第六十五話 基本的に召喚獣は血に飢えた獣も同然だから、人間なんてもうその時点で餌でしかないんだから
「あのポイントを使いたいんですけど……」
俺はギルドのカウンターの前に立つと、真ん中に佇んでいた緑髪の受付係のお姉さんに、そう声をかけた。
お姉さんは、にこりと笑むと、「かしこまりました。それではギルドカードを提示してください」と口にした。
俺は手に持って準備していたカードをすかさず差し出しだ。
お姉さんはカードを受け取ると、カードに埋め込まれている淡い光を放つ魔石に目を注いだ。それから、ほどなくして、お姉さんはカードを持ったまましゃがみ込み、ややあってから立ちあがった。
お姉さんの右手には俺のギルドカード、そして無手だった左手には、カウンターの裏の棚にでも置いていたのか、灰色の装丁をした分厚い辞書のような本を持っていた。
色は異なるが、その本は、しゃべる雲にもらった『水の魔法書』によく似ていた。
「それはなんですか?」
「スキルブックです。たくさんのスキルの名称と効果が記載されています」
それを聞いて、どうやら魔法書のスキル版らしいな、と心中で独白した俺は、間髪入れずに問いを重ねた。
「あの……サモナーのスキルってありますか? 複数の召喚獣を同時に使役したいんですけど……」
「ええ、ございますよ。サモナーのスキルの説明はご必要ですか?」
水鬼や水鮫がくれた助言が嘘ではないことを認識した俺は、莞爾と微笑むと、「ぜひ、教えてください」と朗々たる声で言った。
「もちろんです。それではスキル獲得の儀式を執り行いたいと思います。そのまま、私がいいと言うまで動かないでください」
「はい」
俺のその返事を皮切りにお姉さんは聞き取れないほどの小声で、ぶつぶつと何か呪文めいた言葉を早口で紡ぎ出し始めた。
つと、お姉さんの手にした本が淡い水色に光出し、ついでギルドカードも淡い水色の光を発し始めた。
唖然としてその摩訶不思議な光景を食い入るように見ていると、お姉さんの手に握られた本が独りでに開き、ぱらぱらとページが三十枚くらい捲られた。
すると、本とカードの輝きが唐突に消失した。
怪訝に思って眉を寄せると、目の前に忽然と淡い水色の野球ボール台の丸い塊が出現した。
次の瞬間、その丸い塊はふわふわと風に流される風船のように俺に接近してきた。避けようかとも思ったが、いいと言われるまで動いてはいけない、とお姉さんに言われていたことをはたと思い出した俺は、結局避けることはしないという選択を取った。
結果、淡い光の玉が俺の鼻つらに接触する。
その直後、光の玉はティッシュに染み込む水滴が如く、俺の身体に染み込むようにして消えた。
ポカンと口を開け、目をぱちくりさせていると、やにわにお姉さんが口火を切った。
「お疲れさまでした。儀式は完了しました。もう動いていいですよ」
瞬間、俺は「は、はい」と、とつとつと返事をした。
「これで、サモナーのスキルは夜雲さまに付与されました。おめでとうございます。何か質問はございますか?」
「えーと、その、サモナーのスキルについて詳しく教えて欲しいんですけど?」
「サモナーのスキルの解説ですね。承知いたしました。サモナーのスキルを獲得することによって、複数の召喚獣を同時に操ることができます。さらに、召喚時間も大幅にアップしますし、魔法陣なしで召喚獣を呼び出すことも可能になります」
「おお! それはありがたい!」
「何かほかに質問はございますか?」
「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございました」
俺が言って頭をさげると、受付係のお姉さんも、「それでは、またのお越しをお待ちしております」と言って頭をさげた。
自室のドアを開けて、中に入ると、俺は大きく伸びをして、「やっとこれで二、三体同時に召喚獣を使役できるわけかー。案外、魔王討伐も余裕かもな」と口にした。
伸びをしながら部屋の中央辺りまで歩くと、ドアの閉まる音が聞こえた。
直後、背後のメアが口を切った。
「夜雲、滅多なこと言うもんじゃないわよ。ほんとに、頭、おかしいと思われるわよ。それに、いくら使役できたって複数体使役するぶんだけ、魔力の消費も激しいんだからね。魔力が枯渇したらどうなるか知ってるの?」
俺は振り返りざま、「どうなるんだよ?」とメアを質した。
と、メアは、「食べられるちゃうのよ」と言った。
「ま、まっさかー」と俺が顔を引きつらせて言うと、メアはやおらかぶりを振って、「召喚者の魔力が枯渇すると、召喚獣は制御を失うの、あと基本的に召喚獣は血に飢えた獣も同然だから、人間なんてもうその時点で餌でしかないんだから」と言ってきた。そうして、「食べられちゃうわけ。しかも頭からボリボリって」とつけ加えて、口元に嫌な笑みを浮かべた。
「頭から……」
俺はそう呟いて、「そんなはずねぇよ」と言って、後頭部に左右の手を右左の順で重ね、笑顔を取り繕ってみせた。
そう言う反面、脳中では、俺の使役する水鮫、水鬼、レプリカが目の前にいて、じゅるり、と涎を垂らしながら俺を見据えている、というイメージがありあり浮かんでいた。
俺は激しく頭を振ると、「そうだ! そうだ! メア! 明日、どんなクエストに行こうか!」と大仰な調子で言った。
そうしたところ、メアは、「えー、いやよ。さすがに疲れたわ、夜雲が一人で行けばいいじゃない。ほぼ気絶してただけなんだから、体力あり余ってるでしょ。男なんだから、甲斐性くらい見せてみなさいよ」と口にして偉そうに腕を組んだ。
このご時世にそんな古臭い価値観持ち出しやがって、この老ぼれエルフが! と思いつつ、ここは異世界の中世風の世界で、たしかにほぼ気絶して役に立たなかったことを、ふいと思い出し、輪にかけて精神的にダメージを負った俺は大音声でこう口に出した。
「ああ! いいよ! 休んでろよ! 今回は俺独りでクエストに行くからよ! じゃあな!」
ドアに向かって直進する俺に道を譲るようにメアは脇に退くと、「はいはい……じゃあ気をつけて、いってらっしゃい。帰りはいつ頃?」と軽い調子で言った。
「知らん! とにかく、今すぐにでもクエストに出かけてやるよ!」
前方を見据えながらそう言って、ノブを握り、俺はドアを開け放った。
「やる気満々ね……。ふふ」
「ああ! やる気があり過ぎて頭がおかしくなりそうだぜ!」
メアの皮肉と皮肉げな笑い声に、そう返した俺は、強めに、扉が壊れるか壊れないかのぎりぎりの力加減で扉をバタンと閉めると、下階にあるクエストボードに足を向けた。




