第17話
北口の正面で待機する朝凪は、齋藤と共に開始合図を待つ。
「正直、フラッグを狙うのってキツくない?」
「まぁニ時間以内に相手の陣営のフラッグを見つけるのなんて、この広いモールだと無理に近しいですよね」
屋上含め四階建ての大型モール。
邪蓮華の被害やそれに伴う経営難でモール自体が閉鎖されるパターンは多い。このモールも例に漏れずそのパターンで、数年前に閉鎖されていた。そこから訓練として利用したいと理事長が土地の定期借地権を得て、モールはそのままに、訓練所として今も暁天学園の生徒に使われている。
もっとも学園からの距離を考えて頻度はそう多くない。
実際三年生である齋藤もこの場所に来たのは、昨年の模擬戦以来であった。
「九条一鶴とは相対したくないけどさ。正直九条を倒さない厳しくない?去年のこともあるし、逃げ切れる自信ないなぁ」
「ああ、去年の三人斬り」
「そう。紗羅でもあんな早くないよ」
八神と同じ夕顔流の使い手。八神だって弱いわけではないが、九条と比較すると才能の差は確かにある。
(というより、八神さんのあと一歩がないんだよな)
八神は強い。夕顔流抜刀術の使い手として学生の中では上積みになる。
朝凪に勝てるだけのポテンシャルはあるのだ。それでも学園のナンバーツーで止まっている。
(九条先輩への劣等感が原因ならば、今日勝つしかないよ八神さん)
昨日の帰路を思い返す。
気持ちを吐露した後の八神はどこかスッキリとした様子であったが、決して心に巣食うものがいなくなったわけではない。
前を向く姿にかつての友人が彷彿とした朝凪は、刀を抜いた。
「只今より、姉妹校交流会を開始いたします。皆さん、良い試合を期待していますよ」
インカムから流れてきた審判の声に朝凪と齋藤が目を合わせる。
廃モールにしては清潔感のある建物の中に、足を踏み入れた。広大な建造物に無機質な足音が反響し、恐怖感を煽る。
清潔感のせいだろうか、逆に人の手が加わっている事が情報として入ってくるため無機質さが不気味な雰囲気を一層主張する。自分以外が突如として消えてしまったような喪失感と漠然とした不安に襲われそうになった。
ホラーの舞台に無駄に広い場所が使われる理由が多少なりともわかる。
「……誰もいないですね」
「だなぁ。少し探索してみる?」
「そうですね。案外灯台下暗しなんて言葉があるくらいですから近場にあっても違和感はないです、し……いや、やめておきましょう齋藤先輩」
「あー、うん。やだなぁ面倒臭いのじゃん」
齋藤が首を回し、億劫な面持ちを隠さないで現れた男子生徒に顔を向ける。
柄に手をかけて半身を引く齋藤。朝凪も刀を構えて九条と相対する。
「こんにちは齋藤さん、朝凪くんも昨日ぶりだね」
「朝凪、私がやろうか?」
「……いえ、数的優位を取りましょう」
「いけるのかねぇ?」
齋藤が短く息を吐く。一つに束ねられたうねりのある黒髪が呼吸に合わせて上下し、開けられた扉から飛び込む風によって揺れた。
瞬きした一瞬。その短い時間で朝凪の隣から消えていた齋藤は、九条の背後から太刀を抜刀しようとする。
「おっと、そういえば忘れていた」
九条が身を翻し齋藤の間合いから外れる。既の所で腕を止めた齋藤が上半身を起こし、九条と距離を取った。太刀が佩くままなのが奇襲の失敗を物語っていた。
太刀使いの齋藤肇。
今は名の消された四条家の稲荷流の数少ない使い手である齋藤は、有名人だ。
「稲荷流。神出鬼没と錯覚してしまう速さで視界から外れ、死角に入り込む奇襲型の剣術だっけ。ふふ、そういえば去年も同じようにやられたね」
「まったく意に返さなかった癖に、よく言うよ」
九条一鶴。
昨年はフラッグを黄昏学園がゲットしたため朝凪が相見える事は無かったのだで、実際戦うのは初めてだ。映像を見返してもう剣筋に目を奪われ、動作の無駄の無さに舌を巻いた。
同世代でここまで剣術を極めた者がいるという衝撃は、朝凪の身を引き締めるのに良い起爆剤だった。
「……出来れば、八神さんに勝って欲しかったけど仕方がないか」
「紗羅ちゃんがどうかしたの?」
九条の顔がパッと輝く。
振り返った九条の耳には八神という単語しか聞き取れなかったのだろう。
逆に言えば、八神だけでも聞き取ったのだから恐ろしいものだ。
「いや。一つ質問いいですか九条先輩」
「うん。いいけれど、今?」
「今じゃなくても別にいいです」
「え、あ、うん……どうしよう齋藤さん。結構やりにくいんだけど彼」
九条が齋藤へ助けを求めるが、齋藤は既に慣れた様子で首を横に振った。
「駄目だね、朝凪は結構コミュ障な所があるから。良い奴ではあるよ」
「そう……」
「紗羅が間に入ってなんか上手くやってるところあるしぃ!?」
呑気に雑談をしている齋藤の鼻頭スレスレに矢が飛んでくる。今回飛び道具の中で矢を使うのはクロスボウを所持する京極だけである。
「ったく、朝凪どっち行く」
「九条先輩とやらせてください」
「了解、じゃあ頼んだよ」
「先輩もお気をつけて」
「……は、誰に物言ってんの!」
齋藤は京極の居るエスカレーターの方面へ足を進めた。
その颯爽とした姿に朝凪は頼もしさを覚える。
琴吹もそうだが、先輩という生き物の頼り甲斐やカッコ良さは物理的な強さとはまた違ったものを感じる。安心感とでも言うべきか、勝てるだろうと思わせてくれる強者としての余裕が滲み出ている先輩に、朝凪は心の中でエールを送る。
(弱い人たちなんていないから大丈夫だろう)
視界の端で抜いた齋藤から、九条へ意識を移行させる。
変わらず微笑む姿に一周回って恐怖すら感じ始めた。
理由も無く笑顔で居られると恐怖を感じる。多分、笑顔なせいでサイコキラー感が増してるので、ホラー作品に出演しても可笑しくない。
「さっき僕に聞きたいことがあるって言ったけど、僕も君に聞きたい事があるんだ」
「なんでしょうか」
「紗羅ちゃんの何」
「……???」
「随分と紗羅ちゃんに信用されていると思ったからさ。同い年?クラスメイト?同じ生徒会?本当にそれだけ?それにしては距離が近いんじゃないかな」




