第26話
爆発音が轟くモール。ガラスの破片が床に飛び散り、至る所で爆破の痕跡が残る。
パチパチと燃える火花に、ふと故郷を思い出した。狂い咲きの彼岸花に、邪蓮華により裂かれた人体から溢れ出す血液。焦土と化した村。焦げ臭い匂いが鼻腔を刺激し、友人たちの死に様がフラッシュバックする。
あの時、朝凪だけが生き残った。
それが運命だとしたら、なんてセンスのない神様なのだろうか。
「考え事なんて余裕かまして大丈夫ですかせんぱーい」
刀身がぶつかり合い火花を散らす。
一ノ瀬は興奮を隠しきれない様子で追撃を行った。とても闘うような状況では無いにも関わらず、続行しようとする態度に朝凪は苦手意識を抱く。前回会った時から感じていた狂気が眼前に曝け出されるとそれが顕著となった。
まるで邪蓮華だ。
振り下ろされた刀を受け止めた朝凪が一ノ瀬を窘めようと声を掛ける。
「今は戦っている場合じゃ無いだろう」
「なんで、こんな命ギリギリの戦いができる機会なんて早々ないよ!九条以来でゾクゾクする、はは、先生に怒られちゃうかも」
(先生……?)
一ノ瀬の目は正気の人間のものではなかった。瞳孔が開き、紅潮して汗が吹き出ている。戦闘によるものなのか、煙でやられたか。どちらにせよ一ノ瀬を説得するより武力行使に出た方が早い気がしてきた。
『一ノ瀬蛍くん、朝凪朝緋くん、至急応答せよ』
インカムから聴こえる音声に反応したいが、スイッチの切り替えをする暇も無い。一撃を弾かれても体勢を崩す事無くぶつかってくる。九条よりかは弱いが、次の手に移るのは一ノ瀬の方が早い。早すぎるからこそ荒削りだ。
速度を遵守するばかりに愚直でフェイントというものを知らない。王道な徒花流らしいといえばらしいが、些か物足りなさを感じる。
「はぁ、仕方ないか」
朝凪は刀を受け流しをせず受け止める。
野生の勘か、追撃をせず後ろへと後退する一ノ瀬の呼吸は落ち着かない。
「はぁ、はぁ……は、はは」
一ノ瀬の愛らしいはずの顏が歪な笑顔のせいで台無しである。
「——はぁ、こちら朝凪。至急外に出ます。なにかあり次第連絡を入れます」
『朝緋!大丈夫か』
インカム越しに聴こえた友人の声に朝凪は肩の力を抜く。
「大丈夫、じゃないかもしれない。少し一ノ瀬さんが面倒だ」
『はぁ!?まだやってんのかよ』
『ちょ、声うるさいですよ望月くん』
審判の九重が苦言を呈すが、望月は友人の危機にそれどころではない様子だ。インカム越しで揉めているのがわかる。
審判に対して申し訳ない気持ちが湧き上がってきても、一ノ瀬はそうでは無い。刀を構え直し、視界には朝凪しか映っていない。
「……はぁ。怪我しても知らないよ」
「いいよ、殺すつもりで来てね先輩」
恍惚と微笑む一ノ瀬に朝凪がぶつかりに行く。巧みな刀捌きで互いに次の動きを予想し、攻防を繰り返す。
一度間を開けた瞬間、目が合った。
(……ッ厄介だ)
一ノ瀬の昂りが伝熱するように、朝凪の身体が発火する。全身の毛穴から溢れる汗と闘志を抑えようとする刀を持つ手が震えた。
九条の時とはまた違う高揚感。
けれども同時に感じるソリの合わなさ。
剣士としても人間としてもあまりにも価値観が違いすぎる。
「ねぇ先輩はなんでそんなに強いんですか!ねぇ!」
薬物乱用でもしているのかと思うほどテンションが可笑しくなっている一ノ瀬の剣撃は一つ一つが重い。速度がその代わりに若干落ちたのは、朝凪からすれば僥倖だ。
朝凪は刀を弾き飛ばし踏み込んで足を振るう。
刀を失った少女は無防備になった所で朝凪は襟を掴み、ガラスへと押し付けた。
「いっ」
朝凪が一ノ瀬の首に刀を当てると先程までの獣じみた姿がなりを潜めて気絶した。勝負は一瞬、けれども勝負の後始末は一瞬ではない。
ケホ、と咳き込んだ朝凪は一ノ瀬と一ノ瀬の刀を回収し、俵担ぎでモールの外へと向かった。
「おっと」
爆発により排気口の蓋が吹っ飛ぶ。鼻に掠めたせいで熱を帯びた鼻頭を折れてないか確認した後、覚束無い地面を蹴り上げた。
「あ、朝緋ー!無事かー!」
「大丈夫だ。こっちも気絶させただけだから平気だと思う」
「顔は?切れてるけど」
「……嗚呼、血が止まってなかったのか」
血を八神から借りたハンカチで頬の傷を拭う。
よくよくみれば、Webアニメにもなっている動物のキャラクターが印刷されたハンカチで、何だか申し訳なくなる。
「八神さん」
「お疲れ、朝凪。一ノ瀬の相手は大丈夫だったか」
「うん。平気、ではあったよ。八神さんは」
「残念ながら私の負けだ」
肩をすくめる八神だが、表情はどこかサッパリとしている。
九条との一戦、その前から雰囲気が変わったように思っていたがどうやら勘違いでは無さそうだ。
「皆には申し訳ないが、晴れやかな気分だ。もっとも、勝負はつかなかったがな」
消火活動が行われ始めた建物に顔を向ける八神の横顔は綺麗であった。
(やっぱり、こういう所好きだな……好きだな???)
