第2話
昨日の雨がそのまま続いたように、空はどんよりと曇っている。朝に見たニュースでは今日も昼から雨が降るらしい。
カバンに入っている折りたたみの傘をそっと握る。ビニールの傘は昨日渡してしまったから、しばらくはこの子と頑張るしかない。
頼りないなーと思いつつ、教室に入るといつもと違う空気を感じた。
(誰かに…見られてる?)
普段ならありえない、誰かに視線を向けられている気がする。席に座ってからもそれは変わらなかった。怪しまれないようにそっと周りを見る。
(あっ…)
教室の中央。昨日傘を貸したあの子と目が合った。向こうも気づいたらしく、お互い目が合ったまま固まってしまう。
「授業始めるぞー」
教室に入ってきた先生の声で、ハッとする。多分僕を見ていたのは彼女だろう。なぜ見ていたのか気になるが、今考えてもどうしようもない。意識を黒板に向ける。
集中してるつもりでも落ち着かない。そんな午前中だった。
3階の1番奥。よほどのことがない限りは、誰も使わない教室。
目立ちたくない僕にとってはちょうどいい場所だ。
人と話すのが嫌いなわけではない。ただ、苦手なだけだ。少し話すだけで、どっと疲れてしまう。
(やっぱり昨日のことかな?)
お弁当を食べながらそんなことを考える。
結局授業には集中できなかった。
思い当たるのは昨日、傘を貸したことくらいだ。
(それ以外で望月さんと関わったことないもんな…)
僕を見ていた彼女、望月 咲夜はクラスの人気者だ。誰にでも優しくて、いつもクラスの中心にいる。誰かが「あの人は太陽だ!」と言ってたのも聞いたことがあるが、いつも笑顔だし、本当にそんな人なんだろうなと思う。
(あの人は目立つし、できるだけ関わらないようにしないと)
そっと卵焼きに箸を伸ばす。口に入れようとしたところで廊下から慌ただしい足音が聞こえる。
こんなところに珍しいなと考えていたら、急に教室のドアが開けられた。
ドアの先には望月さんが立っていた。
「君、一ノ瀬君だよね?」
真っ直ぐな視線が僕に向けられる。朝よりも確かな意志を感じるその視線に目を逸らしてしまう。
「そうですけど、何かありました…?」
「何って、昨日傘を貸してくれたの一ノ瀬くんでしょ?」
とぼけても無駄だった。彼女は入り口から僕のところまで一直線に歩いてくる。
(顔は見えてなかったはずなのに…)
「顔は見えなかったけど、走っていく後ろ姿で一ノ瀬くんってわかったよ!」
僕の前まで来ると望月さんは自信のある声でそう言う。まるで心を見透かされているようだ。
「確かに貸したのは僕ですけど…」
「よかった〜!どうしてもあの時のお礼を言いたくて、朝からタイミング探してたの」
やはり目が合ったのは勘違いではなかったらしい。
「というか一ノ瀬くん、朝教室で目合ったよね!」
しかも相手からも気づかれていた。いやお互い固まったのだから目が合ったと思われるのは自然だろう。
ちょっとだけ驚いたことを伝えると彼女は笑っていた。彼女も目が合うとは思ってなかったらしい。
「それでね一ノ瀬くん。私、君にお礼したくて」
「いや、お礼なんて…別に特別なことしたわけじゃないし」
「私にとっては大事なことだったの!あの時どうしても急がなきゃだったから…だからどうしてもお礼したくて」
さっきまで笑顔だった彼女の顔が少しだけ真面目な顔になる。
「それでね、急なんだけど今日の放課後って時間ある?」
「今日は難しいかも」
「じゃあ土日は?」
「…日曜日なら暇だよ」
最初は断ろうと思ったが、押されて負けてしまった。望月さんの顔に笑顔が戻っていく。
「じゃあ日曜日!一ノ瀬くんスマホ出して!」
「う、うん」
言われるがままにポケットからスマホを取り出す。彼女に渡すとあっという間に友達登録された。
「詳しくはここに送るね!じゃあ昼からも頑張ろ〜!」
そう言って望月さんは教室を出ていった。
「なんだったんだ…?」
思わず心の声が漏れる。
(あの人が…太陽…?)
彼女が教室に入ってきてから出ていくまでにいろんなことがありすぎて、理解が追いつかない。
体から力が抜けて、無意識に息が漏れてきた。
(あれじゃ太陽ってより嵐だよ…)
時計を見ると針はもうすぐ昼休みの終わりを指そうとしている。慌てて残りのお弁当に箸を伸ばし、急いで口に運ぶ。
平穏なはずの昼休みが一つの嵐によって一瞬で終わった。
「ここテストに出るからなー」
先生の声が教室に広がる。ピンク色の線が黒板に書いてある今度のテスト範囲を囲む。
その間も望月さんのことが頭から離れなかった。
(連絡するって言ってたけど、本当にくるのか…?)
そんなことを考えているとポケットのスマホが揺れた。こっそり覗いてみると望月さんからだ。
『今ごめんね!日曜日なんだけどちょっと遠く行きたくて、一ノ瀬くんは大丈夫かな?』
『一日空いてるから大丈夫だよ』
『よかった〜!そうだ!傘は昇降口の傘立てに立ててあるよ!さっき言うの忘れてた…』
一緒にイルカのスタンプで『ごめんね』と送られてきた。イルカが好きなのだろうか。
スマホから窓の外へと視線を移す。どうやら今日の予報は当たっていたらしい。ポツポツと小さな雨粒が窓に当たって下に伝っていく。
日曜日だけは晴れてほしいと思った。
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