第20話
最初の脱落者の連絡を受けた一ノ瀬は、んふふ、と小さく笑いながら刀を鞘に収めたまま振るう。鞘の螺鈿細工が一等美しく、無遠慮に相手を傷つける。
鳩尾に鞘がめり込み、佐々木は呻き声を上げた。愛用の武器である槍は既に手から零れ落ちてしまい、持ち主同様惨めに地面に転がっている。
一方的な攻撃により、太刀打ちなど出来ようもない。
佐々木は決して弱いわけではない。寧ろ暁天の三年生の中では上澄に入るくらいには実力者であった。
それでも超えられない壁は、理不尽に秀才の前に立ち塞がるのだ。
嫌な場所に入ったせいで過呼吸となった佐々木は視界が薄らとぼやけ始めるのを他人事の様に感じていた。こんな場面で何処か冷静な己がいる事には驚きながらも、思考を巡らせる。
数秒か、数分か。一ノ瀬が動く事がなかった為もしかしたら短い時間かもしれない。
けれども酸素を正常に取り込めるようになった佐々木は冷静に状況を確認する。
武器はなく、一ノ瀬は油断している。
まずは槍を拾う時間が必要だ。
佐々木は息を一度潜め、一ノ瀬の視界から一瞬だけ佐々木の消える瞬間。瞬きのタイミングを狙い、体を前に飛び上がらせる。
一歩足を引いた一ノ瀬の胸ぐらを掴み、佐々木は勢いに任せて投げ飛ばした。
しかし片腕で着地した一ノ瀬は地面を押し半回転をして膝をつく。
無駄な動きがなく、動揺すら見られない一ノ瀬に舌打ちがしたくなった。
佐々木は身を転がして槍を拾う。
まるで熊にでも遭遇した気分だと佐々木は内心愚痴る。
下手な邪蓮華に遭遇するよりも厄介であり、かつ対応策が明確ではないからわからない。行動の正誤がわからず距離を取るしかないのが情けないが佐々木が今出来る全てであった。
「すごいですね先輩、まさかまだ動けるとは思わなかったなー。んふふ、もうちょっとしたら下行こうかと思ってたけど……んふふ、やろっか先輩」
刀を抜く音が嫌に響く。
佐々木は勝つことを一旦諦め、少しでも味方の生存率を上げるための足止めに専念する。
「悪いけど、後輩を少しでも守らないと行けなくてな。先輩の意地で頑張らせてもらうよ」
昨日斎藤から言われた言葉を反芻する。
「……『あいつらの成長の為に、先輩として出来るだけサポートしてやりたい』か。生徒会の奴らはどうも甘っちょろい」
それでも佐々木は斎藤の言葉に首を縦に振った。
約束をした以上、佐々木は破らない。義理堅い男は、槍を構え直した。
佐々木がボロボロになっていた頃。
齋藤は二階へと上がり京極と交戦していた。しかしその光景は交戦というよりは、追いかけっこである。京極が逃げて攻撃し斎藤がいなして追いかける。いたちごっこの繰り返しをしている斎藤は徐々にフラストレーションが溜まり始めていた。
逃げ足が早い京極はまるで野生動物のように建造物の影に身を潜んで矢を放ってくる。厄介なのが矢をどんな体勢でも撃ってくる。
桃園とは別の意味で凄腕だ。
「まぁ桃園の方が凄いけど」
齋藤は一度立ち止まり、冷静さを取り戻す。
可愛い後輩が見ているのだ。情けない姿は見せられないと頬を叩く。
京極千鶴の射撃の腕は厄介だ。おまけに柔軟性と切り替えるスピードが優れている。
じわじわと追い詰めているようで、決定的な一歩が踏み込めない。せめて一度でも動きを止めることが出来れば勝ちの一手は打てる。
決して侮るなかれ。それが原因で四条家は没落したのだ。
「……よし」
齋藤は掌をグーパーとさせ、調子を確認する。
