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【5万pv】ありあけの月 小話集【感謝申し上げます】  作者: 香居
松笠菊の花に寄せて ──保元三年(1158)葉月

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二話




「べた?」


 朝長義兄が首を捻られた。

 ……時代的にも、この世界でも、まだ存在しない言葉だったか。


「……お二方の出会われた状況が、昔読んだ物語にあったような気がしただけにございます。それより、義兄上のお話を伺いたく存じます」

「……此度は、騙されてあげよう」


 義兄上が妖艶にお笑いになる。

 姿勢を正す私の頭の中で、「〝うっかり〟はアカンて!」と(前世の)ご近所のおばさまの声がこだました。


「さて、どこまで話したか……そう、千歳様がお召しになっていらしたのが、美福門院(びふくもんいん)様の家臣の方の、ご子息の装束によく似ていてね。千歳様のご尊顔を拝見して、おそらく親王殿下ご本人だろうな、と」

「家臣の方にお借りした、ということでしょうか」

「菊の御紋が入ったお召し物では、お忍びはできぬだろう?」


 ……なるほど。


「……確か、お生まれになって間もなく、美福門院様のもとへお出でになったのでしたね」

「ご生母様の懿子(よしこ)様が、産後間もなく身罷られたからね。念のために『美福門院の方ですか?』とお伺いしたら、『その通りだ』と仰られたのだよ」


 その際に親王殿下が名乗られた御名が、『千歳』だったそうだ。


「もしかしたら、ご生母様の分まで生きようとなさる御意思から、そのような御名を口にされたのかもしれないね」

「……左様でございますか……」


 しんみりとした空気の中、私はふと気づく。


「お一人だったのですか」

「いや。お供を連れていらしたよ。一人ね」

「えっ……」

「私も、今のそなたのように絶句したよ。お供の者も子どもだったゆえ、尚更」

「子ども……」


 千歳様の御身が心配になった。


「千歳様はその者を、『空木(うつぎ)』と呼んでいらしたのだよ」

「……柊家の方、ですね」


 皇族の方々を密かにお護りする、影の一族だ。

 護衛としてこれ以上の有能な……ん?


「お忍び中に、柊家の方の名を呼ばれたのですか」

「そう。私も気づいたが、千歳様はお気づきになっていないご様子だった。むしろ空木殿のほうが慌てていらしたかな」

「護衛として、困ったでしょうね」

「お忍びであるはずの護衛対象の方が、御自ら素性を明かしてしまわれたのだからね」


 義兄上が「ふふ」とお笑いになる。


「出会いはそのようだったが、ご縁があったと言うべきかな。何度かお会いする機会があってね。同い年ゆえ……というのがすべてでもないが、不思議と気が合ったのだよ」


 千歳様のご容貌は懿子様に似ておいでのようで、大層お美しいそうだ。

 溌剌としたお振る舞いからすると、印象に多少の差違はあるものの、むしろ好意的に受け取ることができたらしい。


美福門院:藤原得子(なりこ)の院号。鳥羽天皇が譲位して上皇となってからおよそ10年後、寵愛を受け始めた女性です。近衛天皇の生母となったため、上皇の后である証の院号宣下により「美福門院」を称しました。※鳥羽上皇は仏門に入った1142年より『法皇』となります。

院号:ここでは、上皇の后を尊ぶ称号の意。


※敬称略



ブックマークと評価を頂きました。ありがとうございます。

また、お読み頂きありがとうございます。


皆様のおかげで、歴史(文芸)にて、日間77位にランクインすることができました。心より、御礼申し上げます。


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