第6話
「綺麗だね〜」
ゆったりと泳ぐ大きな魚や、群れになって泳ぐ小さな魚。青い世界が目の前いっぱいに広がっている。
隣の望月さんは水槽に釘付けで、普段よりも目が大きく開いてる気がした。
「この水槽、日本でも有数の巨大水槽らしいよ」
望月さんが、パンフレットを指さしながら教えてくれる。
一瞬だけだったが、そのパンフレットに赤い線や印がつけてあったのが見えた。
「こんなに大きい水槽……初めて見たかも」
そう呟きながら水槽を見る。混んでいたのだが、運良く前に出れた。
見下ろすと、水槽は下まで続いていた。青い光の中を、エイが滑るように泳いでいた。
「この水族館、生き物ごとの水槽とか色んな体験型の施設が沢山あるみたい」
望月さんはパンフレットをめくりながらそう言った。
「一ノ瀬くんは行きたいところある?」
水族館に行きたいと言ったのは僕だ。事前に調べてみたが、本当にたくさんの施設がある。
「クラゲの展示とか気になってるかも」
ネットで写真を見てる中で気になったのはクラゲだった。ゆらゆらと泳ぐ姿には、写真では伝わらないものがある。そんな気がした。
「いいね!私もクラゲ見たい!クラゲはこっちかな……」
パンフレットを閉じると、望月さんは周りを見渡した。
クラゲの展示を示す案内を見つけると、二人で歩き出した。
人混みの中、彼女を見失わないことに必死だった。
クラゲの水槽にも人混みができていた。
思わず足が止まる。
水族館と言ったら、大きな水槽やオットセイを見る人が多いと思っていた。
「一ノ瀬くん、こっち」
望月さんが小声で手招きする。
さっきまでの大きな水槽とは違う。こじんまりとして、静かな場所だった。
「見て、このクラゲ。すごい可愛い」
「すごく小さいね」
望月さんが指さすクラゲは丸くて、とても小さかった。その小さい体を揺らしながら、水中を漂っていた。
「クラゲっていいよね。水中を自由に泳いでるみたいで私すごい好き。」
「…自由か」
クラゲはゆっくりと泳いでいる。
僕には自由より、流れに身を任せて漂っているように見えた。
「しばらくこの展示回ろうよ。他にも色んなクラゲの水槽あるみたいだし」
周りを見渡すと、小さな水槽が点々と並んでいるのが見えた。
色や大きさの違う子がいるらしい。
「一ノ瀬くんは気になるクラゲいそう?」
「どうだろう…クラゲを真面目に見るの初めてだから」
「気になる子いるといいね」
そこからは自然と別れてクラゲを見た。
同じクラゲでも大きい子や丸くない子など、その姿は様々だった。
(この子…いいな)
その中でも触手が長くて、大きいクラゲが気になった。
ゆらゆらと揺れているその姿に不思議と頼りなさを感じなかった。むしろ、水の流れに負けずに自分の意思で泳いでるように見えた。
望月さんはどの子を見ているんだろうか。
ふと人混みへ視線を向けた。
(あれ?)
望月さんの姿が見当たらない。
今日は確か、白いカバンを肩にかけてたはずだ。
白色のカバンを探す。
人混みに視線を滑らせる。
だが、どれも違った。
(スマホは…)
胸がざわつく。
もう一度目の前の景色に視線を走らせる。
ポケットからスマホを取り出そうとしたところで背中を叩かれた。
「一ノ瀬くん、大丈夫?」
そこには不思議そうな顔で僕を見ている望月さんがいた。
「うん…大丈夫だよ」
小さく息が漏れ出て、ゆっくりとスマホから手を離す。
望月さんも手にはスマホを持っていた。きっとクラゲを撮ってたんだろう。
「気になる子は見つかった?」
「この子かな…」
ついさっきまで見てたクラゲを指さす。
「なんだろう。不思議なんだけどこの子だけは自分の意思で泳いでるように見えた」
望月さんは少しだけ驚いた顔をしている。そんなに変わった子を選んでしまったのだろうか。
「望月さんは?どの子が気になった?」
「私はね…」
彼女が触れたのは小さいクラゲの水槽だった。ぷかぷかと楽しそうに漂っている。
「なんとなくこの子見てると安心するんだ…」
「どうして?」
「どうしてかな?」
クラゲは変わらず浮かんでいる。
「……この子が可愛いからかな」
そう言って望月さんは微笑む。いつもと変わらない笑顔。だけど何か違う気がした。
クラゲの後にも色んなものを見た。
エビや亀、アザラシにサメ。離れたところからペンギンの声が聞こえる。
一通り回ったあと、軽食を食べることにした。
「一ノ瀬くんって好きな食べ物ある?」
メロンパンを食べながら、望月さんが聞いてくる。亀の形をしたメロンパン。カメロンパンって名前だった気がする。
「あんまり好き嫌いはないと思う。出てきたら食べるし、美味しいとは思うけど、一番好きってないかも」
「……それって凄いね」
「え?」
望月さんの一言で固まってしまう。『凄い』と言われると思わなかった。
「だって、好きなものが増えるってことでしょ?凄いワクワクしない?」
『ワクワクする』という感覚がわからなかった。どれだけ考えても僕だけじゃ思い浮かぶことはなかった。
そう言った望月さんはメロンパンを頬張っている。メロンパンが好きなんだろうか。好きだとしたら、いつその好きを見つけたんだろう。
「望月さんはメロンパン好きなの?」
「大好き!甘いけど甘すぎなくて、模様もなんか可愛いし」
そう言ってもう一口メロンパンも口に運ぶ。
「いつ好きになったの?」
「いつ…いつだろう。家の前にパン屋さんがあるんだけど、小さい時にお母さんとか、弟とよく行ってたんだよね。そこで買ってもらってたメロンパンが凄い美味しかったの。今思うと、そのメロンパンを食べてるうちに自然と好きになってたかも」
「自然と…」
「そうそう」
手に持っているホットドッグを見つめる。メニューを見た時に何となくで頼んだものだ。
おなかいっぱい食べたい訳じゃない、そんな時にちょうどいいと思う。
一口食べる。ケチャップとマスタードの味が口に広がる。
コーヒーを飲む。苦味が口の中に広がる。
この組み合わせは好きなのだろうか。
しばらく、交互に2つを見る。
もう一口ホットドッグを食べた。
一応もう少しだけデートは続きます!
ほんとにゆっくりペースなんですけど、お付き合い下さい
感想、リアクション貰えると嬉しいです




