第22話
『黄昏学園選手、物部天馬くん脱落です』
インカムから聞こえてきた声に九条と一ノ瀬の動きが止まる。
強敵二人の猛攻が収まった一瞬の隙に朝凪は後ろへと下がる。
間合いに決して入らないように数メートルの距離をとった朝凪は、肩で息をして二人の様子を観察した。
佐々木の脱落連絡が来て数分。二階から飛び降りて攻撃を仕掛けてきた一ノ瀬が加わったことにより朝凪は防戦一方の戦いを強いられていた。互いに選抜選手に選ばれるほどの実力者であり、三年連続出場の九条と一年で選抜される一ノ瀬。流石の朝凪も片方の相手だけで精一杯である。
オタクの祭典に行った時と同等か、それ以上の疲労に汗が肌を伝う。刀を握る手が滑るのが何よりも怖い。一瞬の動揺を見逃すほど甘い人間ではない二人なのだ。
(これで五対四か。円藤くんと佐々木先輩の脱落は悔しいがこのまま勝ちた、勝ちたいが勝てるか一人で)
一階で誰とも遭遇していないということは他のメンバーは上階にいる。
八神と望月はフラッグ探索、齋藤と琴吹は戦闘中か探索中だろう。
朝凪の見解では、望月は上手く戦闘を交わしてフラッグ探索をしている。あの小柄な体型と身体能力の高さは隠密行動に最適だ。
体型を気にしている望月には直接は言えないが、少なくとも望月は場を好転させる力を持っている。
「誰がやったんだろうねー物部先輩」
「さぁ、齋藤さんも琴吹さんも十分あり得るからなんとも言えないね。ただ、あの物部くんと戦ったのなら消耗はしているだろうね」
悠長に会話をする九条と一ノ瀬だが、今回ばかりはとてもありがたかった。
汗を拭いながら朝凪はようやく平常になってきた息を改めて整える。
(こっちもこっちで消耗しているし、出来れば誰か来て欲しいが……)
本音を言うのなら勝てるビジョンが全く思い浮かばない。一対一を得意とする朝凪流だがらと言うわけではなく、朝凪の実力不足なだけである。
(父さんなら多分九条先輩の腕を速攻掴んで回して気絶させるだろうけど。俺にそんな技巧は出来ない……)
何度も投げ飛ばしてきた養父を思い出した朝凪は思わず苦笑いが溢れた。
あれで全盛期はもっと強かったと言うのだから、末恐ろしいものだ。
「こっちもそろそろ合流して勝ちたいし、本気で行かせてもらうよ朝凪くん」
「……逆に、今まで本気じゃなかったんですか」
「本気だったよ。本気で君を倒そうと思っていた。でもそれじゃあ、いつまで経っても平行線だ。勝つためにはこちらも策があるからね。一ノ瀬」
「えー!私先輩と戦うって約束したのにー、酷いなー一鶴。全くもう……センパーイ、残念ですけど、私は約束は試合が終わったらしましょうねー」
語尾にハートマークがつきそうな甘ったるい声を出しながら刀を納める一ノ瀬。
「待てッ」
エスカレーターの方面へと向かって行く一ノ瀬の後ろ姿に声を掛けるが、軽やかな足取りで進んでいく。
朝凪の意識が完全に一ノ瀬へと向いた瞬間、九条が朝凪に襲いかかる。
「よそ見かい?」
「まさか」
「ははは、視線が一ノ瀬の方に一瞬向いたね。大丈夫、紗羅ちゃんには手を出さないようにいっているから」
朝凪が押し返し、九条が後ろへと下がる。
九条の発言に対してつっかえを感じた朝凪は、九条に攻撃を仕掛けながら質問を投げかける。
「もし仮に、最後の一人に八神さんがなったら、どう倒すつもりなんだ」
「倒す?倒しはしないよ、説得して降参してもらう。傷つけるつもりはないし、させるつもりもない。誰であろうと紗羅ちゃんに手を出すことは許さない」
朝凪は九条の言い分に呆れを抱いた。
(多分真面目に言っているんだろうな。でも、それ八神さんからすれば何よりも屈辱的だろうに)
八神の性格を考えても説得に応じるとは思えない。
あれは人の話をよく聞き、対応する人間であるがそれはそれとして真面目で負けず嫌いだ。
烈火の如く怒り散らすだろう。
「八神さんがそれを素直に受け入れると?無理だと思いますよ」
「ふふ、頑固で我儘なのは知ってるよ。それでも僕は紗羅ちゃんを傷つけたくない」
「その選択が八神さんを傷つけるとは思わないんですか」
「……」
九条の顔から段々と笑みが消えていく。
どちらが素の状態なのかは朝凪にはわからないが、少なくともこの冷酷な一面は九条が持って生まれた才能なのは確かだろう。
そばにいるだけで心臓が早く脈打ってしまう圧倒的なプレッシャーは、王者の素質をもつ九条だからこそ出せるものだ。
そんな男が強くあろうとする理由が、八神なのだ。
(一体どこまで、どこまでこっちに優しいんだ!)
そろそろ集中力が削がれていた朝凪の思考に邪念が生まれ始める。今まで考えないようにしてきたのに、一度でも浮かんでしまうと思考が流されてしまう。
「いいんだよ。紗羅ちゃんにどれだけ嫌われようとも、傷付けてしまうくらいなら、死んだ方がマシだ」
朝凪の葛藤など露知らず口を開く九条。その間も攻撃を緩めることはない。
集中力の削がれた朝凪が九条の攻撃を避ける事が出来るはずもなく、頬に切先が掠め傷がつく。
微かに顔を歪めた朝凪は、その痛みのおかげで冷静な思考に引き戻される。
「バカにしているのかッ一鶴!」
上から聞こえる声に空気が振動する。朝凪も九条も同時に顔を上げると落下してくる人影が九条と朝凪の間に着地する。
重力に従い、一つに束ねられた濡羽色の髪が彼女の背中に落ちて揺れた。
頼もしい後ろ姿に、かつての友人が重なる。
(ああ、やっぱり似ている)
立ち上がった八神を眼前にし、九条の目に動揺が浮かぶ。
「すまん、遅くなった朝凪。物部に手間取った」
「……小夜ちゃん」
少なからず朝凪も動揺はしていた。普段なら見せることではないであろう呆気にとられた姿に、振り返った八神は目を見開く。だが、朝凪の頬に気がつくとハンカチで押さえてきた。
「ぁ、汚れる」
「ハンカチくらい気にするな。それより動けるか」
「動ける」
「よし、なら一ノ瀬を頼んでいいか。九条は私がやる。齋藤先輩と琴吹先輩が対戦中だから、一ノ瀬の足止めを頼んだ」
八神がハンカチを朝凪に押し付け、振り返る。
九条は困惑を隠せない様子で八神を見下ろしていた。
既に朝凪は九条の視界にすら入っていないだろう。
それを利用し、朝凪は一ノ瀬が向かった二階へと向かう。
「朝凪ぃ!」
「どうした」
「勝つぞ」
どこか様子の変わったと、朝凪は漸くそこで気付く。
八神の目力が今までの彼女よりも遥かに強く凛々しい。どこか晴れやかな顔をしている八神に、朝凪は呼応するように返事をしてエスカレーターを駆け上がった。
「紗羅ちゃん」
「と言うわけだ、一鶴。ここからは私が相手する。それとも、情けなく尻尾を巻いて逃げるか?」
猛々しい八神に、九条は唇を噛んで言葉を発さない。
それでも目が爛々と輝くのは、九条が好きな八神がそこにいるからだ。




