊池がベッドへと倒れ込む。一つ挟んだ先のベッドで横になる菊池は明らさまに不貞腐れており、上手くいかなかったことを物語っている。
九条も九条であるが、菊池は別の意味で拗らせていた。でなければ幼少期に琴吹と撮った写真を丁寧に折りたたんでスマホケースに入れるわけがない。今時携帯でのデジタル保存が主流の中、随分とアナログだ。偶然写真を落として拾った京極は、顔面蒼白な菊池と初対面を交わした。今にも死にような顔色で、写真を探す菊池と交流するようになったのは去年の話だ。
「みんな面倒だね」
「九条会長好きな癖にツンケンしちゃう先輩よりマシでぐふ」
「別に好きとかそんなんじゃないから!」
顔面を赤くする京極から枕を投げられ菊池が顔面を両手で覆った。
「じゃあねー先生。帰ったら結婚してくださいね、おやすみなさーい」
京極とは裏腹に好意を隠そうともしないだらしない表情の一ノ瀬が部屋へと戻ってくる。緩み切った表情の一ノ瀬が電話を切ると、ベットへとダイブした。
京極が苦言を呈するが、好きな人と会話したばかりの一ノ瀬はトロトロで京極の言葉は耳に入っていない様子だ。
「一ノ瀬はあまり気にしてなさそうね」
「何がー?」
「楽しみにしてたじゃない、朝凪と闘うの」
「んー、まぁ仕方ないよなぁって思うの。でもちょっとだけ手合わせできて楽しかったなぁ——次はもっと殺す気で来て欲しいな」
足をパタパタとさせる姿は可愛らしいのに発言が物騒だ。明らかに人格形成の段階で失敗している。
実際、失敗しうる環境にいたのだから仕方ないといえばそうなのだ。京極はふと昔の新聞記事を思い出した。
「あまりやりすぎると先生に怒られるよ」
「えー、怒った顔の先生も素敵だけど怒らせるのは嫌かなー」
今やこんな風で期待の新星として活躍する一ノ瀬であるが、彼女の名前は西都の人間ならローカルニュースである程度認知している。
水瀬孤児院の院長殺人未遂事件。まだ十歳の子供が起こした事件から浮き彫りになった孤児院の違法な運営と後ろ暗い繋がり。孤児への虐待や支給金の私的利用。職員への賃金未払いなど叩けば叩くだけ埃が出た。その中でも悪辣なのは孤児に邪蓮華と戦わせる試合を行なっていたらしい。その後死亡した孤児を売り払っていたという噂もあった。
【honey bee】と呼ばれる中国の犯罪組織が関与している可能性がある、という情報までは出ていた。
別の事件により上書きされたのでどうなったかは知らない。
「……ミツバ先生元気?」
「んー元気そうだったよー。早く会いたいなぁ」
その後、孤児院の人間の多くは別の場所へと移動したが一ノ瀬は一ノ瀬家の養子として迎え入れられ徒花流の使い手となった。一条家が引き取らず親縁にあたる一ノ瀬が拾ったのは、面子もあったのだろう。
多くの大人が腫れ物扱いする中で、ミツバ先生だけは違ったのだと一ノ瀬は昔生徒会で話した。
「結婚したいよー」
「好きだね、これぐらい京極先輩も素直になればいいのに」
「ねー。まぁ紗羅ちゃんがいる限りは無理だろうし、今世は諦めた方がいいと思う。紗羅ちゃん死んだらさー、絶対九条も後追いするもん」
「うるさーい」
フォルダをスクロールする一ノ瀬がカラカラと笑う。
道場で何度か試合を交わした事をきっかけに一ノ瀬と九条は他の人間と比べても九条と交流が深い。それこそ互いにライバルだと思うて緯度には繋がりがある。もっとも、試合以外では互いに八神のことかミツバ先生のことしか話さず会話のキャッチボールすら成り立たないが。
そのため九条がどれだけ八神紗羅という人間に脳をやられているかも知ってる一ノ瀬だからこそ、希望は持たせるべきではないと思っている。中途半端に希望を持つ以上に恋で苦しい事は無い。
「わかってるよ馬鹿、阿呆、間抜け、拗らせ女」
「えー。マネキンでぶん殴られた先輩ほどマヌケじゃないです」
「一ノ瀬表出な」
「きゃー!」
戯れている女子生徒陣の部屋でノック音が響く。
全員が警戒心を抱きながら口を閉ざす。出来るだけ物音を立てぬようにシーツから降りた一ノ瀬が刀を片手にドアスコープを覗いた。
「……はぁ、どうしたの九条ー?」
「反省会をしようと思ってね。ロビーに集まろうと思って連絡したんだけど、皆無視してるからこうして呼びに来たよ」
「あれ、やるんだ。先生と電話してて気が付かなかった」
ちょうど通話時間に来ていた通知をタップすれば、確かに反省会を行う旨が書いてあるメールが届いた。このご時世トークルームを作っているのにも関わらずメールで一斉送信する九条の年上感は不思議で、一ノ瀬は若干理解出来ない。
女子生徒陣は軽く身支度を整え、ホテルのロビーまで移動した。
しかしいくら真面目な高校生たちとはいえ、話は徐々に脱線する。やれ暁天学園のあの子は可愛かったやあそこの観光地に行ってみたいなどズレていく。
二宮と菊池は琴吹が怖かった話をし、京極と物部と柳はコラボカフェや観光地の話題で盛り上がり、一ノ瀬と九条は互いにミツバ先生と八神の話しかしない。
そんな風に夜が更ける。
日中は武器を振るう彼らも、一介の高校生として眠りにつくのだった。




