三話
「千歳様は、ご自身のお立場をご理解なさっていらしたよ。お傍にいても何もできない私が、心苦しく思うほどに」
「ご生母様のご実家の方々は……」
「その辺りは、父上のほうがお詳しいよ」
義兄上は、父上のほうを向かれた。
「急に話を振るな」
「会話にご参加なさりたいご様子でしたので」
「否定はせぬが」
父上は苦笑なさると、すぐに表情を引き締められた。
「……千歳様がお生まれになった当時、あの方は16の御年でいらした。親王の位を賜りながら、注視されてはいらっしゃらなかったがな」
「10の御年には今様に夢中でいらしたそうだよ」
「然り。芸事に感心を持つのは構わぬ。我らの教養にも必要なことだ。だが、あの方の没頭ぶりは少々度が過ぎた」
「跡目争いには縁のないものと、周囲の者どもが事あるごとに囁いていたようだからね」
父上のご説明に、義兄上が補足をなさる。
……暗示をかけられていたようなものか。
「御父君の関心も、末の皇子に向けられていたゆえ……」
父上は言葉を濁された。
後白河天皇陛下が、かつては〝万が一の補填要員〟だったとは、いくら我が家の敷地内とて言えまい。
「……その上、懿子様は妃ではあったが、いまだ后位は贈られておらぬ。さらに、自らの身が惜しい、名ばかりの縁者は遠のいていった。……母方の後見が得られぬ千歳様をいかがすべきか、という問題はあったのだ」
「美福門院様が千歳様を養育なさったのは、先々帝の命だそうだよ」
「先帝は、ご幼少の頃からお体が丈夫ではおられなかったゆえ……皇族の血を引きながらも、煩わしい縁者のおらぬ千歳様は、先々帝にとって次の傀儡とするにうってつけの方だったのだ」
「あとは推して知るべし、だね」
義兄上も言及は避けられたようだ。
親しくしている方が、父親ともども補填要員だったなどと、口にしたくはないだろう。
「──先々帝の唯一の誤算は、千歳様は、ただ流れに身を任せるような方ではなかった、ということだ」
父上が〝してやったり〟という顔をなさる。
「先帝がご即位なさって10年ほど経過したが、さしたる問題はなかったことを逆手にお取りになった」
「『この国の安泰を願うため、修行に参ります』と、元服の一月前に仁和寺へお入りになったのだよ」
「それは……」
鳥羽法皇陛下にとっては、逆心とも思し召しただろう。
「覚性入道様が、千歳様の御心に深く感じ入られたようでな。先々帝の使者が止めるより早く、『孫王』の名を授けられたそうだ」
「孫王……」
私は目を見開いた。
后位:三后または三宮とも。太皇太后・皇太后・皇后の地位の総称。
覚性入道:覚性入道親王とも。後白河天皇の弟宮。仁和寺第5世門跡。
門跡:多々意味はありますが、ここでは皇族・公家が住職であることを指しています。
※敬称略
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