第14話
二階の飲食スペースで席を共にする一同は望月を中心に会話を繰り広げていた。
「えーと、で!俺望月宵二年生です。自己紹介まだでしたよね」
「僕は九条一鶴。黄昏学園の三年生です」
「へぇ、黄昏学園の生徒さんなんだ。あれ?じゃあもしかして明日の交流会で来てるんです?」
「前泊しててね自由行動だから紗羅ちゃんに逢いに来たんだ」
紗羅ちゃん呼びに朝凪と望月が視線をやる。
先程の八神の態度からは考えられないほど親しい呼び方だ。知人というにはあまりに距離が近く、友人と言うには遠い関係。
九条からの好意は割と目に見えて明らかであったが、八神の方は今日一度も九条と目を合わせようとしなかった。
(一ノ瀬蛍の話からも、何かあったのはわかっていたがこれは推しカプがどうとか言ってられる問題じゃなさそうだな)
カリカリのポテトを兎のように食べ進めながら朝凪は八神と九条へ視線を左右させた。若干気まずさを覚える朝凪とは違い、望月は九条に興味があるのか上半身を前屈みにし、質問を始める。
「九条サンはこのチェーン店よくいくんですか?」
「うーん、そうだね。偶に生徒会の子達と一緒に行くかな。家があんまりいい顔をしないから、本当に稀だけど」
「へぇ、じゃあ九条サンってあの九条の家なんだ」
「うん。とはいっても僕は朝凪流の使い手では無いけどね」
自らの姓と同じ名を持つ流派に朝凪はポテトを摘む手を止めた。
九条と視線がかち合い、朝凪はそっと視線を逸らす。
「そうなん?意外っすね。だいたいあれじゃん、あの、一から九の家は家の流派を継ぐのに」
「はは、そうだね。でも僕としては夕顔流が肌にあっていると思うよ……何より、天才と名高い朝凪くんと比較されたら年上としてメンツが無くなってしまうからね」
「まぁ朝緋はすげぇんで!親父さんも凄いのは勿論だけど、小学生くらいの頃からずっと竹刀握ってさぁ。俺は銃やり始めたの中学二年からだし、市営のとこでさ。やっぱ小さい時からやってるかっけぇ奴なんですよ朝緋」
「宵、宵、やめてくれ」
幼馴染からの混じり気ない賞賛は恥ずかしい事この上ない。
こういう誰に対しても遠慮なしな無邪気ともいえる素直さが、望月の美点ではあるが、それはそれとして他人に話しているのを聞くのは話が別である。
「いい友人じゃないか。望月くんは友人が多そうだね」
「まじ?そう見えます?」
「少なくとも、僕は君が好かれる理由がわかるよ」
朝凪は人の感情の表裏性には詳しくない。
けれども九条がおべっかをかいたり、嘘をついているようには朝凪にはとても見えなかった。あまりにも眩しい聖人君子然とした態度に思わず朝凪は目を細めた。
(さっきの顔は見間違えだったかもな)
朝凪は先程まで微かにあった警戒心を解き、特盛バーガーにかぶりついた。
「望月くんは紗羅ちゃんと仲良いの?」
「んー、偶に会ったら話すくらい?朝緋と帰る時とかは生徒会室前でちょっと、あと服装検査に真日流が引っかかった時」
「アイツのあのだらしない服装どうにかならんのか」
「ならないよー諦めな八神さん」
「何故風紀委員をやっているんだあいつ」
「桃園サンが一緒だからでしょ」
九条がはにかみながら八神に視線を向けている事に気付いた朝凪は、かつてない胸の高鳴りを感じながら烏龍茶を口に含んだ。
正直言えば味が分からないが、今の現状からすれば粗末な事だ。
「紗羅ちゃんは委員会は何入っているの?」
「……図書委員会だ」
「へぇ、昔から本読むの好きだったよね。今どんな本を読んでるの?」
「……本屋大賞とかのやつだけど」
「へぇ。オススメの本ある?紗羅ちゃんオススメの本なら僕なんでも読むよ」
「なんなんださっきから!」
突然声を荒らげ立ち上がった八神に、店内が水を打ったように静かになる。
視線に気付いた八神が周囲に頭を下げながら椅子へと座り直した。
深呼吸を何度か繰り返した八神が九条に顔を向ける。怒っているというよりも、理解出来ず困惑しているといった表情だ。
朝凪が望月へ視線を向けてみると、何事もない様子でバーガーを頬張っている。さながら頬袋に木の実を詰め込むリスである。
(きしょいなこいつ……)
幼馴染に対しての辛辣な感想を抱く。
「何故普通に私に話しかけてくるんだいっか、九条。あの時私が何をしたのか忘れたのか」
「忘れてはいないよ。でも、紗羅ちゃんが悪いわけないでしょ?流石に急に無視された時は吃驚したけどさ、僕が何かしたんだろうし紗羅ちゃんが気に病む必要なんてないよ……流石に急に転校した時はなんで教えてくれなかったんだろと思ったけど」
あまりにも恍惚と笑う九条に八神の表情が泣きそうになった。
九条一鶴という男の異常性の一端が見え隠れする言動に朝凪は目がチカチカとした。
「それは……すまなかった」
八神の謝罪を気に静寂に包まれた席は、全員が食べ終わるまで口を開く事はなかった。
全員が重苦しい雰囲気で駅で別れる。
呑気な望月は望月で、玩具を入れた鞄に意識を向けてるせいで口を開かなくなった。
(ブラコンが……)
足早にホームへと八神は姿を消した。
その後ろ姿を最後まで見守る九条に朝凪は声を掛ける。
「八神さんの事好きなんですか?」
「……うん。好きだよ。だから手を出さないでね朝凪くん」
朝凪に向けて微笑む九条の顔に、朝凪は無意識に刀へと手を伸ばした。
先程までの八神に見せていた善人らしい笑顔とは違う温度の感じられない笑顔。
九条は朝凪と八神と関わるのなら覚悟しろと忠告している。
「それじゃあね朝凪くん。明日、楽しみにしているよ」
好青年然と手を振り反対側の改札口に向かっていく九条の後ろ姿を眺めながら、朝凪は思わず立ち尽くしてしまった。
柄を握っていた手がだらんと重力に従い落ちていく。
「……恐ろしいな」
朝凪は九条に対して明確に恐怖心を抱いた。
同世代とは思えない貫禄と威圧感に。
それとは別で、カップリング適正のありすぎる人となりに。
九条一鶴のスペックの高さに、朝凪は恐れおののいた。




