第15話
「隣、座ってもいい?八神さん」
「……ああ、いいぞ」
毎朝偶然一緒に登校する間柄ではあるものの、電車で朝凪は初めて八神の隣の席に座った。
普段がちっぱなしということもあるが、大概帰り時間が被る日は各々の友人と帰るからである。友人ではなくライバルで、ただの同級生である朝凪と八神は今まで大した会話すらした事が無かった。
「九条先輩との事に聞いてもいい?嫌ならいいよ」
「失望するだけだと思うが」
「八神さんに」
「私にだ……あいつは私の事なんて忘れると思ってたし、仮に覚えていたとしても許されていないと思ってた」
車窓のすり変わっていく景色に視線を向けながら、朝凪は首を縦に振った。
「無視、したんだ。十一の頃。くだらない、私のちっぽけなプライドのせいであいつを傷付けた」
「無視」
「最低だろう……あいつは、一鶴は九条家の跡取りでな、昔から教育を受けたのは勿論努力していたんだ。同じ道場で一緒に過ごしていると、クラスメイト以上に見えるものが多くなるんだ。一鶴には才能があった」
八神が目を伏せながら淡々と語る。
当時の事を思い出しながら話している八神の声は徐々に後悔を帯び、震え始めた。
「あいつは、私が一鶴ほどの才能がないとわかっていたんだろうな。女の子だから危険な真似をする必要がないとか、もう刀を握らないでとか、そんな風に言うようになった。私はそれが酷く窮屈で、惨めで、悔しくて……分かってはいた。多分一鶴が正しいんだって。でも、剣を鍛える事を否定されるのは私自身を否定されているようで、それが嫌だったんだ……だから無視した。くだらん劣等感で、友人だったあいつを傷付けた」
八神が話を終えたタイミングで、朝凪が視線を八神の方へ向ける。
顔を見た瞬間、朝凪は肩を跳ねさせ両膝をぶつけた。
(思ったより重かったけど、けどぉ)
「や、八神さんは別に九条先輩の事嫌いなわけじゃ無さそうだけど」
「……嫌いではない。寧ろ尊敬しているが、なんと言えばいいのか。合わなかったんだろうな、私とあいつは——だから今日も普通に話しかけてきた理由がわからないで怒鳴ってしまった」
朝凪はリュックからハンカチを取り出し、八神へと渡した。
少しだけ申し訳なさそうに眉を下げた八神は大人しくハンカチを受け取り、目元へと当てた。少しの間目元をハンカチで隠す八神から顔を逸らして外を眺める。
やけに景色が移り変わるのが早く感じた。
(ああ、あれだ)
朝凪は、故郷を追想した。
多くの友人に囲まれていたが、唯一の同い年の女の子がいたのだ。
勇敢だけれど泣き虫で、いつも朝凪の手を引いて遊ぼうと言ってくれた女の子。
(あの子に似てるんだ)
小さな村であった。
彼岸花が美しく咲く村では農業を営んでいる者が多い。
外へ出るにも大変だからと村で結婚して、骨を墓に埋める者ばかりの中朝凪の実の両親は一度外に出てから戻ってきた変わり者であった。それでも良い人間ばかりの村では、誰も断らなかったらしい。
青空が澄み渡っており、神社から見上げるのが好きだった朝緋はそこによく居たのだ。大概、女の子も隣にいた。
元気一杯で笑顔が可愛い子だった。
ずっとそばに居るのが当然で、漠然と人生を共に過ごすのだと勘違いしていた。
あの頃の朝緋にとって言うなれば魂の片割れ、それほどまでに強く結ばれた存在だった。
彼岸花が良く似合う艶やかな黒髪の可愛い女の子。
笑う時に出来たえくぼがやけに印象的で朝緋はそれが好きだったのだ。
「すまんな、こんな事言って」
「いいよ。俺から聞いたんだし」
隣人を横目で見るが、あの子とは似ているようでやはり違った。
あの時はまさか自分が都会に出る事も、村を失う事すらも想像していなかった愚かな子供だったのだ。
そんな自分を表に出さないように、朝凪は目を閉じる。
「じゃあ、明日勝って九条先輩に謝ればいい。そうすれば多分、おあいこになるんじゃないかな」
「勝てるわけない」
「勝つんだよ。普段の強気な八神さんなら出来る」
「……うん。頑張る」
素直にうなづいた八神は、やっと目からハンカチを離す。潤んだ目は、朝凪には向かず流れゆく景色を眺めていた。




