第21話
「齋藤先輩、フラッグ探索班に加われますか」
「うん、いいけど」
望月と八神と交流した齋藤は作戦会議を行う。
正直に言えば暁天学園の勝率はそう高くない。現状五対五でイーブンであるが、選手層の厚みの差は歴然だ。
「九条に一ノ瀬、菊池、物部、柳だっけ。九条は兎も角他は去年出てないから強さが判断しきれないんだよなぁ」
「他の人は分かりませんが、一ノ瀬蛍は強いですよ」
八神の発言に望月と齋藤は視線を八神へと向ける。
「昔、大叔父の家に行った時に会ってな。その時に稽古を見せてもらったが、大の大人を五人抜きしていた。一ノ瀬自身も戦うことに結構意欲的だからな……朝凪レベルだと思っていいかもしれん」
「うげ、朝緋レベルって相当じゃん……齋藤先輩勝てます?」
「無理無理、流派は?」
「徒花です」
「……徒花かぁ」
何しろ徒花流の使い手はそう多くない。何せ基礎を極限まで極めた流派であり、何よりも才能を必要とする選ばれた者しか習得できないからだ。
逆に言えば、その徒花流の使い手ということは剣術の腕前はそれ相応のものである。
因みに現在黄金水仙隊総監も徒花流の使い手だ。
数多くの剣豪を輩出してきた流派を十五歳で会得しているとなれば警戒度は格段に跳ね上がるのは道理である。
「うん、フラッグ探索に専念しよう。三人で動く?」
「いえ、それだと時間が足らないので三手に分けたいんです。ただ、フラッグが見つかった時のためにお二人のどちらかには運んでもらいたいので、出来れば先輩達は二人で、私は一人で行きます。合流はしやすいように集合場所は決めておきましょう」
八神の提案には異論はない。
だが、一人で八神を放す心配が齋藤の中で芽生える。
九条は恐らく朝凪が対応中なのは、脱落の知らせがない時点で明らかだ。
「……うん。そうしよう。望月、行くよ」
「はい!そんじゃ、八神さんも気をつけてな」
「ああ」
「絶対勝とうぜ!」
「……ああ!」
望月と齋藤は南側を、八神は北側でフラッグを見つけるために各々歩く速度を早めた。
周辺の箱をしらみ潰しに探すが中身は空っぽばかりだ。
八神は空っぽの箱の蓋を逆さまにしながら探索を続ける。
「……ここ、あまり広くないといいんだが」
サイドリットの看板を一瞥し、八神はシアターの中へと入っていった。
全体的に薄暗いシアターは、LEDで橙色を仄かに感じる景色に八神は目を細める。
廊下にも監視カメラが設置されており、探索圏内であることを示していた。
七つの上映場所はあるが、キープアウトのテープが貼られた箇所が四つ。
奥から潰そうと、六の上映会場へと歩を進めた。
「……」
「ほぅ!八神紗羅か」
元気溌剌。舞台の役者のような男に八神は眉を寄せた。
八神と同じく二年生の男子生徒、物部天馬。派手顔で華がある顔立ちだが、立ち振る舞いも相まって若干喧しさを感じる男子生徒だ。
正直に言えば、八神が得意なタイプではない。
「九条の妹分、というには語弊があるな。まぁ話は聞いているぞ」
「そうか」
「ふ、いやはやしかし雪魄氷姿な女性と聞いていたが心根が容貌に滲み出ているな」
物部の視線に柳眉を吊り上げる八神は、腰に携える刀に手を伸ばす。
戦闘態勢に移行する八神に対して、余裕綽々な様子の物部も刀に手を添える。
映画のワンシーンが画面から飛び出したかのように、二人は刃を交えた。
刃物同士がぶつかる音が静閑な会場に反響する。
素早い動きで相手の懐へと入る疾風流の物部と、洗練された動きで間合いを詰めていく夕顔流の八神の戦いは二人の印象とは違う。
足音と金属音、そして微かな呼吸音。あまりにも静かな戦いであった。
どちらとも煩い印象を別の意味で抱く風貌ではあるものの、その実育ちが浮き彫りになる静謐さを併せ持つ。
八神家のご令嬢と、資産家の次男坊は中身が多少なりとも似通うところがあった。