ふと浮上した言葉に疑問符が浮上する。コポコポと零れていくはてなマークに戸惑っていると、背後から突き刺すような視線を感じ振り返った。
九条が今にも殺さんばかりの目付きで睨んでいる。目が合ってもなお一言も発さず、刀に手を添えているのは恐怖以外の何物でもない。
前足を踏み出した九条を抑えたのは、気絶していた一ノ瀬であった。
「試合!」
寝起き早々大声を上げる一ノ瀬に視線が集まる。
「え、は、え?試合は、え、なんで外にいるのわたし?」
椅子に横になっていた一ノ瀬が、転げ落ちる。いまだ状況が飲み込めていないのか辺りをキョロキョロと見渡している。
「うわ、顔怖すぎてウケる九条」
「一ノ瀬、五月蝿いよ」
「一ノ瀬ステイ」
「もう一回スタンさせた方がいいんじゃないか?」
「一ノ瀬さん、落ち着こっか」
一ノ瀬のリアクションに九条、京極、菊池、柳、二宮が声を掛ける。
「一ノ瀬、それ以上騒ぐとミツバ先生に報告させて貰おう!」
「うぐー。やめてー物部先輩」
物部が一ノ瀬の旋毛を親指で刺激しながら窘めれば、一ノ瀬は途端に大人しくなる。
(さっきも話してたが、この凶暴な奴の先生って一体どんなやつなんだ)
朝凪の考えている事が分かったのか、八神が悪どい笑みを浮かべながら朝凪の肩に手を置く。
「ミツバ先生は一ノ瀬の好きな人だ。頭が上がらない唯一の人間でもある」
「へぇ、好きな人……あれが?」
「朝凪、失礼だぞ。」
あの凶暴バーサーカーが好きになる相手とは一体どんな人間なのか。想像も付かないミツバ先生を妄想して見るが、まったく思い浮かばない。
なんだかんだと試合も中途半端なまま終幕を迎え、一部が不完全燃焼を抱えたまま乗ってきたバスは暁天学園へと向かう。
「被害者数ゼロとはどういうことなんだ」
『——申し訳ございません』
ハンズフリー状態の電話の向こう側から謝罪の声が盛れる。
イラついた様子を隠さない男はハンドルを人差し指で叩きながらバッグミラーに視線をやる。
「爆弾三十は仕掛けてたはずだろう。一人も殺せないのは其方の合図ミスじゃないのか」
『——はい。ご期待に添えず申し訳ございませんでした』
「まぁいい。黄金水仙隊の方も警戒度を上げるだろう。私たちを無視出来ないはずだ——計画はプランDに変更。引き続き、内部潜入をしておけ」
『——かしこまりました鷹岡様』
通話を切った鷹岡は深い溜息を零す。
先程までの態度から一変表情を軟化させた鷹岡が後ろに座る女性に声を掛ける。
「春燕様」
「この国では燕と呼べと再三言っているはずだ」
「不好意思、未だに慣れなくて」
「まぁいい。それで、次はどこに行くんだ」
「固定ビーコンの回収は後一箇所です……やはり一度縄張りになってしまうと邪蓮華は来ないんですね」
ラジオをスマホで掛ければ、後ろで足を組む春燕は目を閉じた。
朝からの仕事に加え、慣れないホテル生活は肉体に堪えるのだろう。少しでも睡眠出来る環境を整えるため音量を下げた。
「丸川ホテル、上手いこと掛け合って一旦解体作業を中止して貰っています。着き次第起こしますのでどうか寝ていてください」
「……ああ、少し疲れた」
ラジオから男性の声が聴こえる。
鷹岡は夜間の道でスピードを上げながらホテルまで急いだ。
『本日午前四時頃、東都払暁タワー付近の松園橋にて爆発事故が発生しました』
爆発と被害に巻き込まれた数人の死体。犯人は付近の防犯カメラには映っておらず、最近騒がせている爆発事件と関連していると警察は捜査を未だに続けているという内容に鷹岡は口角を上げた。
「鍛刀場の方を見ていないとは、日本の警察は些か無能で助かりますね」
本命がバレないように死体を用意したのは正解であったと、鷹岡はご機嫌になった。




