第七十五話 報酬がお米のクエストなんてあるのね
ギルドの木の階段を軋らせたのち、廊下を少し歩くと、すぐに借りた部屋の扉が見えてきた。
扉の前に立つと、じんわりと涙が込みあげてきて、思わず目頭を押さえた。
それから、本当にひどい目にあった、と心中で独白した。
騙され、前髪をほとんど失い、その腹いせに騎士に襲いかかって、もう少しでまた牢屋にぶち込まれるところだった。
と言うわけで、俺が敵だと思って、腹立ち紛れに襲いかかったフルプレートの三人組みは、王国の騎士だった。
王国の騎士は数百名いて、その誰もが尋常ならざる強者で、スリーマンセルを組んで、国中の治安維持につとめているのだと、言う。
今回、俺がお世話になったその騎士さまたちは、俺の赴いた村近辺に邪教を信奉する集団の根城があるという情報を得て、調査にきていたらしい。
村で聞き込みをしようとしたが、村は無人で、どうしたものかと途方に暮れていたところ、凄まじい雄叫びが、村中やその近辺を揺るがしたことで、洞窟を発見するに至ったとのことだった。
その凄まじい雄叫びとは、黒尽くめの集団を気絶させた水鬼の雄叫びで、邪教を信奉する集団というのが、黒尽くめの集団だった。
騎士たちを黒尽くめの集団の転がる洞窟の奥に導くと、彼らは地に伏した集団を見て驚嘆とついで感嘆の声をあげ、爾後以上の事柄を話して聞かせてくれた。
それから、黒尽くめの集団の討伐には多額の報奨金が王国から支払われるとのことで、俺は騎士の一人から多額の報奨金を受け取った。
その騎士は、どこからともなく大き目のゴミ袋くらいの大きさの、パツパツに肥太った麻袋を取り出すと、それを俺に手渡した。
口を縛っていた紐を緩めて、中に目を落とすと、黄金の輝きが俺の目をしばたたかせた。
「こんなにもらっていいんですか?」と俺がおずおず質すと、その騎士は「もちろん、超高難易度クエストだからね」と言った。そして、「このことはギルドに報告しておくし、特別に君の無礼にも目を瞑ろう」と口にした。
俺が、「無礼?」と首を傾げると、騎士は肩を竦めて、「騎士への攻撃は重罪。禁錮三十年はかたいよ」と言った。
瞬間、目の前が真っ白になり、正気づいたときには、地に額を擦りつけながら何度も謝罪の言葉を口にしていた。
ひりつく額を軽く左手で撫でて、右手でドアノブを握った。ドアノブのわずかな冷たさがなぜだか心地よかった。
ガチャリと言わせて、扉を開くとメアがいた。
ベッドに腹這いになってどこかからか持ってきた本に目を落としていた。
俺に気がつくとメアは本を閉じて、ベッドの縁に腰を据えた。
それから、居住いを正すと顔をあげ口を切った。
「夜雲! おかえ……何その前髪……?」
メアの白眉がメアの眉間に殺到した。
ためつすがめつこちらを見やるメアの紅玉めいた双眼には、胡乱げな光が宿っていた。ややあってメアは口を開いた。ぎこちない調子の声が耳を掠めた。
「いっ……イメチェン? その……ぜんぜん似合ってないわよ? 正直……頭がどうかしちゃったみたいに見えるわ……。えっと……頭丸めたら?」
「う、うるせぇ! ほっとけ!」
俺は耳が熱くなるのを感覚すると、左手で前髪を隠し、即座に右手に報奨金の詰まった麻袋を出現させた。結句メアの注意を逸らすのに麻袋は一役買ってくれた。
その肥え太った袋を目にして、メアが目を驚いたように暫時ぱちつかせる。
それから、ゴクリと喉を鳴らすと、「何それ? まさか……」と言った。
「そのまさかだ」
俺がにやりと口の両端を軽く持ちあげるとメアが、「報酬がお米のクエストなんてあるのね」と口にした。
ドンと床を踏み鳴らして、「ちげぇよ!」と言い募った。
と、メアは首を傾げ、「小麦粉?」と口に出した。
俺はガクッと肩を落とすと、麻袋の口紐を解いて、メアにその中身を見せつけてやった。
「金だよ。金。ほら」
メアの顔が心なしか、金色に染まって見えた。
「うわー、すごい金額ね」
メアは感心したような声をあげ、俺は得意げに胸を張ったのだが、そんな矢先、「で、どこから盗んだの?」という信じ難い問いが飛んできた。
俺は、思わず面食らいポカンと口を開くと、そのまま凝然と凍りついた。
ついで、ただちに、こ、こ、このエルフ! というニワトリめいた心の声が熱をもたらし、強くニワトリよろしくかぶりを振ると、ニワトリの如く声を張りあげ、否定の言葉を口にした。
「ちげぇよ! 報奨金だよ! 邪教団を壊滅させたんだよ!」
「邪教団! ほんと? 嘘でしょ。正直に言ってごらんなさいよ」
「つくづく信用ねぇな、俺は!」
自分でそう言って、急に悲しくなった。心臓をまち針で一突きされたかのような気がした。続いて、どうすりゃ信じてくれるんだ! と疑問を口にしようとした折、即座にメアがその疑問を氷解させた。
「信用して欲しかったら、その怪しげな前髪をどうにかすることね」
「ぐぬぬ」と漏らした俺は悲しみと怒りに見舞われて爆発寸前だったが、ふとこんな理不尽とおさらばできる機会が間近に迫っていることを思い出すと、罵詈雑言の代わりに、「はぁーまあいいや」と溜息まじりに言って、「とにかくこれで砂漠に行けるわけだ」と言葉を繋いだ。
「砂漠!」
言って思い出したようにメアは胸の前でポンと手を叩いた。
俺は麻袋の口を片手で鷲掴みにすると、それを頭より高く掲げて朗々とした声で言った。
「そうだ! 砂漠だ! 明日装備を整えたらすぐ出発だ!」