特段悪いわけではなく平常通り。けれども本調子というわけではないのは、後ろに誰もいないからだ。
齋藤は桃園の護衛に回る事が多い。生徒会だけでなくクラスメイトや委員会の任務でも殿を務め、後衛に手を出させないように立ち回る。
誰かを守ろうとすることで調子が上がっていく性質だという自覚は齋藤にもあった。
本来なら朝凪と共に九条と戦う方が本来の斎藤のスタイルなのだ。
「うだうだ考えても無駄無駄……年上としてダサいところは見せたくないしな」
齋藤は目を閉じ、呼吸を殺す。
至る所から聞こえる雑踏音から、距離の近い音を探知する。
「……ああ。いるじゃん」
齋藤は目を開け、態とらしく足音を立てながら一つのテナントの柱の前に立った。柱の右側はガラス張りで、左側は普通に通り抜け出来る構造となっている。
ガラスの向こう側にはマネキンがまばらに置かれているのが視界に入った。
「でてきなよ、京極」
斎藤の問いかけに返事は無い。
「そっかそれなら仕方ないか……離れた方がいいと思うよ」
齋藤は一度忠告をした後、一定の距離を取り太刀を構えた。そのまま刀を振るいガラスに衝撃を与えれば、斎藤が何をしようとしているのかわかったのだろう。
すり足の音が聞こえるが齋藤は無視して二振りし、ガラスに裂け目が入る。
そこに目掛けて齋藤は助走をし突っ込んだ。
まるでアクション映画さながらの派手な突入方法に監視カメラ越しが湧き上がる。が、少なくともそんな事を知る由もない齋藤は柱の影に隠れている人物と目が合った瞬間口角を釣り上げた。
少なくとも数秒は丸腰はなることがわかっている獲物を誰が逃すか。
斎藤の読み通りクロスボウで矢を放つ京極と目が合う。矢が左肩に命中し斎藤が痛みに顔を顰める。
だが、何処か余裕そうな表情を浮かべる齋藤に違和感を抱きながら次の矢を顔面に狙いを定めた京極。
「いけっ望月」
「は!?」
斎藤の掛け声に京極が咄嗟に振り返る。しかし振り返れど通路の何処にも人の姿はなく、ブラフだと気づいた時には京極の身体に固いものが横から叩きつけられる。
構えていた状態から殴りつけられた京極の体は横に吹き飛ばされ、地面を転がった。
「ぐっ……ぅ」
「ザンネーン、引っかかったー」
小馬鹿にする口振りの斎藤を京極が殺さんばかりの鋭い眼光で睨みつける。
齋藤はマネキンから手を離し、支給品の縄を鞄から取り出し、京極の身体を縛り上げた。
「はい捕獲ー大人しく外行きな」
「頬骨折れたよこれ
「ちょっと失礼、大丈夫折れてない折れてない」
「女子の顔殴る普通?」
先程までの緊張感が抜け騒ぎだす京極の言葉を受け流す齋藤。
「ったく、ブラフで後輩の名前だす普通?」
「いや、だっているからもしミスしたら撃ってもらおうかと」
「はぁ?どこに」
京極が齋藤の指差す先を見上げると、三階で手を振る望月の姿があった。隣には八神の姿もある。
京極はどの道逃げ場を失っていたのだ。
斎藤が派手に物音を立てたのは望月達に居場所を知らせる為。あんな派手な行動に出た理由を考えずに獲物がくる瞬間を待っていた時から、既に京極は罠にハマっていたのだ。
「フラッグは見つかってないか、まぁこの広さだと見当もつかないしね」
フラッグ探索班の望月と八神の手にはフラッグは見当たらない。
齋藤はフラッグ探しは諦めるべきかと肩を落とす。
『黄昏学園京極千鶴くん、暁天学園佐々木桐也くん、円藤昴くん脱落です』
「あらら、佐々木やられてる……円藤くんもか。ちょっとこっちが不利になるか……二人とも誰にやられたんだろ」




