↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界は勇者を待ち望んでいる  作者: 山本乃良
第2章:今日も世界は回っている
PR
9/12

シーン9:魔法使い、分析する

「……それにしても」

 僧侶が、すっかり冷めた紅茶を見つめながら呟いた。

「なんで恋愛禁止なんでしょうねえ」

「吊り橋効果」

 魔法使いが静かに答えた。

「……へ?」

「危険な状況を共に乗り越えることで、互いに恋愛感情を抱くことがあります。冒険を経て、仲間同士が結ばれる。よくあることです」

「ああ! ありますね!」

 僧侶の目が輝いた。

「命を預け合って、助けたり助けられたりして! 最初は喧嘩ばかりだった二人が、いつしかお互いを意識するようになって!」

「……ええ」

「いいじゃないですか! 最高じゃないですか!」

「ですから、それを防ぐための規則なのではないでしょうか。転移者さんが来る前に、物語の人間関係が出来上がってしまいますから」

「……あ」

 僧侶は固まった。

「……なるほど」


 しばらく考え込む。

「……でも、それって」

「はい?」

「つまり、恋愛できる状況は、すでに整ってるってことですよね?」

「……まあ、そういうことになりますが」

「なのに禁止!」

「……はい」

「生殺しじゃないですかぁぁぁ!」

 僧侶が天を仰いだ。


 そのとき。

「それならば!」

 女将軍が勢いよく立ち上がった。

 二人が振り返る。

「魔王様と勇者殿には、ぜひ一緒に冒険していただきたい!」

「……はい?」

「共に困難を乗り越え、互いの命を預け合い、時には傷つき、時には支え合い……!」

 女将軍の目が輝いている。

「やがて二人の間に、言葉では言い表せぬ感情が芽生えるのだ!」

「……将軍?」

「敵同士という立場を超え、二人だけの秘密を分かち合う! ああ、なんという……!」

「将軍!」

「……何だ?」

「魔王様と勇者さん、敵同士ですよ?」

「だからこそだ!」

 即答だった。

 僧侶が魔法使いを見る。

 魔法使いも僧侶を見る。

「……もう、何でもいいんですね」

「……そのようですね」

 女将軍は、満足そうに頷いた。

「実に有意義な意見交換であった」

「……どこがですか」


 女将軍は涼しい顔で紅茶を飲んだ。


「恋愛禁止令には従うべきだ。私事を任務に持ち込むべきではない」

「将軍はいいですよね。妄想だけで満足できるんですから」


 カップが止まった。


「……妄想?」

「……あ」

「何の話だ?」

「……いえ、何でも。お茶、おいしいですね」


 魔法使いはそっと息を吐き、ポットを持ち上げた。


「……もう一杯、いかがですか?」

「いただこう」

「私もお願いします」


 紅茶が注がれる。


「……ほんと、早く転移者さん来ないかなあ」


 僧侶の言葉に、魔法使いが頷いた。

「そうですね」

 女将軍は物憂げな表情で頷く。

「うむ」


 三人の気持ちが、初めて一致した。

 ただし、その理由は三人とも違っていた。


 そのとき、庭園の向こうを一人の魔族の騎士が通りかかった。

 銀色の長い髪。端正な顔立ち。引き締まった体躯に磨き上げられた黒い鎧。

 騎士は東屋に気づき、丁寧に一礼した。


「ご歓談中、失礼いたしました」


 涼やかな低音を残し、颯爽と立ち去っていく。

 僧侶の目が、その背中を追った。


「……あの人です」

「はい?」

「さっき話した、銀髪の……」

「……ああ」


 僧侶はぷるぷると震え始めた。


「……ガルルルルルル」

「僧侶さん。お茶が冷めますよ」

「……ガルル」


 女将軍は静かに紅茶を飲み、魔法使いはため息をついた。


 やがて三人がお茶会を終え、庭園の外へ姿を消した瞬間。


 ふっ、と陽光が途絶えた。

 花は枯れ、樹木はねじれた枝を伸ばし、白亜の東屋も噴水も消え失せる。

 再び暗雲が空を覆い、獣の唸り声が響いた。


 そこには、いつもの禍々しい魔王城の庭があった。


 何事もなかったかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。