第18話
九条からの圧のある質問に、朝凪は顎に指を添えた。
顎の裏を親指でなぞりながら回答を探す。
その仕草がやけに絵になるあたり、やはり朝凪も男前に部類されるタチであり、だからこそ九条にここまで警戒対象になるのだ。
しかし当の朝凪がその認識があれど自覚していないので、九条を刺された理由すらもわかっていなかった。
「——強いて言うならライバル、だな」
「ライバル」
「ああ」
「へぇ……ただそれだけ?」
「勿論、友人だとも思ってる。八神さんのおかげで生徒会でも上手くやれてるし、俺が気付かない細かい所まで気配りしてくれる所は尊敬している」
「……そう、そっか」
肌がひりつく殺気が眼前を通り過ぎる。朝凪が反射的に身体を伏せるのと同時に九条が間合いに入り刀を振るった。
染めたミルクティー色の毛先が、数ミリ宙に舞う。
(待て待て、間違いなく首を狙っただろ!?)
朝凪は刀の鵐目を九条の横腹を目掛けて腕を振るが、手首を捏ねた九条が刀身で受け止める。一切のブレも生じない体幹と握力に朝凪は後ろへと下がり、九条から距離を取った。
「随分と、仲が良いみたいだね紗羅ちゃんと。やっぱ不愉快だな」
「不愉快……え、不愉快って言いましたか」
「言ったよ。君みたいな人間がそばに居ると紗羅ちゃんはきっと放っておかないはずだ」
表情が抜け落ちていく九条が朝凪に向かって真っ直ぐ歩いていく。
二面性が凄まじい年上の男に湧きそうになる邪念を朝凪は頭を振るって潰す。油断すれば一瞬で首を跳ねられると先程の攻撃で察した。
九条が地面を蹴り上げ刀を振るう。朝凪は刀で受け止めるが、衝撃に耐え切れず背後にあるテナントへと飛んだ。
テナントの中は棚と幾つかの箱がそれらしく置かれている。既に廃モールとなったこのテナントで店を構える所はないが、訓練所という名目上形だけのモールを取り繕っている。正直に言えば刀や槍では動きにくい。
今回の交流会で有利なのは、クロスボウの京極と銃の望月である。小柄で身体能力の高い二人からすれば絶好の狩場だ。
朝凪が横へ移動するのと同じ速さで棚が真っ二つになっていく。鈍い音を立てながら地面に落ち、視界がクリアになった。
朝凪の背中に冷や汗が滲む。流石の朝凪とて邪蓮華の戦闘でここまでヒヤヒヤとした事は無かった。
「逃げるのかい?」
「殺意振りまく人間とやるつもりはないですよ」
そうは言っても、九条を別の人間の元にやればあっという間に捕縛されて終わりだろう。第一、九条の殺意が朝凪以外に向けられるシュチュエーションが今の所思い浮かばない。
朝凪は身を屈めて前進し、表へ飛び出す。そのまま体制を低くした状態で九条に突進し、刀を横に振るう。乱雑に剣先を床に突き立てた九条の刀と朝凪の刀で火花が散った。朝凪の視線と九条の視線が交わり、朝凪の頭目掛けて飛んでくる足を空いている片腕で受け流す。
一度距離を取り直し、朝凪は刀を構えた。
朝凪流はその性質上片腕だけで刀を扱うことも多い。今日以上にそれに感謝した事は無い。いまだ痺れのある左腕を揺らしながら朝凪は一息着く。
「ふぅ……」
体制を直した朝凪は九条と向き合った。
瞳が爛々としている。戦闘により若干精神の調子が上がっているのだろう。
そういう朝凪も普段のポーカーフェイスが崩れている自覚があった。
(こんなに強いなんて、どんな経験をしてきたんだ!)
九条の強さはおそらく去年よりも遥かに上だ。たかが一年で去年の映像と比較しても速度、瞬発力、剣の腕前、どれをとっても成長曲線が著しく上昇している。これで全盛期と言われる年齢ではないのが恐ろしくも羨ましい。
朝凪は若干吊り上がった口角を手で覆う。
戦闘中、脳味噌がヒートを起こすように熱くなる事がある。そういう時、やけに感覚が過敏に反応し、相手の動きが細部に渡って見えるのだ。
それの前兆を朝凪には感じ取っていた。
そんな日に九条と戦える事は幸運以外の何者でもない。
「……ふぅ、九条先輩。先ほど質問、今してもいいでしょうか」
朝凪が刀を構える。
「いいよ。なんでも聞いて?」
九条も刀を構え直し、朝凪と相対した。
「貴方がそこまで強い理由はなんですか」
「……は、はははっ、あははっ、おも、面白いね朝凪くん。変わってるってよく言われない?」
真剣な空気が九条の笑い声で霧散する。
肩透かしを食らった様子ではあったが、朝凪の質問が九条の何かに触れたのか殺気はころりと何処かへと消えてしまった。
一通り笑い終えた九条は気持ちの良い笑顔で朝凪の質問に答える。
「紗羅ちゃんのいる世界を守るため。それ以上でも以下でもないよ」
「質問に答えて頂きありがとうございます」
リィン、と空気が張り詰める。先程までの空気は姿を変え、重圧が二人のいる空間を支配した。
そうして天才たちは刀を振るう。




