第25話
凍てつくような雪の日であった。
西都にしては珍しい大雪で、皆が様子を伺うように家にいた。
正面にある日本家屋に住む一つ上のお姉さん。穏やかで勉強も運動も得意。先生から近隣の大人たちからも褒められるお姉さんがが大好きであった。
あの日は大雪だった。だからこそ、白銀の世界では赤いランプから目を離せなかった。
救急車に連行される中年の男性。警察に大人しく連行されるお姉さん。それを家の中から見るお姉さんの家族。家の中から飛び出した少女は、着の身着のまま裸足でお姉さんに駆け寄った。
「お姉ちゃん……どこにいくの?」
警察官に行手を阻まれながらも、少女は大好きなお姉さんに問いかけた。
「……どこにも行かないよー」
いつもと変わらない笑顔だった。いつもと変わらない口調で少女に語りかけるお姉さんの衣服はどこか可笑しかった。けれども、少女は違和感を無視して何も分からず、純粋にお姉さんの言う事を信じた。
結局の所、お姉さんは帰って来ず、立派な日本家屋も売り払われた。
冬は嫌いだ。
嘘も嫌いだ。
お姉さんも大嫌いだ。
「ハァッ」
菊池の力んだ声に合わせて槍と槍がぶつかる。
両手で持った槍を力任せに押し、琴吹の重心を崩す。後ろに下がった足で踏ん張り倒れなかった琴吹は槍を回し菊池の横腹目掛けて振るった。しかし、槍で塞がれ空いた側の足が琴吹の横腹に減り込み、横に吹き飛ばされる。
壁に半身を打ち付け利き手の痺れで槍を握る手が緩む。空箱が衝撃により落下し、琴吹の頭にもぶつかった。
「いてっ」
菊池はその様子を冷めた目で見下ろしていた。
「ヒェー、強いねぇ鈴鹿ちゃん」
「……なんで」
態とらしく緩慢に歩く菊池の髪が一歩歩くたびに小さく揺れていく。表情は読み取れず、違い鋭利な空気を纏っている。
琴吹の前に立ち、首の横に穂先を添えた菊池は声を震わせながら問いかけた。
「なんで」
「ん?」
「なんで戻ってきてくれなかったのお姉ちゃん」
「……あー、うん、そんなことが聞きたいの?」
「っそんなことって」
「そんなことだよー。勝負してる時にさー、雑念ばっかでよくここまで来れたね」
「今うちに倒されてる人間に言われたくないんだけど、負けおしみ?」
「っ」
拳銃を取り出したが足で蹴り飛ばされる琴吹は、変わらずヘラヘラとした態度だ。
変わらない、どこかミステリアスにも思える秘密主義な女らしいテクニックだ。槍使いと思わせておいて、懐に拳銃を潜めて第二の動き方を定めている小賢しい女。
「昔から何も変わっていない」
「人間そう変わらないものよー、鈴鹿ちゃんだってあの頃と変わってないように見えるけど」
「違う!うちはあの頃より強くなった!あんたがいなくなっても一人で戦える、あんたにも勝てるっ」
「……そうねぇー。強くなったよ鈴鹿ちゃんは。でも」
槍を落とした右手で菊池の槍を掴んだ琴吹が立ち上がる。
腕を引く菊池であったが、槍は琴吹の手から離れない。その一瞬の困惑を見逃さなかった琴吹は一歩踏み出し左手を槍を持つ手に重ねた。
菊池の眼が揺れる。
武人らしい豆が潰れ皮膚が硬くなった掌。けれども爪は丁寧に手入れされている女性の手。
そう言うギャップが好きだった。目に見えないところで努力する姿に憧れていたのだ。菊池は無理矢理記憶の引き出しを開けられ、顔を歪める。
「やっぱり私に対しての警戒心が昔から薄いよね」
あまりにも穏やかで優しい、母のような笑みであった。
顎に衝撃が走り脳が揺さぶられる。後ろへと転倒した際に後頭部に強い打撃が入り、引き攣った声が漏れる。唾液が口の端からこぼれ、視界が明暗した。予想していなかった衝撃に菊池が状況を理解できないでいると、鳩尾に何かがのしかかる。
