第六十四話 食べたら毒に蝕まれて、数時間もしないうちにあの世行きよ
「はぁー、疲れたー」
言って俺は、顔からベッドに倒れ込んだ。
「だらしないわね。ほぼちゃんとコカトリスと戦ってたの私とジェルサだけじゃない」
メアの小言を耳にした俺は、うつ伏せの状態から仰向けになって起き直ると、眉根を寄せたメアに言い訳した。
「しょうがないだろ。あいつ俺を執拗に狙って毒を吐いてきたんだからさ。つか、逆に考えれば、俺が居たからお前ら、毒の餌食にならずに済んだんじゃないか?」
そう屁理屈を口にすると、メアは少し驚いたように、左右の白眉をもちあげて、ややあってから口を開いた。
「そういえば、私にもジェルサにも毒を吐きかけてはこなかったわね……。なんでかしら? 夜雲が、毒を吐きかけたい顔をしてたから?」
顎に人差し指をあてがいつつ、小首を傾げるメアに、俺は、「毒を吐きかけたい顔ってなんだよ⁉︎ おかしいだろ!」と眦を決して叫んだ。
とメアが、「うーんと」と暫時唸り、「唾棄すべき顔立ちみたいな?」とピンと立てた人差し指の腹を見せつけて、けろりとした風情で言う。
俺は「うるせぇよ!」と言い募ると、思わず「はぁ」と嘆息してから言葉を続ける。
「なんかどっと疲れたわ。てか、まあ何はともあれ一応無事にコカトリスを討伐できてよかったな。……ぶっちゃけ死ぬかと思ったけど」
そう漏らした直後、ギルドを出てからギルドに到着するまでの記憶がまざまざ思い出されて、俺は知らず渋面を拵え、うつむいた。
「毒に塗れた夜雲を見たときは、びっくりしたわ。ほんと……そうね。うえって感じで、思わず悲鳴あげちゃったくらい」
『ほんと』と『そうね』の間に、言葉を選んだ結果がそれか? と言わんばかりの言葉を受けて、コカトリスの毒の玉の直撃を受けたときのことをまたぞろ思い出す。
そうして、それが呼水となったのか、悲鳴が耳を打ったことをはたと思い出す。
「あの悲鳴の主はメアで、俺を心配してあげた悲鳴じゃなくて、気持ち悪い虫を見たときにあげる悲鳴だったわけね……。はぁー」
俺が深く吐息すると、間髪入れずにメアは言った。悪びれもせずに。
「一応、心配はしたわよ。ただ心配より、嘔気が勝ったってだけ。だってあれ実質、コカトリスのあれでしょ、あれ?」
メアが『あれ』と最初に口にした瞬間、メアが何を言わんとしているか、を即座に悟った俺は、「おい、それ以上言うな。これ以上俺を傷つけるな。俺の涙が見たいのなら話は別だがな」と些か声を低めて忠告した。
瞬間、ドン引きしたようにメアは眉を顰めると、「え、ああじゃあ、もう言わない」と口にして、一歩後ろに退いてみせた。
堪らず、「ちぃ」と俺は舌打ちを一つすると、すかさず短く呼吸し気を取り直してから、「とりあえず、戦利品の確認でもしとくか」と言って、ベッドからおり、少し歩いて、机にコカトリス討伐の戦利品を手から立て続けに出現させては、一つひとつ丁寧に並べていった。
整然と机に並んだ戦利品の数々に目を注ぐ。
濃い紫色をした魔石五個に、橙色の大きな卵が1個、コカトリスの羽と爪、牙三個ずつ。
これらがコカトリスを討伐した結果手に入れたもののうち、ジェルサと分け合った品々だ。
「ところで、この魔石はなんだろうな?」
俺は濃い紫色呈した魔石を一個指差してメアに問うた。
メアは、俺の肩越しに机に目を投げると、「それは、毒消しの魔石。毒を浴びた夜雲にジェルサが使った魔石とまったく同じものよ」と言った。
「そう言えばクエストに行く事前に言ってたもんな。ジェルサ。毒消しがあるって。……まさかそのお世話になるとは思わなかったけども」
「そう、私はこれがないなら絶対行ってなかったわね。一応説明するけど、この魔石は素手で砕いて、毒に振りかければ、その毒は霧散するし、毒を浴びた生き物にかければ毒状態を無効化できるのよ」
メアの蘊蓄を聞いた俺は、「これがねぇ〜」と言うと、視線を横に滑らせ、「じゃあこっちのは?」と質問を重ねた。
俺の指先には、ダチョウの卵と比肩し得るほどに巨大な橙色の卵がぽつねんと佇んでいた。
「言わずもがな、コカトリスの卵よ」
「やっぱりそうか……これはどうすんの? 食べんの?」
俺の問いに、メアはかぶりを振って、「まさか、コカトリスの卵なんて食べたら毒に蝕まれて、数時間もしないうちにあの世行きよ」と言った。
「じゃあ何に使うんだよ?」
「何って、普通は、売るとか、あとは孵化させて飼うとか」
「飼う? あんな化け物を?」
「飼うって言うか、契約して召喚獣として使役するのよ。昔、コカトリスを三匹操って戦うサモナーとか見たことあったわね、そういえば」
「サモナーね……」と呟いた俺は、その一瞬後あることを思い出し、我知らず、「ああ! そういえば」と口に出し、一呼吸置いてから「サモナーのスキルが必要なんだった」と口にした。
「それなら、下におりて、受付に行ってみましょうか。今回の討伐でいくらかポイントが貯まってるはずよ。ギルドカード見てみたら?」
メアに言われて、ブレザーのポケットを探り、ついでズボンのポケットを探る。
「ああ、えーと、ギルドカード、ギルドカード」と言って、カードを取り出すと「おお!」と俺は我にもなく驚きの声を漏らした。
眼前では、カードに埋め込まれた魔石が淡い光を放っていた。
「魔石が光ってるってことは、つまりスキルポイントが貯まってるってことね。コカトリスはなかなか強いモンスターだから、サモナーのスキルくらいなら余裕で取れるくらいのポイントはゲットできてるはずよ」
その発言を耳に留めた俺は、カードをつまむ人差し指と親指に、一層力を込めて、「そうか、じゃあ早速行くとしますか」と口に出した。
それからすぐさま、戦利品を仕舞い込むと、俺たちはそそくさと部屋をあとにした。




