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【5万pv】ありあけの月 小話集【感謝申し上げます】  作者: 香居
己の姿を気にかけず ──保元元年(1156)葉月

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四話




 皆の言葉が尽きると、その場が達成感に満ちた。各々の肌も、心なしか艶やかに見える。

 その中で私はひとり、精も根も尽き果てていた。言葉の奔流に押し流されそうになるのを耐えていたため、幾分かやつれた心地さえする。


「鬼武者よ。我らの客観的な見解により、そなた自身をしかと理解したであろう」


 得意満面の表情で胸を張られる父上。

 私は〝客観的〟という言葉が引っかかったが、反論する気も起こらなかった。


「……おかげさまで……ありがとう存じます……」


 そう答えるのが精一杯だったが、次の一言に動揺した。


「ここからが大事なところぞ」


(……ここから……ということは、あの怒涛の美辞麗句は、序の口であったと……!?)


 思わず身構えてしまうと、父上はお笑いになった。


「顔が引きつっておるぞ」

「っ、申し訳ございません。精進が足りぬようです」


 即座に謝罪すると、父上は鷹楊に頷き、お許しくださった。


「さて。先ほど朝長の口から出た、〝牙を持つ闇〟の話を致そう」


 父上のお言葉を受けて、(……何だったか……)と思い出そうとした私の心の内は、お見通しだったらしい。


「そなた、忘れておったな」

「……申し訳ございません……」


 父上の呆れたご様子に、小さくなる。

 誉め殺しの言葉たちに翻弄されるまいと、気を張ることに懸命になっていたゆえ、すっかり頭から抜けていた。


「仕方のない者よ」


 呆れ口調だが、表情は優しい。


「そなたを評するに、戯れに言葉を連ねていた訳ではないのだぞ」


(……そのわりには、いきいきとなさっていたように見受けられたが……)


 疲労感が残るせいか、つい恨みがましい思考になってしまった。


「そなたが己を自覚することにより、今から致す話も意味があるのだが」

「……意味、にございますか……」


 父上の意を酌むことが難しく、確認するように呟く。


「うむ。聞けば否が応でも、自覚せざるを得ないであろう」


 恐ろしい前置きをなさった父上が仰るには。


 宮中は華やかな所に思うかもしれぬが、人の数だけ文化や思考が異なる。趣味嗜好も、人それぞれにあるとのこと。


「つまり……」


 一度言葉を区切られる。


「つまり、稚児に走る者もおるのだ」


 一大決心をしたような顔で告げられたが、「……左様にございますか」としか返せなかった。


「驚かぬのか」

「知識にはございますゆえ」

「……あぁ、そなたは本の虫であったな。文献にあったか」

「はい。発祥は女人禁制の場とか」

「うむ。……既知であるならばよい」


 疲れをにじませたお声で、ため息混じりに仰った。


 ……

 …………

 ……………………


 ……続きはいかがなさったのだろうか。

 まさか、あれにて終わりではあるまい。


「……父上」


 長い〝()〟に待ちきれず呼びかけた。


「いかがした」

「伺いたいことがございます。〝牙を持つ闇〟とは、稚児に走る者を示す隠語ということでよろしいでしょうか」

「正しくは、その中でも稚児と見るや所構わずという者のことぞ」


 私の問いかけに、父上は補足なさった。


「……それは、……」

「ゆえに、我らは懸念しておる」

「私の童殿上に、よい顔をなさらなかったのは、かような経緯によるものなのですね」

「左様」


 父上は力強く頷かれた。


「……しかし、見目の問題であるならば、我が家は皆、容姿端麗と存じますが……義兄上方に何事もなかったのならば杞憂かと……」


 私の言に、父上は深く長いため息をつかれた。


「容姿のみで言えば然り」

「では──」

「そなたに問う。義平を何と見る」

「雄壮と存じます」

「では、朝長は」

「艶麗と存じます」


 まさに、武官、文官それぞれにふさわしい御二方だと思う。特に朝長義兄上の口説き口調と雰囲気は、私が物心つく頃には形成されていた。童殿上の際も、女官の方々からは、さぞもてはやされただろう。


「二人の有り様を、よう表しておる」


 父上は同意するように頷かれた。


「彼の者どもは、『姿かたちは元より、清らかな存在であるほど良い』そうだ。『雄壮』や『艶麗』では、意にそぐわぬらしい」

「ゆえに、義兄上方はご無事であったと」

「うむ。女房たちから〝光の君〟と称される、そなたのような者が、最も危うい」


 仰ることは理解できるが、私の取り柄といえば真面目なところぐらいだろう。つまらぬ童に彼らの食指が動くとは思えない。よって、父上がご心配なさるようなことはなかろう。

 いずれにせよ、出家の道を選ばないなら、童殿上をするほかないのだ。


 皆には細心の注意を払う旨を伝え、渋々ながらご納得頂いた。


ブックマーク登録と評価をいただきました。ありがとうございます。

また、お読みいただき、ありがとうございます。


皆様のおかげで、歴史(文芸)にて、日間60位にランクインすることができました。心より、御礼申し上げます。

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