シーン10:魔族領侵攻作戦会議
魔王城、作戦会議室。
壁には大陸の地図が掲げられていた。人間の王国、その外側の森と山脈、ダンジョン群。そして北方に広がる魔族領と、その奥にそびえる魔王城。
「それでは本日は、勇者一行の魔族領進入後の行程についてご説明いたします」
プロデューサーが、メガホンを小脇に抱えて言った。
席には勇者、戦士、魔法使い、僧侶、そして教官。女将軍は少し離れたところで議事録を取っている。
「魔族領へ入ると敵の強さが一段階上昇します。外縁部から三つのダンジョンを攻略し、その後、魔王城へ向かっていただきます」
「復活システムは?」
「魔族領に入ってからも適用されます。復活地点は進行に応じて更新されます」
「それは助かりますね」
僧侶が胸を撫で下ろした。
「ところで、魔族領のダンジョンには長い階段などありますか?」
戦士が地図を覗き込む。
「ございますが」
「100段くらいはありますか?」
「……確認いたします」
プロデューサーが進行表に書き込んだ。
勇者は小さくため息をつく。
「……もう階段の話はいいでしょう」
続いて育成計画の説明に移った。
「魔族領進入までに、皆さんには必要なスキルと戦闘技術を習得していただきます。こちらは現在の教官による指導を継続します」
勇者は教官に向き直った。
「引き続き、よろしくお願いします」
「こちらこそ。皆さん、随分と腕を上げられました」
「魔王様の攻撃をまともに受けられないので、まだまだですよ」
「以前に比べれば確実に成長しておられます。魔族領へ入る頃には、さらに高い技量を身につけておられることでしょう」
「そうですね。魔族領に入ってからも、ご指導いただければ心強いです」
教官の笑顔が、わずかに固まった。
「……その件ですが。私の契約は、魔族領の手前までとなっております」
「……え?」
「皆さんには、そこまでに必要な技術を習得していただく予定です」
「魔族領から敵が強くなるんですよね? なのに、教官がいなくなる?」
「いよいよ独り立ちというわけです」
「急に精神論になりましたね!?」
魔法使いがそっと手を挙げた。
「魔族領には新しい魔法体系もあるはずです。専門的な指導は、どうなるのでしょう?」
「自習、あるいは実戦での習得を想定しております」
「……少々、不安ですね」
「その点はご安心ください。私が責任を持って指導いたします」
「……え?」
勇者が顔を上げる。
「……誰を?」
「魔王様です」
沈黙。
「……はい?」
「魔王様の、最終決戦前の強化訓練を担当いたします」
「……強化?」
「はい」
「……魔王様の?」
「はい」
「……訓練?」
「はい」
プロデューサーが資料を示した。
『魔族領進入前 指導対象:勇者一行』
『魔族領進入後 指導対象:魔王』
『最終決戦直前 魔王・集中強化訓練』
勇者は資料と教官を交互に見た。
「俺たちが魔族領に入ったら、教官は魔王様のところへ行く」
「はい」
「俺たちは自力で強くなる」
「はい」
「その間に、魔王様は教官の指導で、さらに強くなる」
「はい」
勇者は両手で顔を覆った。
「なんでですかぁぁぁ!」
教官は落ち着いた声で答えた。
「より完成度の高い最終決戦を実現するためです。魔王様にはラスボスにふさわしい強さが求められます」
「もう十分圧倒的ですよ!」
「そこを、さらに」
「さらに!?」
戦士が感心したように頷いた。
「……合理的ではありますね」
「合理的の話じゃないですよ!」
勇者は教官に詰め寄った。
「そもそも同じ教官が、敵味方の両方を鍛えていいんですか!? 利益相反とか!」
「契約上は問題ありません。委託元は同じですので」
「そういうことじゃないんですよ!」
「守秘義務についても必要な手続きを済ませております」
「逆に何を秘密にしてるんですか!?」
「契約の詳細については、お答えできかねます」
「そこだけ守秘義務を発動しないでください!」
僧侶がおずおずと手を挙げた。
「……私たち、勝てるんですか?」
プロデューサーは進行表を確認した。
「世界を救うためです」
「何のために戦うかじゃなくて、勝てるかどうかを聞いてます!」
「復活システムは完備しております。何度でも挑戦できます」
「無限に全滅できるってことですよね!?」
戦士が頷いた。
「倒れ方を何度でも試せるということか」
「戦士さんは黙っててください!」
勇者と僧侶の声が重なった。
魔法使いが静かに口を開く。
「……でも、皆さん。本番では、転移者さんが勇者になるわけですよね。私たちは、その方が十分に成長できるようにお手伝いする立場ですから」
勇者の動きが止まった。
「……ああ、そうでしたね。俺、ずっと代役なんでした。転移者さんが来れば、先代勇者になれるんでしたね」
椅子に座り直し、穏やかに笑う。
「……じゃあ、問題ないですね。本番では転移者さんが倒してくれるんですから」
その目だけが、完全に死んでいた。