「あー、はは。本当可愛いね鈴鹿ちゃん」
槍の石突がめりこみ、呻き声が口から溢れる。
「昔からさ、後ろぴょこぴょこ着いてきてさ、小さくて小鳥みたい。目をキラキラさせて素直に言うことを信じてさ」
台詞と行動がチグハグすぎて菊池は目眩を覚えた。感覚から入る情報がバラバラだ。鳩尾に刺激を与えているのも、柔らかい声色で話すのも、微笑んでいるのに照明のせいで影が差して悍ましく見えるのも全て琴吹すずなという女だ。
「本当に可愛いね」
甘ったるい声に、菊池は唇を噛み締めた。驕っていたのは他でもない菊池だったのだ。
琴吹の言葉には侮辱の意味は含まれていない。
ただそれを理解できるほど菊池は琴吹を知らない。近所のお姉さんという色眼鏡でしか見て来なかった菊池には理解できるはずがなかった。
「琴吹避けろっ」
「わ、きゃー、なにか吹っ飛んできた」
齋藤の大声にわざとらしい悲鳴をあげた琴吹が身を屈め、とんできた物体との衝突を回避する。
コロコロと転がって情けない姿になっている柳と目が合った菊池が、うー!と威嚇した。柳も柳で同級生の子供が癇癪を起こす数秒前のような表情に微妙な顔へとなる。
「邪魔!」
琴吹の隙をついて突き飛ばし距離を取った菊池は、息を整えながら後ろへと下がって状況を確認する。
左には転がった柳、正面には琴吹、右には齋藤。
菊池の槍は琴吹の後ろで転がっており、黄昏学園側の状況は悪い。
「肇ちゃんさっき投げ飛ばしたのー?」
「あ、うん。刀弾かれたから投げた」
齋藤の軽やかな発言に柳が悔しがる。投げたというより投げ飛ばされたの方が正しいであろう。
太刀を飛ばし、追撃しようと踏み込んだ時には既に懐に入り込まれていたのだ。齋藤は胸倉を掴み、そのまま背負い投げをされた。背負い投げというべきか、投擲というべきか。兎に角勢いよく飛ばされた柳は滞空中走馬灯を見た。
「ほんま阿呆やろあの人……このゴリラ!」
「女の子にゴリラはダメだよー」
「それはどうかと思うぞ柳」
「ゴリラの方が凄いだろ!それに平和主義なの知らんのか」
若干一名ゴリラを褒め称えるが、他二名からはブーイングの嵐である。若干姉を思い出し柳の活気が徐々に萎れていく。
若干全員の戦意が萎れかけ始めた頃、インカムから審判の声が聞こえる。
『選手の皆様に至急連絡します。望月くんからの個人通信により危険物がモール内にて発見されました。直ちに試合を中止し、待機場に集合してください。繰り返します、危険物が——』
インカムから聞こえる声が爆発音により遮られた、建物が揺れ、一同は身を屈め周囲の状況確認に勤しむ。
「……ひとまず逃げよっかー」
琴吹の言葉を皮切りに、周辺の物に気をつけながら一階へと降りる。
その間も爆発が発生し、地面をうまく走れない。そんな中、切羽詰まった顔をしながらも地面を跳んで駆け寄ってくる後輩の姿に齋藤は目を瞬かせた。
「センパーイ!やばいっすよ爆弾っすッ」
「望月ー」
「望月くん怪我ないー?」
「ないでーす」
一同がモールを出ると脱落組と九条が審判の側で待機していた。
「あれ朝緋、と一ノ瀬サンは?」
「まだ出てきていない。一応審判の九重さんがインカムで呼びかけているが、応答はない」
望月の問いかけに八神が首を振る。審判の職員が隣にいる職員と顔を合わせ、話し合いを行なっている。
今だに爆発音が中から聞こえ、建物が倒壊を始めている。別の出入り口から脱出していればいいが、応答が無いのが不自然である。望月は不安げな面持ちでモールを見上げた。




