第七十話 俺の前髪を高く掲げて
「騙したのか⁉︎ 何が目的だ! 解放しろ!」
叫ぶと、あたかも見せつけるように不敵な笑みを老人は浮かべた。
その表情に、俺は我にもなく、ぞくりと怖気を振るった。
「ああ、騙したとも、騙したとも。何が目的か? 鬼の召喚だ」
老人は笑みを浮かべながら言うと、「ちなみに断じて解放はしない」ときっぱりつけ足した。
「鬼の召喚?」
俺は眉根を寄せて呟くと、間髪入れずに、「やはり解放してくれないのか、くそ」と小さな声で呟き、小さく舌打ちをした。
「そう、赤鬼。あの超級モンスターの召喚じゃ」
「あ、赤鬼⁉︎ 超級モンスターだと⁉︎」
空気を読んで、そう大仰に驚いてみてものの、引っかかりを覚えて、すぐに頭を巡らせてみた。
超級モンスターってそんな強くなくね?
伝説級のウォータゴーレム——水鬼よりも格下ってことだろ……?
余裕じゃんか……。
そう心中で言って、些か安心した俺は、我知らず鷹揚にほくそ笑んだ。
すると、その表情が気に食わなかったのか、怒ったように老人が言った。
「ずいぶん余裕そうじゃな? じゃが笑っていられるのも今のうちじゃ」
言って老人は懐から、とんでもなく巨大なナイフを取り出した。
青い火灯りを帯びたナイフが怪しく閃く。
老人の言葉どおり、笑みを消した俺は震える声で訊いた。
「な、な、何する気だ?」
「おぬしは察しがいいようじゃからわかるじゃろ、みなまで言わなくとも?」
老人の言うとおり俺はたしかに察しがいい。その察しのいい俺が、考えるに、まがまがしい鬼の像、その手前の石の寝台のようなもの、その上に寝かされた俺、黒衣の集団、怪しく閃くナイフ……。
これらを踏まえて考えると、答えは自ずと口から踊り出してきた。
「生贄……」
「やはり、察しがいい」
老人は、直後、歩を進め。そうしてナイフを逆手に持ち替えた。
まずい! と思って、逃げようともがくが、どういうわけだか、身体に巻きつく縄はびくともしない。
怪力という特殊能力があるはずなのにどうしたことだろうか……?
その疑問を老人は即座に氷解させた。
「無駄じゃ。その寝台に寝かされたものはすべてのスキルを無効化される。どうじゃ? ただの縄がオリハルコンの鎖のように感じられるじゃろ?」
「ち、ちくしょう」
すぐそこに迫る老人を認めて、俺は顔を背け、反射的に目をかたく瞑った。
そのとき、頭上で硬い音が鳴った。
燭台が、寝台の宮棚に置かれた音に違いなかった。
ナイフを両手持ちにして、俺の心臓を串刺しにする気に違いない。
「なんでこんなことに……」
思わず呻くように漏らし、泣きそうになった。
そして、老人の嗄れ声が耳朶に触れた。
「貰い受けるぞ」
「やめろおおおお‼︎」
瞑目したまま絶叫する。
一瞬後、痛みが走った。
胸ではなく頭に……。
驚いて目を開けると、老人が俺の前髪を鷲掴みにしていた。
俺が、「は?」というと、直後ザクッという音がして、顔に髪の毛が何本か降りかかってきた。
放心した俺は暫時目をぱちつかせた。
それから、急に顔にのった髪の毛が呼水となって痒みを覚え、正気づいて、「え?」と声を漏らした。
困惑した俺は、答えを求めるように老人に目を投げる。
と、老人はいつの間にか踵を返しており、俺の前髪を高く掲げて、「うおー!」と雄叫びをあげた。
その一瞬後、それに呼応して、黒衣の集団が吶喊よろしく全員が全員声を張りあげた。
空気が鳴動した。
前髪を失った俺は、その異様な光景を目にして、開いた口が塞がらなかった。




