第8話
「行ってきます」
「気をつけてねー」
キッチンから母の声が聞こえる。
ドアを開けて空を見上げる。厚い雲に覆われた曇り空だった。
梅雨の時期はこんな空ばかりだ。晴れている日の方が珍しい。
駅までは少しだけ歩く。10分ほどで駅に着き、電車に乗る。そこから更に15分歩けば高校だ。
「今日はいつもより人が多いな……」
電車に乗ると、いつもの席が埋まっていた。朝から立ちっぱなしになるのは少し面倒だ。
仕方なく吊り革を握り、流れていく景色を見る。
ふと左を見ると、見覚えのある横顔が見えた。
「……望月さん?」
「あっ、一ノ瀬くん!おはよう」
「おはよう」
彼女と軽く挨拶を交わす。
「望月さんもこの時間の電車に乗るんだね」
もう1本後の電車に乗っても高校には余裕で間に合う。それもあって、この時間に高校生の姿があるのは珍しい。同級生から目立ちたくない僕にはちょうどいい時間だ。
望月さんは少し困ったように笑う。
「いつもはこれじゃないんだけど、今日は日直の仕事があるから。1本早いのに乗ったんだ」
望月さんは日直の面倒さをぽつぽつと話していた。
そういえば、自分が日直だったときも大変だった気がする。
「朝はもう少しゆっくりしたかったんだけど、仕方ないよね。一ノ瀬くんと話せたからいいんだけどさ」
昨日も水族館や帰り道で十分話したはずだ。
それでも望月さんが嬉しそうに笑う理由が、僕にはわからなかった。
ドアを開ける。
数人しかいない教室。本を読んでる人もいれば、友達と話してる人もいる。
「じゃあ私、日直の仕事あるから!」
望月さんは鞄を机に置き、職員室に向かう。
僕は席に座り、窓の外を見る。相変わらずの曇り空。
ホームルームまではまだ時間がある。机に横たわると、少しだけ眠気がやってくる。
瞼が重くなっていくのを感じていると、誰かが目の前で立ち止まった。
「君が一ノ瀬くんだよね?」
顔を上げると、女の子がいた。
一瞬誰かわからなかったが、望月さんとよく話してる人だ。確か名前は大森さんだったと思う。
「そうだけど……」
「ちょっと着いてきてくれる?」
そう言うと教室のドアへ歩いて行く。何が何だかわからないが着いていくしかない。
「あの……僕、何かしました……?」
大森さんからの返事はない。ただどこかへ向かって歩いている。
階段を登り、一つの教室に入る。そこはいつも弁当を食べてる教室だった。
「皆の前だと言いにくいから、ここで話すね」
大森さんはそう言ってドアを静かに閉める。
向かい合った顔は笑顔ではなかった。
怒っているような、泣いているような。少なくとも、良い話でないことはわかった。
「話っていうのは、咲夜とのことなんだけど……」
大森さんは少しだけ息を吸うと、僕と目を合わせる。
「一ノ瀬くん、日曜日に咲夜と水族館行ってたよね」
大森さんに見られていた。その言葉で心臓が跳ねた。
「気のせいじゃないかな……」
「まず私が咲夜を見間違うはずがない、親友なんだから。2人の後ろ姿じゃなくて顔が見えたの。正直一ノ瀬くんか確信はなかったけど、さっき教室に入って顔見たら、この人だって思って」
顔まで見られていたら、もう否定はできなかった。
「はっきり聞きたいんだけど、一ノ瀬くんは咲夜のことどう思ってる?好きなの?」
誰もいない教室と微かに聞こえる生徒の声。
「……わからない」
そう言って目を逸らす。大森さんからの視線は感じるが、はっきり目を見て言えない。
「わからないなら、思わせぶりなことしないであげて。咲夜が傷つくのを私は見たくない」
少しだけ目を合わせる。大森さんの顔は苦しそうだった。
「口出しすべきじゃないのはわかってる。でも咲夜は私の大切な親友で、私にとっては何よりも大切な人なの。だから……思わせぶりなことして咲夜を傷つけたら許さない」
口を開いて何かを言わなきゃならない。
大森さんと目を合わせて、僕が望月さんをどう思っているのか伝えないといけない。
言葉が出てこない。
口は開いても、何も出てこない。
目を合わせようとしても、顔が動かない。
「何も言えないなら、私教室に戻るね。咲夜のことちゃんと考えてあげて」
大森さんはそう言い残して、教室を後にする。残った僕は立ち尽くすしかなかった。
「……望月さんをどう思っているのか」
その言葉が頭から離れない。
ふとポケットからスマホを出して、望月さんとのメッセージを開く。
『また舞奈さんの喫茶店行こ!舞奈さんも一ノ瀬くんと話したいって』
メッセージを見ると、今日の7時30分に送信されていた。
『また行きたい』
そう打っていた指が止まる。
文字を消し、メッセージを打ち直す。
『しばらく忙しいから行けないと思う』
望月さんなら『また時間できたら行こうね!』と返してくれるだろうか。
昼になっても、放課後になってもメッセージに返事が来ることはなかった。
あと2話ぐらいで終わる予定です!
リアクションや感想貰えたら嬉しいです✨️




