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−好き−
意味;心惹かれること。気にいること。
僕には「好き」がわからない。
好きな食べ物や好きな本、好きなスポーツも。
選ぼうとして、いつも手が止まる。
中でもわからないのは「好きな人」だ。
幼稚園の頃から友達同士で「好きだよ」と言っているところを、何度も見てきた。ただ理解できたことは一度もない。
成長していくにつれそんなところを見ることは少なくなり、代わりに小説やドラマで「好き」という言葉を聞くようになった。何度も見返したり、考えてみたがやっぱり分からない。気づけばキスシーンや告白のシーンになっている。
「好き」に繋がるものが全く見えないのだ。
どうしても知りたくて友達に聞いたこともある。
「付き合ってみればいいんじゃないか?」と一言率直に言われた。
しかも告白までもされたこともある。
だけど分からない。
「好き」ってなんなんだろう、僕にも「好き」になれるものはあるんだろうか。
そんなことを何となく考えながら過ごしていたある日、僕は彼女に出会った。
高校に入学してから1年と2ヶ月が経った。1年生の時に感じていた新しい環境への期待や不安はもう感じていない。
何気ない日々の時間が淡々と同じペースで流れていくだけだ。
「…暇だな」
窓際の1番後ろ。軽くため息をつきながら窓の外に視線を向けると、空はどんよりとしていて灰色の厚い雲に覆われている。朝の綺麗な青い空はどこかへ行ってしまった。
(予報では一日晴れだったのに)
これだから梅雨の時期は嫌いだ。さっきよりも深いため息が出てしまう。
「一ノ瀬!ちゃんと聞いてるかー?」
先生に呼ばれて急いで黒板に視線を戻す。今の授業は数学。得意か苦手かで言われたら若干苦手だ。
勉強自体は嫌いではない。じゃあ好きなのか?と聞かれても答えはNOだ。好きか嫌いかの問題では無く、ただ必要だからしてるだけだ。
(これ以上天気が悪くならないといいな)
一応カバンには折り畳みの傘がある。さらには母に無理やり持たされたビニール傘もある。しかし降らないのが一番であることには変わりない。そう祈りながら僕は、数字が並ぶノートにペンを走らせた。
予報は外れ、放課後には大粒の雨が地面を叩いていた。
廊下を歩いていると、部活が休みになったことを聞き、歓喜に叫ぶ運動部の声が聞こえた。
「今日は晴れって言ってたよね?」
「傘忘れたんだけど入れてくれない?」
昇降口は傘を忘れた生徒たちで溢れかえっていた。傘に入れてもらう人やスマホで誰かに電話する人、雨が弱くなるのを待つ人。いろんな人が各々この雨の中家に帰る方法を探している。
(傘持ってきてよかったな…)
そんな人たちを横目に僕はビニール傘を開こうとする。
「どうしよう…」
ふとそんな声が小さく聞こえた。気になって視線だけを向ける。
同じクラスの女子ーー見覚えはあるが、名前が思い出せない。
「今日お父さんもお母さんもいないし…でも遅れるわけにもいかないし…」
そう言って彼女は空を見上げる。
灰色の空、止まない雨。それを見つめる彼女からなぜだか目が離せなかった。一瞬のはずなのに時間が止まった気がした。
慌てて視線を逸らす。
(なんだ…今の)
「走るしかないか…」
気づけば彼女は雨に向かって一歩踏み出そうとしている。
ここから駅まではそれなりの距離がある。ここから走るとずぶ濡れになるのは明らかだ。
気づいた時には口が動いていた。
「あの…これ使ってください…」
今開こうとしていた傘を彼女に差し出す。
「え、でも…」
「僕、折りたたみもあるので大丈夫です」
半ば無理やり彼女に傘を押し付け、鞄から折り畳みの傘を取り出す。
今のやり取りで彼女の顔は見ていない。顔を見るとまた目が離せなくなるような気がした。
「ありがとう…」
彼女の言葉を聞かずに傘を開いて雨の中へ走り出す。何人かの人に見られている気がするがそんなことはどうでもいい。
心臓はうるさいほどリズムを刻み、咄嗟に胸を抑える。顔が熱いのは走ったからじゃない気がした。
しばらく走って校門が見えなくなったところで足を止めた。深呼吸をするが息は乱れたままでなかなか落ち着かない。
(…なんであんなことをしたんだ)
考えるが答えは出ない。ただ一つわかる事実は、「普段の自分がやらないことをした」ということだ。
雨はまだ降り続いている。家に着くまでの間も彼女の姿が忘れられなかった。
できたら色んな人に見て欲しいので、反応とか貰えるとすごく嬉しいし、助かります!