刀の振るい方にはそれが顕著に出ている。
相手を斬るではなく空気を撫でて裂く。
その延長線上に対象がいるかどうかであり、身体に余計な力が入っていないからか演舞のような美しさがあった、
「ほう。なかなかやる。だが九条ほどではない。同じ夕顔流でも九条の方が太刀筋に迷いがないな」
「……私の太刀筋に迷いがあると」
「ああ、少なくとも私にはそう感じた。迷いがある、それは人に刃を向けることに対してではなく、そもそも刀を握ることに対してのだ」
「……」
「刀は全てを語る。いくら隠そうとも、刀の扱い方、振るい方、触れ方。全てが雄弁に、如実に持ち主の人物像を主張するのだ。八神紗羅、君はその逸品で私と戦っているというのに、何を迷っているんだ」
八神は己の刀を握る手に視線を落とす。握り方に間違いはなく、日頃の手入れを欠かさずしているため刃こぼれなども無い。
刀匠、影寛の作品『垂れ桜』は八神の為の一品だ。これまで邪蓮華を討伐するのを共にした相棒が、八神の迷いによりその真価を発揮できていないのだとしたら。
朝凪の思うあと一歩が、八神に課題としてのしかかってくる。
「私、は……私はッ」
八神の脳裏に九条の言葉が過ぎる。
『女の子なんだから、戦わなくていいんだよ』
呪いの言葉だった。
『また怪我したら危ないよ紗羅ちゃん。大丈夫、無理に刀を握らなくていいんだよ』
善意で言っていることが分かるから怒れなかった九条の残酷な言葉。
八神の娘だからと始めたのは確かであった。
それでも、鍛錬をして出来ない事が出来た時の達成感や祖父のような人間になりたかった気持ちは紛れもなく八神紗羅を形成する要因だったのだ。それを捨ててしまえば、きっと八神紗羅は自分の生き方がわからなくなってしまうから。
その裏には、卑屈な子供がいた。
才能がないからと逃げ出してしまうのかという囁き、好きなものを大切な友人に否定されてしまった絶望感。辞める理由を押し付けてしまいそうになった自分への嫌悪感。
勝てるはずがないと諦念しているのにも関わらず、自分でいるために刀を握り続けてきた。
「……物部、もし仮に自分に才能がわかっていても、お前は刀を振るうか」
「当たり前だ」
物部の目が力強く、まっすぐと八神を射抜く。
間髪入れずに返答する物部が目の前で刀を掲げる。
「寧ろ才能で諦める理由がわからん。私の先輩は、才能が突出してあるわけではないが努力で今日この舞台に立っている。結局の所、才能があるかどうかではない。自分がどうありたいか理解し目標をたて、邁進することが何よりも大切なのだ」
物部は、初手で脱落した二宮を思い出す。委員会が一年の頃から同じだったため、特に交流の深い先輩であった。
二宮は九条のようにカリスマ性溢れるわけでもなく、特出した特技があるわけでもない二宮を尊敬している。それは彼が人間として敬うに値する志の高い人間であるからだ。
「才能がないからと諦める理由が私にはない。寧ろ、その程度で辞められるものなら時間を無駄にする前に辞めてしまえばいい。そのほうが健全でいられる」
物部の言い分は、結局のところ才能がある側だからこそ言える言葉だ。
それでも八神は、物部の言葉を聞いて嫌だと思った。
刀を握ることを辞めたくない。
そう力強く思った瞬間、八神の中にあった濃霧が霧散していく。
うだうだと何を悩んでいたのか。劣等感に対して羞恥心を感じていた自分が心底アホらしく、なんとも言えない気持ちとなった。
「——ああ、そうだな。それでいいんだ」
努力をしても追いつけなかったとしても、それは八神の全てを否定しているわけではないのだ。
「変な事を聞いて悪かった。改めて再戦を申し込んでもいいか」
「……ああ!勿論だとも!その澄んだ目の君と戦える事を私は何よりも嬉しく思うよ」




